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Lamia?  作者: mo56
第1章 放浪にて
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7話 日常

 結局今晩はそれ以上ゲームを続ける気にはなれなかった。

魔術師とやりあったせいで体力も気力も大分持って行かれたし、

井出は日付がとっくに変わってしまった時計を見ながら、

そろそろログアウトしたいとラヒムに話した。

彼も相当参ってしまったらしく、

森を抜けるのはまた明日にしましょうと、一足先にログアウトした。

井出も慣れた手つきでゲームのブラウザを閉じて、PCの電源を切った。

スタンドライトを消して、さっさと安いパイプベッドの上に寝転がる。

疲れていたし、睡魔はすぐにやってきた。



 数時間後にセットしていた、目覚ましのアラームで目が覚めた。

ぐっすり眠れた訳ではないが、今日はまだマシな方だろう。

ひどい時は立ち寝だって出来るぐらい眠いのだから。

 いっそのことずっと眠ってしまいたいが、

バイトの時間もあるし、そういうわけにもいかない。

井出は定職には就けていないが、一応アルバイトと両親からの仕送りでなんとか毎日を凌いでいる。

会社で働いていた頃は、まだそれなりに両親との会話もあったが、

フリーターになってからは仕送りの金以外、

なにも接点が無くなってしまった。

 きっと見捨てられたのだろうと思うが、

仕送りをしてもらうだけとても有り難いと井出は感じていた。

 たまに両親に宛てて、近況や仕送りの感謝を書いた手紙を送るが、

返事は今のところ一切なかった。

 『いつまでもあると思うな親と金』とはよく言ったもので、

それは井出自身が一番よく身にしみていて、

早く定職でも見つけて金でも貯めなければ、

路上生活者の仲間入りと強い焦燥を感じていた。

 しかし そんな焦っても仕事が見つかるわけでもなく、

今はとりあえずバイトで食いつなぐしかない。

 そんな今時どこにでもいるような男の井出の楽しみが、

無料のフリーゲームしかないというのは、

ある意味自然の流れなのかもしれない。


軽い朝食を済ませ、安アパートをあとにし、

バイト先についてからは特にこれといったこともなく時間が過ぎていった。

 会社で働いていた時と仕事内容もさほど変わらない為、

井出はこのバイトが向いているとさえ思った。

 少しぼんやりとしながらレジで客の応対をし、

在庫の確認や入れ替えを行って、

午後4時辺りに井出はバイト先のコンビニを出た。

 別にどこか寄るわけでもなく、バイト先で出た廃棄用の弁当を安く買ってそれを持ち安アパートに帰る。

 そして、家に帰ると飯と風呂を済ませ、

適当にゲームをして 寝る。

それが井出の一日の流れで、さほど欲の無い井出はそれで満足していた。

強いて欲があるなら、定職に就くことぐらいだろう。


 だが、今日はその一日の流れが少し違っていた。

安アパートに帰る途中、後ろから声をかけられたのである。


 「井出さん」


 聞きなれた声に井出はゆっくりと振り返った。

井出の視線先に学生服を着た、がっちりとした筋肉質の男が立っている


 「おう」


 ぶっきらぼうに井出は手を上げた。この男とは顔見知りで、

ある意味一日で一番接している時間が長いかもしれない。


 「昨晩は焦りましたね」


 筋肉男がニヤニヤしながら寄ってきた。

何か格闘技でもしているのかと思われる、特異な体をしているその男は、

「持ちましょう」と井出の弁当が入った袋をひょいとかっさらった。

 「食うなよ」と井出よりも頭一つ分は大きい男をたしなめつつ、

井出は家路へ歩き出す、その後ろを男が楽しそうについてくる。


 この男がラヒムのプレイヤーの「小林」だ。

どう見ても体育会系だが、帰宅部だ。

 以前は空手やら柔道やらをしていたそうで、大分前に辞めたらしい。

理由は知らないが、飽きたと以前言っていたのを覚えている。

 

 「まさかカップルとは思ってなかったですよ」

 「美男美女はくっつくのは自然の法則だよ」

 「それは中の人も関係するのですかね?」

 「しらん」


 小林の話を適当に返しながら、井出はゆっくりと歩く。

小林は俺の5つ下の高校3年で、

小学校の時俺がよく遊んでいたやつで、

俺は社会人になるとすっかり忘れていたが、

去年偶々バイト帰りに遭遇し小林の方から話しかけられた。

 でかい筋肉達磨にいきなり声をかけられて、

びっくりしなかったといえば嘘になる。

 あの時は驚いたものだが、今は慣れてこうやって普通にしている。

外見は怖いが良い奴で、まさか去年よりもっと前から「Lamia?」をプレイしているのは驚いた。

 小林の話では高校でも意外とプレイヤーが多いらしい。

しかし、進路やらなんやらで忙しい高校3年が、

ネトゲなどをしていていいのだろうか。

だが、青春の過ごし方は人それぞれであって、

勉強にしても運動にしても何か前向きなことに熱中していても、

どうせ数年後には他にも色々できたと、

後悔するのが世の常ってやつだろう。

 そう思うと他人の人生だし、ああだこうだ言えるものではないと感じた。


 「今晩は何時ぐらいにログインしますか?」


 そんな井出のちょっとした心配をよそに、能天気な声で小林が聞いてくる


 「わからん」

 「それは困りますよ 一緒に行かないとまた襲われるかもしれません」

 「・・・10時だ」

 「わかりました」


 やせ細った井出と筋肉達磨の小林と二人で歩く格好は、

少々奇妙に見えるかもしれない。

 いかつい顔と体しているのに、妙に紳士的な小林の性格は、

とてもアンバランスで、服着替えればすぐにヤクザに早変わりできるだろう。とぼんやり歩きながら井出は思っていた。

 しかし、井出自身も他人のことをとやかく言える身でもなく。

やせ細ってはいるが、いかつい顔では小林にも負けていないのだろう。

 現に道で通り過ぎる通行人は、二人からできる限り距離をとって歩き、

近所の人と出会って井出が挨拶すると一瞬怯えた顔を見せ、

そそくさと去ってしまう。

 前に自分のキャラの顔をそんな綺麗なものではない と言ったが、

それは自分が言えたことじゃないかと思った。


 小林と他愛の無い話を続けているうちに安アパートに着いて、

そこで小林と分かれると、井出は安アパートの階段を上り自室へとはいる。

そんなに物も無く片付いた部屋だが、

要は物を買える程金もないわけであって、多分刑務所の部屋と、

さほど変わらないのではないかと井出は思いながらも、

普段通り安く買った弁当を平らげ食事が終わると、

安アパートの共同風呂へ行く。

 普段なら他に同アパートの住人でひしめき合っているものだが、

珍しく今日は誰もいなかった。

だからといって長風呂をする訳もなく、

さっさと上がると部屋に戻って、パソコンの電源をつけた。

 赤い安いPCが唸り声を上げて起動する。

以前入社する前に両親が祝いに買ってくれたものだった。

 スペックもさほど高いわけではないが、

仕事で使えれば十分だと言ってもっと安いのを買おうとしたが、

ケチな両親がその時だけ珍しく、少し高いモノを買えと促した。

 今でもその時のことは覚えている。

その買った時期が両親とちゃんと話せた最後だったかもしれない。

 少しだけ虚しい気分になりながらも井出は缶コーヒーをすすって、

「Lamia?」のアイコンをダブルクリックした。

数秒してからぼんやりとブラウザが表示され、

その中にまた蛇女の姿が浮かび上がる。

 ログインする頃には嫌な記憶は吹き飛んでいた。


現実ってのは辛いものです

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