79話 二人きり④
「俺にはそうは見えねぇなぁ」
どこかラヒムを見下すような視線を浴びせながら、ニグは杯を傾け、それを一気に飲み干してテーブルの上に叩きつけるように置いた。
「旅人って言うにはいやに軽装じゃねぇか。」
赤ら顔のニグはチビチビと杯を傾けているラヒムに、今度は値踏みするような目を向けた。確かに旅人にしてはラヒムの装備は軽装ではある。
腰に差した短剣の他には小物を入れるポーチをベルトにつけているが、それ以外は何もない。
それもそのはず、追い剥ぎは必要最低限以外の物は獲物から奪って揃えるようにするのが基本だ。
物持ちが良い追い剥ぎなど聞いたことがない。
「荷物は馬車に置いてあるんですよ。どうも重くて。」
「それは無用心だな。盗まれちまうぜ。」
ラヒムが嘘をつくと、ニグは豪快な笑い声を上げた。
それにつられるようにラヒムも愛想笑いを浮かべるが、なにか嫌な予感をラヒムは老けた剣士から感じ始めていた。
ふと今まで顔を合わせるのがどうも気まずかなったので、ラヒムは視線を下げてニグの話に相槌を打っていたのだが、この時初めて視線を少し上げ、彼の顔をしっかり眺めた。
酒に酔っているにしては、どうも表情がぎこちない気がするのは気のせいか、席からすぐに立てるように、ソワソワしているように見えるのも気のせいだろうか。
「誰が盗むって言うんです?」
「そりゃ泥棒だろ。」
ニグはそう言ってニタニタと笑っている。
背中がどうも痒いと言って、ニグは背中に手を伸ばした。
だが、先程まで杯を握っていた手が背中を掻こうとして、背負った長剣の柄に伸びているのは気のせいか。
戦闘経験において、ニグということがどれほどの物を持っているかは知らないが、そこまでではないと、斬撃への予備動作を隠すための稚拙な仕草をラヒムは見逃さなかった。
人間が笑うという行為は、本来攻撃的なものだと傭兵組合の知り合いが言っていたのを、ラヒムはこの時思い出していた。
野獣が歯をむきだし威嚇する行為に、人間が笑う行為の原点があるという。
こんな物騒なゲームに身を置くせいもあって、先制を取られるということはすぐにロストに繋がる。
一刀でも体を切り裂かれればそれまでだ。
今まで築いてきた物はその一瞬で簡単に消える。
「お前のようななっ!」
ニグの叫びともに、ラヒムの頭部へと抜き打ちに長剣が振り下ろされた。
だが、ニグの長剣がラヒムを捉えることはなく、剣は虚しく酒瓶や杯を宙に吹き飛ばし、テーブルへ食い込んだ。
ニグはこちらが完全に不意を付いたと思っていのだが、渾身の一撃が外れたことに舌打ちをして剣を振り上げながら、席から立とうとしたが、何故だか足に力が入らない。
視界には斬撃の傷を残したテーブルしか映らず、一体何が起こっているのか理解が追いつかない。
ラヒムが座っていた席は既に誰も座っておらず、今の一撃を躱してどこに逃げたのか、ニグは辺りを見回した。
だが、今の一瞬にあのチビは一体どこへ逃げたのか、酒場はニグの連れとカウンターの客を残し、静まり返っている。
今の騒動を見て、給仕や店主は口を大きく開け、一体何が起きたのか理解できずにいた。
「どこに行きやがった?!」
ニグは悪態をつきながら、周囲を見回している。
どうやら彼は老練な雰囲気を醸し出すキャラの造形をしている割には、脳の回転が遅いらしいとラヒムは相手を見下す笑みを浮かべ、腰に差した短剣を素早く抜き、テーブルの下からニグの無防備な太腿へ勢いよく突き刺した。
それと同時にニグは悲鳴を上げ、剣を握ったままその場に転倒した。
先ほどの道化のように転倒して、笑われたラヒムの気持ちを、今度は彼が味わう番であった。
転倒したニグの目にテーブルの下から、こちらに対し笑みを浮かべるラヒムが映った。
ラヒムの目は笑ってはいるが、先程のような道化じみたものではない。
それはまさに野獣が威嚇するような笑みと同じ類のモノだった。
「そこにいやがったか」
ニグはラヒムの姿を見ると、怒りを顕にし、長剣を倒れながらも横薙ぎに振った。
テーブルの支えである脚が斬られ、テーブルが壊れる隙にラヒムは身軽に後ろへ飛び退いてテーブルの下から脱出すると、短剣を倒れたニグへと向け、顔に狂気にも似た戦闘興奮の顕れである笑みを浮かべ対峙した。
「いきなり、何をするんですか。」
口調は先ほどのように媚びへつらったように、腰の低い調子ではあるが、顔から狂気の笑みが消えることはない。
「答える必要はねぇ。屑野郎。」
顔を酒に酔っただけでなく、怒りの感情も強く混じった赤に染めて、太腿を抑えつつニグは片手で長剣を持ち立ち上がった。
ニグの台詞を合図にしてか、脇にいた男女らも席を立ち、無言で得物を構える。
ラヒムは短剣の切っ先を忙しなく3人の敵に向けながら、これは一体どういうことなのか思案した。
刺客が送られた事は別にこれが初めてではない。
傭兵組合を抜け出し、それと敵対関係にある追い剥ぎ組合に加入した身である。
勿論両者の人間からよく思われているはずがなく、傭兵組合からは裏切り者として、また追い剥ぎ組合からは同胞を何人も葬った憎むべき奴ということになるのだが、表向きは追い剥ぎ組合の懐の深さを示しつつ加入を許可しつつも、影で始末してしまおうと言うということは前からよく知っている。
卵と森へ身を潜めて追い剥ぎ稼業に勤しんでいる間は、刺客と対峙することはなかったが、薄暗い森を抜け出て、光の指す表道を歩きだした途端にこれでは心底嫌になる。
ラヒムの横ではユエが心地よい寝息を立て寝ている。
刺客達は彼女には全く興味がないらしく、3本の切っ先は迷うことなくラヒムへと向けられていた。
先程まで愉快であった酒場は修羅場の様相を呈している。
たった一回の斬撃でこうも場が荒れてしまうのは、現実では当たり前ではあるが、数あるゲームの中ではきっとこの『Lamia?』が最も優れているのだろうと、ラヒムは呑気にそんなことを考えながら、短剣を強く握り締めるのだった。
落ち着かせようとしたらこのザマだよっ




