69話 夢中⑨
ぼんやりとした灯りが、声の主をうっすらと照らす。
全体像ははっきりとしないが、顔と胴体の一部が見える。
顔には光源の具合でできたのかはわからないが、大きいクマがあり、
年老いているというわけではないが、顔がだいぶ、やつれているように見えた。
ゆったりとしたそれなりの装飾があるローブを着込んでいるようだが、
袖から出た腕はか細く、
骨と皮だけといっていいぐらいに貧相だった。
「・・どうも、初めまして と言った方が良いですよねぇ・・・こういう時って・・」
唇の紅さえ薄くなり、肌とほぼ同化してしまったかのような口が動いた。
大きいクマの上にある瞳は緊張しているのか、それとも怯えているのか、
忙しなく卵の姿を、ぼんやりとした光の中で見ようと動き回っている。
「初めまして・・」
そんな不気味ささえ漂う声の主に、卵は臆しながら頭を下げた。
まさかこれを、上の連中は巫女と呼ぶのか。
顔も不気味だが、体はもっと不気味だった。
既に下半身は人の形を成しておらず、太腿に当たるであろう部分からは、
2本の足が絡まりあい、まるで蛇の様な尾を形成している。
現実で拝んだのなら、きっと卒倒するようなものであろうが、
だが、これはゲームで、しかも今は夢なのだと自分に言い聞かせれば、
なんとか精神を保つことができる。
しかし、この夢は自分が過去に見たものである筈だ。
自分は過去にこの様な者を見たのか、何故だか、
記憶がぼんやりとしていたのもわかる気がする。
きっと思い出したくないと本能的なものが、
この過去を脳の奥に押し込んだのであろう。
だが、記憶というものは完全に消えることは無いと言う。
消えたようであるが、ただ思い出せないだけで、
何かの拍子に思い出せるものだと、
ラジオで聞きかじったような情報を、井出は思い出した。
「・・あなたが、西の徴収部隊に所属していた『卵かけご飯』さんですよねぇ?」
巫女と思われる者はそう間延びした声で、卵に問いかけた。
穏やかで目を閉じていれば、心安らぐような声音にすら感じるが、
目を開ければ、それを全て打ち消す程の悍ましい外見を持っている。
卵はできる限り、礼儀正しく首を縦に振った。
「そうですかぁ・・・良かった。水晶玉で見たとおりの御仁ですねぇ・・。」
どこか満足げに巫女と思わしき者は呟くと、
暗闇の中から、手の平程の大きさをした水晶玉を取り出した。
ぼんやりとした光の中に照らされる水晶玉は、
中に妙な靄を漂わせ、その靄が時折、何かの人影の様な形をとる。
「ここからあなたをずっと見ていたのです・・・。いえ、あなただけではないですね。他の11人もしっかりと」
巫女と思わしき者はまるで一人で語っているのに、
他に誰かの声が被さっているかのような、
多少聞き取りづらい声で言うと、彼女は水晶玉を骨と皮のみの貧相な手で、
愛おしい者に触れるかのように撫でた。
すると水晶玉の中にあった人影のような靄は消え去り、
新たに二つの靄が二人の人影を形成した。
卵からはよく見えないが、水晶玉に映る二つの人影の片方が、
今、目の前に座っている彼女の様な形をとっているのが見えた。
一体どういう仕組みなのかはわからないが、
以前、サンマの奴が言っていた様に、
きっと何かのプログラムを弄っているのだろう。
だが、当時の卵はきっと水晶玉を眺めて驚いたに違いない。
無知とは驚愕に繋がる物なのだろう。
だが、彼女はきっと卵が多少驚くものと思っていたのだろう。
不可解な顔をして、こちらの甲に隠された素顔を覗くかのように、
少し顔を近づけてきた。やつれた顔が近づく、
不細工とは思わなかった、
むしろ美人と言ってもいい、クマとやつれた感じが無ければ。
「・・驚かないのですねぇ・・・以前は少し体を前に出して、覗き込もうとしましたよねぇ。」
卵は一瞬、彼女が何を言っているのかわからなかった。
以前と彼女は口にしたが、以前とはどういうことだ。
この記憶が最初に彼女に会った、初めての記憶ではないというのだろうか。
卵は困惑し、思わずたじろいだ。
それを見ると彼女は、少しいたずらっぽく微笑んだ。
どこかその微笑みが、ぼんやりとした光と相まって妖艶に見える。
「そうビックリしないでください。あなたの夢は、あなただけの物じゃぁないんですから・・・」
「・・それはどう言う意味ですか?」
微笑む彼女に卵は思い切って聞くことにした。
てっきり今まで自分は4年前の記憶の中を、
夢の中で追体験しているものとばかり思っていた。
「そのままの意味ですよ。過去っていうものは作り変えることができるんです・・・。私にはね。」
彼女は少し微笑むと、異形の半身を這いずらせこちらに近づいてきた。
普通なら、悲鳴でも上げて逃げ出すだろう。
だが、ぼんやりとした光と卵の疑問が、
彼女の異形の姿を幻想的なものとして、
脳内に何も異常は無いとして受け入れさせた。
「もう、4年も前なんですね・・・。ありきたりな台詞ですけど・・私にはつい昨日の様に感じますねぇ。」
近づいてきた彼女は骨と皮のみの手をこちらに伸ばし、
卵を甲冑越しに愛おしく撫でた。
熱を通さぬ筈の冷たい装甲は、
彼女の前では無力のようで、夢というのに仄かな熱を感じる。
「けど、あなたはいつも私を見てくださっています。暗い暗い中でうっすらと光る私を・・・いつも・・。」
彼女が一体何を言っているのかわからぬまま、
卵は撫でられていた。仄かな熱は徐々に燃え上がり、
暗い室内を隅々まで照らすほどの光に変わっていた。
撫でられながらも、卵は明るくなった室内を見回した。
豪華とは言えないが、棚や机などある程度の物は整っている。
円形の部屋に上手く沿えるように、壁に多くの棚が備えられている。
そして、棚には先程暗闇から彼女が取り出して見せた水晶玉が、
所狭しと並んでいた。
「・・・さて、久しぶりの再開ですが、そろそろ戻らねばなりません。貴方には・・また会える事を願っていますよ・・」
卵の耳に彼女の悲しそうな声が響くと、
周りの景色が徐々に歪みはじめた。
そして、ある程度まで歪むと、景色は一瞬にして暗転した。
暗転した景色を切り裂いたのは、目覚まし時計のアラームであった。
体は動きたくなさそうにしているのが、よくわかるが、
不快なアラーム音を消さなければならない為、
井出は面倒臭そうに時計を、置いたであろう位置に、
腕を這わせ、そして音を消した。
音を消すと、また静寂が戻り、
いっそのこともう一度寝てしまおうかと思ったが、
アラームの音をはっきりと一度聞けば、二度寝は難しいだろうと、
体をゆっくりと起こした。
少しだけ開いたカーテンから光が差し込み、
井出の思い瞼を刺激する。
完全に意識が覚醒した井出は、既に夢の事を忘れていた。
最近、妙な夢ばかりを見ます。




