81話 二人きり⑥
ラヒムはギョッとして死体から物色していた手を止め、拍手している男を見た。
男はさも愉快そうな顔をしてこちらを見ていた。
てっきり刺客の仲間かと思ったが、腰の長剣に手を触れることもなければ、ラヒムに近づく様子もない。
「いやぁ驚いた。あっという間に3人とも殺しちまうとはな。」
男はそう言うと椅子から腰を上げた。
ラヒムは直様男に警戒し、短剣を向けると、それを見て男は慌てて両手を上げる。
「待てよ。何もしねぇよ。」
男は短剣を向ける凶暴な表情のラヒムに若干怯みながらも、できる限り落ち着いた様子で、腰に差した長剣を床に置いた。
「武器は置いたからよ。あんたもソレしまってくれよ。」
だが、ラヒムは警戒を解かず、無言で男を睨みつけたままである。
長剣だけが武器とは限らない、こういう手合いは何か別の得物も用意している場合が多いもので、懐に護身用の短剣や、投げナイフなどがあるが、もっと質が悪いのは魔術師などで、奴らは無防備にいくらなっても口さえ開けば魔術を行使できるので、警戒のしようがない。
非武装だと宣言し、相手の油断を誘う輩はこのゲームにはとても多い。
現に自分だって結果的に刺客共を返り討ちにしたが、もう少し先ほどの刺客らが金の受け取りに応じたら、その隙に切り込もうと思っていたので、自分も同類ではある。
「嫌だ。」
ラヒムはそう一言言って、短剣を構え身じろぎ一つしない。
これには男も参って、上着まで脱いで非武装だといったが、それでもラヒムは信用しないので、男は下着も脱ぐと言い出した。
しかし、流石に目が腐るような光景だと思ったので、それはラヒムから断った。
「わかったよ。負けたよ。」
流石にいつ復帰するかもわからぬ、ユエの前で汚らしい物を晒してもらうわけにもいかず、ラヒムは仕方なく短剣を鞘に収めて、男を眺めた。
男は安堵したように上着を羽織ると、ラヒムの近くの席に腰を下ろし、先程まで刺客達が飲んでいた酒瓶を掴み、中身を下品にそのまま飲み始めた。
いつ剃ったのかもわからない髭が伸び、頬に傷はないが、出来物が多々見える。
先ほど胸に短剣を突き刺してやった青年程顔が整っているとは到底言えず、やはりラヒムと同じ追い剥ぎプレイヤー達が持つ独特の胡散臭さがにじみ出ている。
「それなりに腕は立つって聞いていたが、まさかここまでとはな。」
男は飲み干した空の酒瓶をテーブルの上に乱暴に放ると、視線をラヒムに戻した。
「俺の事知っているんですか?」
「あぁそれなりにな。まぁ座れよ。いつまで死体漁ってるつもりだ。」
男はそう言ってラヒムを己の隣の席に座るように促し、それなりの物を刺客達の死体から剥ぎ取ったラヒムは彼に従って、椅子に座った。
ラヒムが隣に座ると、男はまるでラヒムを仲のいい親友に接するかのように、元々は刺客達が注文し、つい先ほどまで摘んでいた料理などを勧めた。
「きっと店員共は今晩中には戻ってこないだろ。まぁゆっくり話そうや。」
そう言って彼はラヒムの杯に酒を注いでやり、飲むように勧めた。
隙を見せれば誰がいつ襲ってくるかわからないゲームだが、ずっと警戒しているわけにもいかない、やはりどこかで妥協する点を見つけるのが肝心であって、今がその時だとラヒムは思った。
幸い、男は酒に酔った隙に徒手空拳で襲ってくるような奴ではなかったので、ラヒムはしばらく安心して酒と食事を楽しんだ。
すぐ傍には刺客達の死体があるのだが、そんなことを気にするほどラヒムのような追い剥ぎ風情は上品ではなかった。
「しかし不意を突いてもあんたを殺せないとなると、もうどうしようもないな。」
男は困った様子で頭を掻いた。
その発言を聞いてラヒムはこの男が一体何者なのか、推測しようとしたが、いかんせん操作している小林はそんな洞察力に優れた人間ではないのでわからなかった。
「不意打ち?あれがですか?」
しかし、男の言った言葉にラヒムはおかしそうに彼を見た。
「笑わせないでください。あんなの不意打ちでもなんでもありません。俺の知り合いなら切り込まれる前に、あの程度の刺客なんて皆斬り殺せます。」
「やっぱり、最近の連中は質が悪いな。外見ばっか重視してやがるから、全く使えない。この前もたかだか5人程度の山賊に10人ばかし送ったら皆帰ってこなかった。屑共め。」
男は苦々しく吐き捨てると、自分の杯に酒を注いで一気に飲み干した。
「別に俺は女子供だろうと腕さえ立てば問題ないって主義なんだ。これはそういうゲームだ?そうだろ?力のある奴が儲けて、勝つんだ。それだけだ。だが、最近の連中は皆その根本的なモノを理解してないんだよ。どいつもこいつも平等な力ってのを求めてる。阿呆らしい、もし手に入ったとしてもまたそれを捨てる癖によ。」
「あなたは一体何の組合に所属しているんです?」
「俺?今の話でなんとなくわかるだろ?」
そう男が言うので、ラヒムは無い知恵を絞って考えてみるが、中々浮かばない。
「すいません。わかりません。」
「あ?!わかんねぇのか?なんだよ・・腕は立つが、頭は悪いのかよ・・。」
「失礼な人ですね。」
「・・・ついさっきまで、死体から物漁っていた奴が言うことかよ。」
仕方なく聞いてみたが、男はラヒムの質問には答えず、酒を飲んでは料理をつまむばかりだ。
しかし、疑問ではあるが、無理に知る必要もないだろう。
相手が答えないならいくら考えたとしても無駄だと思い、ラヒムは男と同じように酒を飲み、料理をつまみ始めた。
だが、その時になって、崩れたテーブルの近くにある椅子に座っていたユエが目を覚ました。
きっと数日前の彼女なら悲鳴をあげたであろうが、北の森からここまでの間に死体に対する耐性がついたのであろう。
彼女は椅子から腰を下ろすと、ラヒムが座っている席の横に座り、男とラヒムと同じように酒を飲み、料理をつまみ始めた。
彼女はゲーム内で起きたことに対して、言うのもおかしい言葉かもしれないが、どうやら現実逃避をしたいらしかった。
『良い仲介屋は仕事の終わりを最後まで、しっかり見ているものだ。』
~西北の仲介組合の売り文句




