68話 夢中⑧
「ほら、お前の徴収部隊が担当していたのは西の地方だ。わざわざ巫女の命令で、西で有望そうな奴を探したんだ。」
「・・・ということは、他の窓を担当する奴はそれぞれの方角に沿った連中な訳か。」
「つまり、そういうことだ。」
窓の回廊をまた歩きながら、騎士と卵は二人肩を並べ、ゆっくり歩いていた。
時々、窓の前に立ち止まっては、その窓を担当する者のことを軽く説明してくれた。
先程言っていた通り、どいつもこいつも、ろくな奴がいそうになかった。
ある者は軽い口論から部隊の全体を巻き込んで流血沙汰を起こしたとか、
また、ある者は仲間と連んで警備部隊の仕事を放棄し、
近隣の村を徴収部隊の真似事をして火を点けて回るなど。
自分も大概だとは思うが、それより非道い奴も探せばいるものなんだと、
騎士の説明に感心するほどだった。
「俺も含めて、全員そんな感じなのか?」
「全員そんな感じだ。」
騎士は吐き捨てるように言った。
しかし、罪状もあり、ろくでもない連中ではあるが、
その卵以外の11人は皆腕利きらしい。
大罪とは言え、それに躊躇することなく容赦なく実行する。
ある意味、各部隊の精鋭を選りすぐったと言ってもいいと、
騎士は最後に付け加えた。
「じゃあ、俺もつまり精鋭の一人ってことか?」
少し誇らしげな気分になって、卵が聞くと
「いや、お前は何かの手違いだろう。」
騎士がきっぱりと言うので、悲しくなった。
そんなやりとりを続けているうちに、また卵が担当する西の窓へと戻ってきた。
そして、その前にまた二人は立つと、面倒臭そうに騎士はどこからか鍵を取り出した。
「さて、一応一通りの説明もしたことだし、お前には巫女に挨拶でもしてもらわないとな。」
「なんて言えばいいんだよ。俺、そんな畏まった台詞は並べられねぇぞ。」
「適当にやれ、適当に、相手さんはお前の事、何故だか知らないが、気に入っているようだから、別に問題ない。」
そう言って騎士は扉についた錠前に鍵を差しているが、
それを眺めながら、卵は何故巫女が自分のことを気に入っているのか、わからない。
先程、騎士が並べた守人の連中は、
皆自分より遥かに凶悪かつ強力そうなやつらばかりであるし、
外見だって聞く分には自分よりましだそうだ。
そもそも、何故会ったことも聞いたこともない、雲の上のような存在のである巫女が、自分のことを知って、更には気に入っているのか、卵にはいくら考えてもわからなかった。
そんなふうに卵が無い知恵を絞って考えていると、
少々手間取った様だが、西の扉が開いた。
扉が開けば、そこまで広くない中央部屋にいる巫女と、
すぐ対面できるものと考えていたが、部屋には光が全く差しておらず、
入口から差し込む光さえも、部屋の暗闇を照らすことはできなかった。
「・・暗いな。」
「ここから先はお前一人でいけ。俺は外で待ってる。」
と、突然今までずっと案内をしてきた騎士が、開いた扉の前で止まった。
「巫女はお前一人をご所望だ。」
卵が何か不平を唱える前に、騎士は容赦なく扉を閉めた。
反射的に卵は扉に手をかけたが、向こうからまた鍵を掛けたらしく、
押しても引いても扉は動かない。
「あんの野郎・・・」
暗闇となった中で卵は騎士に対して愚痴をこぼすと、周りを見回した。
扉の隙間から少しだけ光が入ってくるが、それだけだ。
何も見えず、聞こえるのは己の息遣いしかない。
そんな中しばらく黙っていると、
まさか、騎士が言っていた事は全て嘘で、自分は上層牢獄から更に上のところへ、
移されただけなのかもしれないと思えてきた。
先ほどの牢獄には異臭など不快な要素は多々あったが、まだ窓があっただけマシだった。
だが、こちらにはそんなもの全くない。
不快な要素があるときこそ嫌なものだが、いざそれすらも無い空間にくると、
それすらも楽しい要素に思えてくるので不思議だった。
「・・・巫女様は、おられますか?」
卵は暗闇の中で、できる限り畏まった声を出した。
騎士が言っていたことが全て嘘ならば、巫女など居ないはずだろう。
よくよく考えれば、巫女など今日初めて聞いた。
やはり騙されたのかもしれないと、ひどく不安になってきた。
「巫女様・・。」
もう一度卵は、暗闇に向けて言った。
声が室内で反響しているらしく、ひどく不気味だった。
だが、その声は虚しく反響して消えることはなく。
「いますよぉ~・・・」
酷く間の抜けた声で返ってきた。
卵の視界には暗闇が広がっている。
今の声は前の方から返ってきたようだが、
卵にはよく聞こえなかった。
「・・おられるのですか?」
「おられますよぉ~」
なんとも間抜けな会話をしながら、卵はその声のした方へと、
不安ではあるが、一歩ずつ慎重に進んでいった。
こうも暗くては足元に何があるかもわからない。
今更、罠がどうこう言っている余裕はないが、
暗闇の中まっすぐと歩ける度胸も自分には無い。
だが、慎重に足を進めていると、急に足に何かを踏んだような感触が伝わった。
これはゲームだというのに、何故感触がするのか井出には分からないが、
すると突然目の前の暗闇の中から、悲鳴が聞こえた。
悲鳴まで耳に聞こえた。
そこまでされると、井出はよくできた夢なのだなと、
感心する事しかできなかった。
「・・・痛いじゃないですかぁ・・気をつけてくださいよぉ。」
「あっ・・すいません。」
卵は暗闇の向こうから聞こえた、その痛そうな声に思わず謝った。
大分痛そうな悲鳴だったが、声の主は卵が謝ると機嫌を直した。
「・・・まぁ暗いせいですよね。今、光を点けますよ。」
間延びした女性特有の高い声に、卵は心の中で、
最初から光を点ければいいじゃないかと強く感じたが、
どうやら、声の主はそういう点に配慮しないらしい。
「あ~・・・光が点いても急に変な声とか出さないでくださいねぇ~、びっくりしますからぁ~」
じゃあなんで暗くしているのか、いちいち変な奴だと卵は思いながらも、
声の主は、十中八九、その雲の上の存在である『巫女』であろうと考え、
静かに光が点くのを待った。
しばらく待つと光は点いた。
とは言っても強い光ではなく、豆電球の光をできる限り強くしたような、
ぼんやりとしたモノだった。しかし、その光に映し出された巫女であろう者の姿は、
声の主が言ったとおり、変な声を上げるのにふさわしい物だった。
「・・・Lamia?」
井出はその時、文字の変換もせずにチャット欄に打ち出した。
洒落を効かせたかったわけでもないし、手元が滑ったわけでもない。
ただなんとなく、その光を点けてくれた者を形容するに、
このゲームの中で相応しい単語は他にないと感じたからだ。




