78話 二人きり③
どうやらユエは大分酔っているらしい。
顔は林檎のように赤くなり、テーブルの上に飛び乗ると、すぐにふらふらと立っているのもままならない様な状態になる。
ラヒムはその彼女に集まった悪い意味での視線に困惑しながらも、彼女を座らせようとしたが、一体どうやってバランスを保っているのかは知らないが、手が触れる前にテーブルの隅へと体を器用にくねらせながら飛んで逃げてしまう。
「捕まえてご覧なさいな」
彼女は陽気に言うと、テーブルの上で舞い始めた。
ラヒムは必死に手を伸ばすが、若干彼女の方が素早い。
その様子を見て、当初周りの客たちは不快な視線を二人に浴びせたが、必死そうにテーブルの上を妖精のように軽やかに舞う彼女を捕まえようとするラヒムを見て、ちょうどいい余興とも思ったらしい。
不快な視線は徐々に明るいものに変わり、近くのテーブルに座っていた男女らは二人を陽気にはやし立て始めるのであった。
「ユエさん。お願いですから座ってくださいよ」
愉快にはやし立てる客らとは対照的に、ラヒムは必死に酔った彼女をなだめながら、手を伸ばし捕まえようとするが、上手くいきそうにない。
ラヒムの額には脂汗を浮かび、焦っているせいで動きがぎこちなくなってしまい、彼女を掴もうとして、逆に翻弄されラヒムが転倒すると周りは一層盛り上がった。
「頼みますって」
酒が飛び散った床の上で起き上がると、周囲は彼を道化として笑い立てた。
不快な気分であるが、今はそんなこと気にしている場合ではない。
きっと、周りからすれば酷く滑稽な場面だろう。
幼気な少女を捕まえようとする悪漢じみた外見の男が、面白おかしくあしらわれる姿は特に滑稽だ。
「いいぞ、嬢ちゃん」
古典的な喜劇の様な光景が繰り広げられ、近くの席の男が杯を傾け、はやし立てる。
男は近くの席に座っている3人のうちの男女の一人で、年配の設定らしく口元にヒゲを蓄え、髪を肩まで伸ばしているが、年のせいでそれ等は白髪だった。
背中には己の身の丈より、少々短いほどの長剣を背中に背負い、当て物を多々に含んだ旅人が好んで着用する衣服を多少、戦闘用に改修した物を纏っている。
旅人風ではあるが、年配男性特有の皺に混じって、古傷の多さが、それなりの戦闘経験を積んだキャラであることを示している。
「やめろよ。ニグ。困っているじゃないか」
そうはやし立てる男を制しようと横の男が言った。
こちらはまだニグと呼んだ男より若く20代程に見える、顔には皺どころか傷も無い。
腰に一般的な装飾もろくに施されていない実戦用の長剣を差し、ニグと比べれば若干軽装で、旅人達が好んで羽織るようなマントをしている。
「いいじゃない。楽しそうで」
その若い男を後ろから、彼と同じ程の年齢の女が陽気に言った。
中々キャラメイクにこだわったのだろう。
長い金髪を腰まで伸ばし、楽しそうに杯を傾けている。
地味な色をしたローブを身にまとい、腰には護身用の短剣を差している。
後衛職であることは確かだが、一体どの様な者なのかはわからない。
そうラヒムは床から立ち上がる際に、はやし立てる男女らを一瞥し、またユエを捕まえる作業に戻った。
しばらくユエとのテーブルでの上での追いかけっこは続いたが、最後は動き回ったせいで酔いが更にひどくなったらしく、ユエは急にテーブルの上で軽い音を立て倒れ、そのまま寝息を立て眠ってしまった。
「ちょっとコンビニ行ってきますね」
と眠りこけているユエから専用チャットが飛んできた。
どうやら今までの酔った仕草は、この放置への少々手の込んだ伏線だったらしい。
とても手の込んだロールプレイだと、小林は画面の前で少し呆れた。
まだ幼い少女がテーブルの上で眠りこけるなんて、中々現実では拝めたものではないが、もう追いかける必要がないと思うとラヒムは安堵して、眠りこけている彼女をテーブルからそっと引きずり下ろし、椅子に座らせてあげた。
その追いかけっこが終わると面白かったと先ほどニグと呼ばれた男が、小銭を数枚こちらのテーブルの脇に起き、本来なら失礼なやつと憤慨するところであろうが、酒代の足しにと、ラヒムは不快な気分を媚びへつらうようなまさに道化じみた笑いで隠し、小銭を懐へ押し込んだ。
「彼女かい?」
小銭を懐に押し込んだラヒムを見て、ニグと呼ばれた男は下世話な笑みを浮かべ、ラヒムを見下ろした。
ラヒムの身の丈が低いので、大体人に話しかけられる際はこんな形になる。
「まさか。預かり物みたいなものです。」
「ほぉ」
ニグはニヤつきながら、何故かこちらの席について、良い余興だったので一杯奢らせて欲しいと言ってきた。
普段なら見ず知らずのキャラと飲むのは少し気が引けたが、断る理由も思いつかず、ニグはこちらがどうしようか悩んでいるうちに、勝手にラヒムの対にある席に座るのだった。
思わず何かラヒムは言おうとしたが、その前にニグは給仕を呼びつけ注文してしまった。
そこまでされては、いまさら断るわけにもいかず、ラヒムは渋々彼に奢られる形となった。
「じゃぁ一体なんなんだ?」
「それは・・なんでしょうね」
対となってラヒムは座り直し、ニグの顔をよく見ると彼の顔は大分赤くなっていた。
どうやら、相当出来上がっているらしい。
適当に頷いたり返したりするが、ニグの方は初対面の癖にラヒムのことを根掘り葉掘り聞いてくる。
「旅人かい?」
「えぇそうです。」
「本当かい?」
「本当ですとも」
しつこいように彼はラヒムに聞いてきた。
きっとラヒムの様な小柄な奴が珍しいのだろう。
小柄なキャラと言えば少年や少女などの容姿を持つ者が多いので、ラヒムの様に少し歳を食った奴は珍しいのだろう。
どこか珍しい動物でも見るかのような視線をラヒムは彼から感じたが、彼にとっては慣れた事だった。
お酒はほどほどに




