8話 集落
画面には前回ログアウトした場所で立っている男が映っている。
甲冑はすでに魔術師の杖によってボコボコにされており、
おまけにラヒムの放った矢で台無しになっていた。
とてもじゃないが、これ以上は無理だと男は甲冑の留め具に手をかけて、
長い間慣れ親しんだ甲冑を脱いだ。
そして、リュックから緑に染めた粗末な服を取り出し着込んだ。
その服は本来クロスボウを持つにふさわしい狩人を思わせるもので、
男が着込むとそれなりに様にはなったが、
男は軽装がそんな好きではなく、逆に邪魔に感じていた。
男にとって軽装は、相手に無防備な体を曝け出すようなもので、
男は常に甲冑を着込んでいないと安心できない。
それに切り傷と火傷傷がひどい醜い顔を、
晒すのもそんな好きじゃない。
男は禿げ上がった頭と丸みのある顔で、
体全身も丸くずんぐりとしていて見るものからすれば、
甲冑と同じように卵を思わせ思わず吹き出してしまうだろうが、
それは彼の顔を近くで見ていないからである。
醜いともいえるが、それよりも男の顔には、
多数の傷などが化物じみた恐怖を形成し、
卵みたいだと吹き出した相手を後悔させるには十分に威圧的な顔だ。
こんな顔になってしまうのかは井出本人もわからない、
相方のラヒムだって小男で、見るからに小悪党な顔をしているが、
そこまで顔の形も悪いわけではない。
先程殺した魔術師も通行人も大分顔は整っていたので、
井出は少し疎外感を感じた。
しかし、今更作り変えるわけにもいかないし、
別にそこまで顔に不満があるわけでもない。
追い剥ぎの顔などこれぐらいでちょうどいいじゃないかと、
自分に井出は言い聞かせた。
しばらく待つとラヒムがログインしてくる。
「こんばんは・・・・甲冑脱いだのですか」
「悪いか?」
「い・・いえ・・」
どうやら普通に話していても、甲冑を脱ぐと大分威圧的に見えるらしく、ラヒムは少し男から距離を置いて、
また森の外の集落に向かって歩きだした。
また魔術師の連れなどに出くわしたらたまったものではないので、
首飾りはしっかりと懐にしまいこみ、剣は惜しかったが、
近く茂みに投げ捨てた。
そのおかげで甲冑もなく剣も無く、
クロスボウだけを腰に下げた男の足取りは軽かったが、
今後の装備はどうしようかと考えると頭は重かった。
あの様な凝った甲冑を作るには、
それなりの鍛冶職人に頼まねばならず、
また相当な金を要求されるだろう。
生憎そこまでの金は持っていなかったし、
ラヒムの献上金をもっと長期的に貯めるとするなら、
なんとかなっただろうが、しばらくは、
この森で勤めをしたいとも男は思えなかった。
昨晩の魔術師は多分賞金稼ぎでは無いのだろうが、
あれほどの腕の奴にまた会うかもしれないと思うと、
しばらくは勤めをせずにゆっくりとしたかった。
そんな男の悩みをよそにラヒムの足取りは軽く、
それに付き合わされて森の外の集落に着くまで、
さほど時間はかからなかった。
薄暗い森を抜けると、集落の木で作った高い塀に囲まれた入口が見え、
入口の門に付けられた松明に照らされ、
長い槍を持って男と同じような緑色をした革鎧を着た、
門番が立っていた。
門番は森から出てきた二人を見ると、
面倒臭そうな顔で二人に話しかけてきた
「よう、卵 大量か?」
集落の門番は、
傭兵組合か集落の中に住んでいるプレイヤーの有志で構成されている。
この門番は後者で、
男が追い剥ぎをやっていることもよく知っているが、
村には直接関係ない為咎められたことはなかった。
「ツガイを仕留めたよ」
と男が笑うと、門番も皮肉そうに笑った。
「そのツガイは酒場から逃げ出してきたんだ。散々痴話喧嘩をしていて五月蝿くてな、居眠りもできないものでムカついていたんだ。 助かったよ」
「喧嘩の原因はなんだ?」
「さぁね、誰かさんほど俺は耳が良くないんだ」
そう言ってまた愉快そうに笑うと、門番はこっそりと お礼だ と言って少し膨らんだ袋を男に渡した。
門番が居眠りするのも考えものだが、
起きていればこの門番は相当腕が立つ
「なぁ卵お前、狩人なんてやめて門番しろよ。金はそんなこないけど楽だぜ?」
古い友人でもある門番に追い剥ぎ稼業をたしなめられる、
少し友人の顔に悲しい色が出た。
「ゲームの中で楽をするのもどうかと思うぜ」
その門番の哀れみを見ないように、
男は門番に手を振って門を悠々とラヒムとくぐった。
森を抜けるとスグある集落は、
森の中で取れる薬草と狩猟だけで成り立っており、規模も小さい。
しかし、大きい街よりも静かでいい場所だと男は思っていた。
門をくぐると古ぼけた民家が数件と、
酒場と宿屋を兼ねた店が目に入ってくる。他にあるものはない。
「毎度思いますけど、寂れたとこですよね」
とラヒムが肩をすくめた。
彼は元々大きい街の傭兵組合に属していたため、
こんな小さい集落にそんな来たことがない。
最近の換金は男だけで来ていたし、
ラヒムが集落に訪れることは滅多になかった。
手に入れた品は、きっと酒場に定期的にくる雑貨商人に売ることができるだろう。だが、その商人は酷く気まぐれな奴なので、
商人が酒場を訪れるまでは宿泊し、大分待たないといけなくなる。
できればそんな長くは滞在したくないと、ラヒムは思っているだろうが、男はそんなこと知ったことではなく、長くダラダラと滞在したかった。
献上金を手にして、急いで追い剥ぎ組合の本拠地に向かいたい気持ちはわからないではないが、その本拠地まで行くには大分時間がかかる。
この集落を出て北東に向かうのだが、その際に沼地や森林を抜け、小さい村を三つほど通ることになる。
普段のログインしている平均時間を合わせても二週間はかかる。
それだけ「Lamia?」の世界は広大であった。
何か良い移動手段があればいいのだが、生憎この集落に厩は無く、駅馬車も通らない。
徒歩で駅馬車のある村に行くまでは三日ほどかかるだろう。
「長居はしたくないですから、商人がいるといいのですけど・・まぁいつも酒場の中も寂れているから、すぐわかるとは思いますが・・」
不安そうな顔をして歩くラヒムに、
まぁゆっくりと行けばいいと焦るラヒムを落ち着かせ、酒場に入った。
ラヒムの言ったとおり酒場の中は普段なら寂れているのだが、
今回は珍しく客がいた。
広く質素な酒場の部屋の中央のテーブルに、
女が二人座って談笑している。
よく似た顔と身長差から見て姉妹のようだった。
身長の高いほうが姉なのだろう。
赤毛によくあった裾の長い質素なドレスを着ていて、
そのドレスには多数の大小革袋が連なってついている。
他にも腰辺りには、投げナイフが数本しまわれているのが見えた。
そして身長が低い妹らしき女は姉と思われる女とは正反対に、
腰に戦闘用の片手鎌を装備していた。
どちらもとても美人と言えるような顔ではないが、
中の上ぐらいだとラヒムが小声で男に囁いた。
それを無視して男は尻目に女達を一瞥すると酒場の隅の席に腰掛けた。
そして、顔見知りの主人が注文をカウンターの向こうから大声で聞いてくると、こちらも大声で酒と干し肉を頼んだ。
多分冒険者の類だろう。
傭兵組合の賞金稼ぎかと一瞬思ったが、
それにしてはさほど物騒な感じがしなかった。
特に注意する必要はないと思い、注文した酒が来ると、
ラヒムと共に飲み始めた。不味く酷い味だが酔えれば良かった。
しばらくはこれを商人が、
この寂れた酒場を訪れるまで続けねばならない。
そう少し憂鬱な気分になると、酒場の中央から男に対して
「あっ卵!」
姉妹と思われる女二人の妹の方が、無邪気な声で男を指差した。
女に呼ばれるのもそんな悪くないと男は女に笑って返そうとしたが、
女は男の顔を直視した瞬間黙り込んでしまった。
卵掛けご飯って美味しいですよね