66話 夢中⑥
彼はきっとできる限り、シリアスな場面を演出したかったのだろう。
だが、それを演出するにはあまりにも卵と言う名はシュールすぎた。
その為、彼はそれ以降、彼の名を呼ぶことは滅多に無かった。
「・・・おう、こんなところにわざわざ珍しいじゃないか。」
しかし、呼びなれた名前でもあるので、特にそこまで気にもせず、
卵は鉄格子の向こうに立っている騎士に言った。
「どうもこの鉄格子は狭すぎる。頭すら出せねぇんだ、なんとかしてくれよ。上に結構顔がきくんだろ?」
「お前の頭がでかすぎるんだ。我慢しろ。」
騎士は赤い瞳の奥からくぐもってはいるが、愉快そうに笑った。
しかし、どうもその笑い声は愛想笑いのようで、短い時間笑うと、
背中を卵の立っている向かい側の牢獄の鉄格子に預けて、こちらを見据えた。
「派手に暴れたらしいな。噂で持ちきりだぞ。」
「噂?そりゃなんのことだ?」
ずっと上層牢獄内にいると、外部との接触は、
ほぼ無いと言ってもいいぐらいに無い。
たまに面白半分に、事の真相を聞きに来た騎士が数人ほどいたが、
卵の話を聞いて肩透かしを喰らって帰っていってから、
二度と姿を見た者はいない。
「牢獄暮らしが長すぎたな。ボケるなよ、お前が村で殺戮の限りを行ったとか・・・」
「あぁ、それ。まさか、お前も信じてるのか?」
「いや・・、鉄格子に頭をガンガン馬鹿みたいにぶつけてる奴ができるとは思えん。」
騎士は卵を見下したような顔で見ながら、
一度溜息をついて、続ける。
「まぁ、そんなお前に朗報だ。」
「釈放か?」
「あぁ、おまけに仕事まであるぞ。」
「仕事はいらないよ。」
「うるせぇ聞け。」
騎士の外見はとても幻想的であったが、
中身はとても俗物な奴だった。
騎士は卵を取り敢えず黙らせると、
一息ついて話し始めた。
「お前はずっと牢獄にいたから知らないだろうが。上の連中の話では、各地方を治める為の騎士団が必要になった。結構広い範囲を抑える騎士団もあれば、地理的条件の為に狭い範囲を担当する騎士団も結成されるわけなんだが・・・、何故だか、お前がその騎士団の一つに団長として配属されることになった。」
「団長?俺が?」
鉄格子に頭を何度もぶつけ、数を重ねれば鉄格子が曲がるのではないかと、
我ながら馬鹿な真似を続けていた卵は、騎士の言葉を聞いて、
やっと頭をぶつける作業をやめた。
「本当か?」
「本当だとも、まぁ名前だけだがな。」
そう騎士が愉快そうに言うと、卵はまた鉄格子に頭をぶつける作業を再開した為、
騎士は慌てて卵を止めるのに必死になった。
そして、数分かけてなんとか卵を止めると、
もう疲れてしまったのか、鉄格子に寄っかかるどころか、
その場に腰を下ろして、話し始めた。
「落ち着け?な?、とりあえずお前が団長として勤めてもらう騎士団ってのはな、要は典礼部隊って奴だ。名前だけは立派だが、実際何か大きい仕事があるわけじゃ無い。だが、ここでずっとくだらないポリゴンの空見てるよりマシだろ?」
「まぁそうだが・・・」
「それに、外見だけ立派にするが、中身は懲罰部隊だ。お前のような上層牢獄に入れられるような愚図の寄せ集めだ。」
「愚図ってのは非道い言い方じゃないか、田中さん。」
「・・・然りげ無くお前は、雰囲気をぶち壊すな。」
卵がこれから配属させられる騎士団についての説明をされる中、
己の本名を呼ばれたために、騎士、いや『田中』は憎々しく卵を睨んだ。
『田中』さんは、井出にこのゲームを勧めた張本人だった。
まだ、井出が会社に勤められていた時期に彼が井出をテストプレイヤーとして、
この『Lamia?』に誘ったのである。
田中はこの『Lamia?』の製作者チームの一人だった。
彼は大学のサークル時に有志数人で、このゲームを作り出した。
本来はゲーム会社に売り出す為に作っていたそうなのだが、
追い剥ぎ、殺人、詐欺、窃盗、様々な犯罪行為が横行するゲームでは、
一般的なプレイヤーには受けないと言われた点と、
すぐに妙な団体が騒ぎ立てるだろうと言う点を指摘された為、
田中の『Lamia?』作成チームは、どうせなら大勢にプレイしてもらおうと、
フリーゲームとして世に配布したのである。
どうやってサーバーなどの、金がかかる問題を処理しているのかは、
井出は知らないが、どうやら作成チーム内にそこそこの金持ちがいるそうで、
それで賄っていると以前田中が言っていた。
「ともかくだ。お前はその懲罰部隊の連中を、まとめあげてもらう必要があるわけだ。」
「待てよ。今まで徴収部隊で一兵卒しかやったことがないぞ。俺には無理だ。」
説明を遮って、卵は不平を口にした。
実際に卵は今まで、徴収部隊においてずっと一兵士として働いてきた。
現実でも井出は、人の上に立って指図を出した経験など無い。
それに、井出自身としても人に、指示を飛ばすような事は好きではなかった。
騎士団に一兵卒として配属させてくれるのなら、喜んで引き受けるが、
団長ともなれば自分には荷が重すぎると訴える卵に、
騎士は甲の奥からまたくぐもった笑い後を出して言った。
「大丈夫だ。そう言うと思って、副団長にはまともな奴を引っ張ってきた。お前が頼りなくてもしっかり補佐してもらえるだろ。」
「誰だよ、そりゃ。」
卵が騎士を見上げながら聞くが、彼はその副団長とやらの説明の前に、
自分の苦労話を始めだした。
「本当に苦労したんだからな。まともそうな副団長引っ張ってくるのに、ここに入ってる連中ときたら、下層牢獄の連中より一癖も二癖もある奴ばっかりでさ。」
「俺よりもか?」
「お前よりヒドイ。詐欺罪、殺人罪、強盗殺人、放火、強姦・・・」
「待てっ。強姦ってなんだよ?!」
「詳しくは言わない。」
騎士の最後にあげた罪状に、異様に卵は食いついたが、
まさか、そういう類のシステムまであったのかと卵が驚愕する中、
騎士は構わず話を続ける。
「まぁ、ともかくだ。お前の補佐を務める副団長ってのは、敵前逃亡と詐欺で牢屋入りになっている。名は『シシャモ』だ。お前と同じで緊張感が無い名前だが、槍の扱いと口の扱いが上手い奴だ。上手くやってれば『ディブリ海』辺りを治める海神騎士団の副団長になっていた筈なんだがな。馬鹿な奴だよ。」
「馬鹿なのか?」
「お前より、良い意味で馬鹿だったのさ。」
騎士は少し憂鬱そうに言った。
今回はセリフが多すぎるので、少々反省しています。




