76話 二人きり①
背の高い草に囲まれた道を一台の馬車が走っている。
陽は徐々に沈み、辺りは暗くなり始めていた。
その馬車の御者を勤めているラヒムは、夜になる前に適当な村に着きたいと強く願っていた。
馬車の荷台は昨晩と比べるととてもスッキリとしていた。
それもそのはず、乗っているキャラが御者であるラヒムを含めても、荷台の隅で毛布にくるまっているユエの二人しかいなかったのだ。
山や森の中ではないから、同業者達の襲撃に恐れる必要はないが、それでも卵やシシャモ等がログインしていないとなると不安だった。
今晩はついてないと画面越しに小林は思った。
ニッキのプレイヤーである米山がログインできないとは先ほど聞いていたが、まさか井出さんまでログインできないとメールを見たときはさすがに不安になった。
しかも、そのことを一応ログインしていたシシャモさんに伝えると、彼も何か急に用事を思い出したとかで声をかける暇すら与えず、さっさとログアウトしてしまった。
そしてニッキが異様に慕っているバックスからは、何も連絡がない。
「どいつもこいつも・・・。」
ラヒムは手綱を握りながら、渋い顔をした。
一体皆どんな用事があるというのだろう。
特に井出さんなんて暇の塊の様な人ではないか、フリーター生活などで色々と将来について重圧を感じているかもしれないが、本人が焦っていたり、不安を一切感じていないように見えるのは確かだ。
シシャモに至っては井出さんがログインしないと言った時点でログアウトしたが、チャット欄に『用事を思い出した』と言う8文字が表示された瞬間姿を消した。
一体彼はなんなのだろうか、井出さんにそこまで興味があるのか、色々と前からどういう関係なのか気になってはいたが、ここまでくると心底どうでも良く感じ始めていた。
バックスに至ってはもう何も言うまい。
ふとラヒムは背後の荷台に目をやってみた。
昨晩は満員電車の様に混んでいたが、今は隅っこにユエが一人ぽつんと佇んでいるだけだ。
皆がログインしないなら、自分もログアウトしてしまえばいいとも思ったが、大事な依頼条件である彼女だけはいつもしっかりログインしてくるので困る。
ユエがいるのならば、一日でも早くバストロクへ向かうために馬車を走らせなければならない。
だが、幸いなことにユエは他の連中と違って、とても大人しいキャラだった。
昨晩の時といい、その前の森での出来事といい、何かと彼女はラヒムに気があるのかもしれない。
いや、それは自分の思い違いだろうか、よくよく考えてみればユエと同じ身の丈のキャラがラヒムしかいないということか。
シシャモは背も高く、面も悪くはないが、全く彼女に対して興味がなさそうであったし、バックスは異性に興味のあるような感じはしない。あれはきっとホモだろう。
そんなどうでもいいようなことを考えていると、荷台の隅にいたユエがくるまっていた毛布から顔を出してこちらを見て微笑んだ。
思えばここ数日、いやに騒がしいことばかりだったので、運がよければ今日ぐらいは落ち着けるかもしれないとラヒムは思った。
森を出てから、ろくなことがないと毎度思うが、元はといえば自分の為なのだから、文句を言うのはお門違いだろう。
「変わりましょうか?」
「あぁ別にそのままでいいですよ。俺がやりますから。」
荷台から御者台へユエが近づいてきた。
変わってくれるのは有り難いが、彼女は大事な保護対象であるし、もしものことがあれば大変だ。
それに昨晩の話では例の詩人に刺されて怪我を負ったらしく、どこか歩き方がぎこちない。
「すみませんね・・・皆さんには迷惑をかけてばかりで・・」
申し訳なさそうに言うと、ユエはまた荷台の隅っこへ引っ込む。
「何を言っているんですか、あなたにもしものことがあったらそれこそ大変ですからね。」
ラヒムはできる限り明るい表情で言ってはみたが、彼女に何かあったら大事な報酬が消え去ってしまう。
現に先日は森賊に捕まり、昨晩はロストする憂き目にもあった。
普通のプレイヤーなら護衛などさっさと断ってしまうだろう、それでも彼女は文句一つ言わずに大人しくついて来てくれるのだから、本当に有難かった。
「優しいのですね」
毛布に包まるとユエは静かにそう言った。
『優しい』と言われても、こちらは依頼の為にそう接しているのであって、何も接点が全くないならそんなことはラヒムも言わないだろう。
ラヒムはそんな言葉をかけてもらえるほど、真っ当なプレイをした試しがない。
今までだって卵さんにくっついて追い剥ぎ稼業に勤しんだ訳だが、獲物に容赦した試しは一度もない。
女子供皆平等に殺し剥ぎ取った。
傭兵組合に所属していた時だって護衛対象にその様な事を言われたことはなかったし、同僚からも言われたことはない。
敵とあらば、命乞いをしてこようが、なんだろうが腰に差した剣で殺す、それだけだった。
だから、そんな初めての感覚がユエに対して、特別な感情を少々ではあるが湧かせるのだとラヒムは手綱を握り正面を見据え思った。
「そんなことないですよ。俺はただの追い剥ぎです。」
別に自分はどこぞの漫画やらゲームの主人公というわけではない。
若い容姿をしているわけでもなければ、清々しい中身を持っているわけでもない。
薄汚れたバンダナを頭に巻き、顔には皺と古傷があり、体はチビで貧相だ。
簡単に形容すれば、ゴブリンのような奴だ。
なんでこの様なキャラにしたのか操作している小林も不思議に思うが、きっとそれは悪い意味での個性の主張と言えばいいのか、清々しい形を強要する社会へのささやかな抵抗と言うべきか、とにかく一度作ってしまったキャラを作り直すのは面倒臭いと言うところで落ち着いた。
「確かに姉さんはあなた達のことをそう言いましたが、私はそう思ってませんよ。勇敢で礼儀正しくて・・」
「じゃあなんだと思いますか?」
そうラヒムが聞くと彼女はそれ以上何も言えなかった。
勇敢で礼儀正しいとは、追い剥ぎ風情のラヒムには皮肉にしか聞こえなかった。
彼女との間にしばらく重たい空気が漂うと、手綱を握るラヒムの目に村の灯りが見えた。
まだ遠目で細かくはわからないが、塀でしっかりと囲ってある。
さながら砦のようだが、ここら辺ではこれが普通なのだ。
昨晩の様に妙な歌声が塀の中から聞こえてこないようにと、ラヒムはそっと祈りながら馬車を急がせた。
風邪などで更新が遅れたことをここにお詫びいたします。




