74話 田中④
「で、何がして欲しいんだ?」
井出は田中と再び向かい合った。
いい加減しつこい前置きも、もういらないだろう。
「そのですね・・・。再び『巫女攫い』を集めてくれませんか?」
田中は申し訳なさそうに頭を下げ、井出に頼み込んできた。
なんだか最近になってよく聞く単語だと、一瞬井出はそれが何を示す言葉なのかわからなかった。
「すぐにとは言いません。ただ団長を務めていたのは井出さんですし、私の方からお願いしましても、奴ら言うことを聞かないと思いまして・・。」
「集めてどうするんだ?」
「チートなどを使用して暴走している連中を止める為です。
データの不正使用だけなら、まだしも最近は特に手が負えない。
作成チームの方で一応、チートの使用を止めさせようとしたのですが、防御機能があるといえばいいのか・・外部からではどうしようもないのです。
しかし、井出さんと他の団員達には巫女から加護を受けているのです。
その加護さえあれば、どのような相手でも苦戦はしません。」
田中は真剣な顔で井出に説明しているのだが、井出にはどうも田中が並べる単語の意味がわからない。
ゲームのやりすぎで人間頭がおかしくなってしまうかどうかは知らないが、ゲームを作る側がおかしくなるとは希な事例だろう。
井出は何度も田中の言葉を遮って、彼の並べる単語の意味について聞きたかったが、いちいち説明されては午前の大事な休憩時間が減ると考え、とりあえず適当に話に相槌を打つことにした。
「騎士達はまた新たに騎士団を増設し、侵攻作戦に備えています。
作戦はいつ発動するかわかりません。
どうにも自分のキャラで内情を探っても肝心な点はわからないのです。
だから、いつ侵攻作戦が始まるのか、もしかしたら明日か明後日には始まってもおかしくないのです。
一応他のゲームをプレイしている作成チームの仲間を通して、傭兵組合など様々な組合に騎士の侵攻作戦については秘密裏に伝えることができたのですが、彼らがこちらの情報を信じて行動を起こすかは、まだわからないのですよ。」
「なるほどな」
「わかって頂けましたか?」
勿論、井出の耳に田中の話は一つも入ってはいなかった。
井出の考えていることはただ午後のバイトの事と、いつこの田中の面倒臭い話が終わるかの希望だけだった。
田中の話の途中に『加護』がどうこうという節があったが、一体なんの事だろうか。
今、井出と田中が座っている部屋はそんな幻想的な単語にはあまりにも相応しくない場所だ。
部屋の床に視線を移せば、埃や塵が汚く床に散乱しているのが目に入る。
その上に飲み終わった空き缶などが放置され、ベッドの横に置かれたゴミ箱からは汚れの原因とも言えるかのように、既に入りきらなくなったゴミが少し溢れている。
そんな現実を眺めていると、田中の話がどこか虚しくも感じる。
だが、それを口に出せばきっと彼は機嫌を悪くして、長く居座るだろう。
それを防ぐためには、適当に話しを一通り聞く必要があった。
「だからこそ、井出さんは『Lamia?』の中で巫女攫い達を集めてください。
そして、侵攻作戦に関係しているチート連中をロストさせて頂きたい。」
「なんかロストさせるといいことがあるのか?転生してきたら一緒だろう。」
ロストと言う言葉に井出は反応した。
いくら田中が幻想的な言葉で飾っても、所詮はゲームだ。
チート連中となぞ関わりあいになりたくないが、なんとかロストさせたとしても、再びキャラを転生させれば意味がないではないか。
だが、その疑問に田中は躊躇せずに答えた。
「普通ならそうなのですよ。幾らロストさせたって転生すれば堂々巡りだ。
だが、連中のチートは其処ら辺の単純な代物じゃないのですよ。
通常のものよりキャラに影響が出ているのです。
だから一度でもロストさせればもう以前の様な力は使えないはずです。」
「影響ってどんな?」
「説明しましょうか?」
田中は親切にメモを懐から取り出し、井出に説明しようとしてくれたが、何やら数式を書き始めたので慌てて田中の説明を断った。
はじめから数学やら細かいプログラムについて無知にも等しい自分に分かる訳がなかったと井出は後悔した。
「まぁとにかく井出さん達『巫女攫い』には、侵攻作戦に参加するチート連中をロストさせてもらえれば、あとは自分らで処理できますので、何卒よろしくお願いいたします。」
田中はそう言うと井出に頭を下げた。
たかだかゲームの事で他人から頭を下げられたことなど初めてなので、少々当惑した。
何故そうも真剣に頼まれるのか、井出にはそこまで理解できなかったが、田中としては自らが作り上げたゲームを上手く回したいという願望からなのだろう。
少々自分勝手な気もするが、元々金をもらっているテストプレイヤーが、ああだこうだと作成チームに文句を言えるわけでもなく、井出はなんだか話の全容が掴めていなかったが、さっさと休みたかったのでとりあえず頷いて了承した。
結局、長谷川は校門の辺りで米山に捕まった。
同クラスのゲーム仲間として、きっと米山は長谷川と仲良くしたいのだろうと小林は思ったが、長谷川としては不良の米山に絡まれるのはできる限り避けたいことだった。
小林が校門の辺りに差し掛かると、米山が自分より背が低い長谷川の肩に腕を回し、仲良さそうに歩いていたが、とても嫌そうに顔を歪ませている長谷川の表情がそれを全て否定していた。
だが、どことなくそんな二人に小林は微笑ましいものを感じ、二人のすぐ後ろを小林は着いていく。
しかし、周りの生徒達はその3人を見ると、誰しもが長谷川を何かの化物に生贄として捧げられている哀れな小動物のようにしか見えなかった。




