62話 夢中②
夢というのはとても速く物事が過ぎていってしまう。
その為なのかはわからないが、夢が覚めると夢の中において、
見聞きしたことは大体忘れてしまうものだ。
だが、もしその夢の内容が次に見た夢と似通っているなら、
夢を見たものは瞬時にその夢が似たものか、
もしくはこれはあの夢の続きだと、夢の中で理解するのである。
全く身に覚えがないものが現れ、
もしくは古い過去が夢の中で現れる場合もある。
今回は後者だろうと、
井出は夢の中において妙に研ぎ澄まされた気持ちで思った。
ここが何処であるかはわかっている。
『牢獄』だ。もしかしたら倉庫かもしれないが、
そんな場所じゃないことは、自分が一番よく知っている。
夢だというのに牢獄特有の湿った空気と、
部屋の隅にたまった異臭はとてもリアルに感じた。
数分でも異臭を嗅いでいると、嫌になってきたので、
井出は少しでもその異臭から離れられる場所はないかと、
部屋中をまた見回したが、牢獄内にそんな清潔な場所がある訳もない。
だが、光が射している窓に近づくことができれば、
気ぐらいは誤魔化せると思い、小さい鉄格子の入った窓を見た。
小さい鉄格子の窓から、空が見えた。
下を覗けるほど窓は大きくない為、正面から見える景色のみだ。
『Lamia?』独特のグラフィックをした雲が、
遠くに浮かんでいるのが見える。それ以外は見ることができない。
どうやらこの牢獄は、大分高い場所に位置しているらしい。
太陽などは見えないが、まだとても明るい空の色から察するに、
時間は昼ぐらいだろうか。
そろそろ食事でも配られても良い時刻だ。
例え、騎士団本部の上層牢獄に囚われるような屑でも、
飯を食べるぐらいの権利はある。
幾ら自分が月に数回行われる近隣の村への税の徴収を誤魔化して、
自分の懐に幾らか入れたからと言って、
幾らなんでも食事抜きとはひどいではないだろうか。
そんな3・4年前の自身が騎士に所属していた際の罪状を、
井出はこの夢の中において鮮明に思い出していた。
そのそこまで良いとは言えない思い出を、もう少し鮮明に思い出そうとすると、
夢の中とは便利なもので、その時の景色がはっきりと目の前に浮かんだ。
井出、いや卵は馬車の中にいた。
先程まで乗っていた幌無しのボロボロな馬車とは、格が違う代物だ。
荷台の周りには薄くではあるが、賊の襲撃に備えての鉄板が張られ、
その鉄板には騎士団の象徴である紋章が施されている。
騎士団には様々な紋章があるが、今乗っている馬車に描かれているのは、
赤い色で描かれた『ラミア』だ。
このゲームの守護者であるという身勝手な自負を込めて、
一般的な騎士の組織にはこの蛇女の紋章が多用されていた。
だが、肝心なのは紋章の形ではなく色である。
今乗っている馬車の紋章の色は赤だ。攻撃色とも呼ばれるが、
まさに騎士団において荒事専門の連中が良く使う色である。
色が薄く穏やかであればあるほど、比較的穏健な連中であった。
しかし、このどす黒い赤は基本、
騎士が村の防衛と繁栄を約束する代わりに、
徴収する『税』の徴収部隊である色を示している。
卵はその当時、その徴収部隊に所属していた。
税は当時強大な組織を維持する為には、必要不可欠だった。
だが、現在でもそれは変わらないことだが、
その税を納めるのを拒む輩も数多く存在する。
あまりにも無理な額や物資を要求しているわけではないのだが、
ゲームの中においても、何かに束縛されるのを嫌がる連中がいた。
その為、税の徴収を巡っては、しばしば大なり小なりの戦闘が起きた。
大体は比較的口が上手く穏健な連中が、口先上手く説得して騎士の重要性を説き、
納めるのだが、その説得が失敗し、もしくは手酷く追い返されたりした場合などは、
卵の当時所属していた、徴収部隊の出番と言う訳だ。
今、視界に映る卵と同じように、荷台の両側に取り付けられた長椅子に座る、
荒くれ者共は、皆様々な甲冑を着込んでいた。
重装から軽装な者まで様々だが、
皆一律に言えることは、甲冑やその隙間から除く体や顔に付いた様々な大小の傷が、
彼らをそれなりに、修羅場を踏んできた熟練と言う事を表している。
サレットの面具を上げ、これから起きる戦闘の興奮を早めに顔にありありと表す者。
少々脅えがあるのか、貧乏ゆすりが止まらない者、
ただただ押し黙っている者。始終得物を磨いては満足そうにしている者。
誰もかれも見知った連中だ。
この馬車にいる者達は、卵が当時所属していた徴収部隊の中でも特に仲が良かった連中だ。だが、夢が覚めれば始める現実では、もう彼らはログインしていない。
皆、様々な理由でこのゲームから去って行った。もしくは追い出された。
それか、形を変えて新しいキャラとしてプレイしているのだろう。
そんなことを思うと、なんだか時間の流れが空しく感じ、
卵は馬車の中で溜息をついた。すると、横にいた男が卵を心配して声をかけた。
「どうした?」
「・・いや、なんでもない。」
「そうか?顔色が悪いぞ。」
男は全身余すことなく、装甲に身を固めていた。
手には様々な傷がついた戦斧が、握られている。
自分はその時息苦しいので、面具を上げていたのだろう。
夢の中とはいえ、リアルな夢だ。そう思いながら大丈夫だと手を振った。
「それなら、いいんだけどな。飛び道具持ってるのは、お前しかいないんだからよ。」
横にいた男はそう言うと、座りなおして黙り込んだ。
彼の言うとおり、その時、卵しかクロスボウのような飛び道具を持っている者はいなかったのだ。
クロスボウは弓と比べれば連射力など様々な点に劣るが、
いちいち接敵して斬りあわないだけ、マシなのだろう。
当時から卵は、剣などの近接武器はさほど使いたがらなかった。
理由はそんな大した物ではない。弓などはそれなりの技術を必要とするものなのだ。
それと比べればクロスボウは、装填などに時間が手間取るとはいえ、楽なのだ。
一度、矢をセットしてしまえば、
もういちいち振り絞ったりすることに集中する必要もない。
そんな時、突然馬車が急に揺れた。
どうやら、進路を変えたらしい、少し揺れるとすぐに収まった。
だが、その時、御者席に一番近かった軽装の男が御者席に座った。
徴収部隊の中において実力・人望共に隊長各の重装騎士に言った。
「・・・隊長、進路が違いやすぜ。『徴収する』村はもっと西の方ですよ。」
「いや、こっちで合っている。」
何かその会話から不穏な空気がしていた。
きっと、当時の卵はそんな会話、
毛ほども気にしていなかったのかもしれない。
だが、今思えば、この時進路を今回徴収の為に襲撃する村の方向に戻していれば、
現在のような事にはならなかったかもしれない。
夢ってのは睡眠時間が短ければ短い程、充実している気がしますよね。




