6話 棒術師②
女にはラヒムの姿が男の甲冑の後ろに隠れていて見えなかったらしい。
声に驚いた女の隙をついて、俺の後ろからラヒムが飛び出した。
手には既に鞘から抜き放った短剣を握っている。
素早い動きで女の背後に回り込み短剣を突き立てようとするが、ラヒムの動きより先に女が杖を振る方が早かった。
みすぼらしい杖が出す音とは思えないような鈍い音を立て、
杖がラヒムの胴体に突き出された。
彼の口からうめき声が漏れ、その場にうずくまるが、
女は容赦なくうずくまる彼を打ち据えた。
男も直様剣を抜いて、ラヒムが殴られている隙に切り込もうとしたが、
女は直様それを見切って後ろへ飛び、男から距離を取る。
軽装のせいもあるが、女自身の身体能力もあるのだろう、
恐ろしく身軽なやつだ。
甲冑の中で男が舌打ちをする。井出も全く同じ気分だ。
こちらの剣の斬れる範囲をちゃんと理解して、
距離をとっているところを見ると、
やはり相当な場数を踏んだ魔術師なのだろう。
相手は杖を腰辺りで構えて先端を男に向け、しっかりと見据えていた。
油汗が顔中に吹き出るのを感じる。
手練の魔術師の前では甲冑はないにも等しかった。
牽制の意味を込め、男は怒声を上げて、
長剣を上段に構えて向かい合った。
しかし、女は身じろぎもせず、涼しい顔で杖を構えたままだ。
この状況は不味いと井出は焦った。
この距離では男が幾ら踏み込んで斬ろうとしても、
女の身軽さから見て簡単に避けられてしまう。
だが、このまま向かいあっていても、
魔術師の詠唱が始まれば、もう取り返しがつかない。
仕方なしに男は、無駄とわかっていても女に怒声を上げ斬りかかった。
踏み込んだ一瞬だけは女の姿が近づいたが。
振り下ろす頃にはもうすでに離れた場所へ避けている。
男が甲冑をつけて動きが多少鈍いのは否めないが、
男だってそれなりの修羅場をくぐり抜けてきた。
今までだってこの魔術師より遥かな軽装な者にだって、
殺し剥いできたが、それでもいとも容易く躱されてしまうということは、女の技量がこちらより高いということだ。
しかも、魔術師もただ躱すだけでなくこちらの隙を見て甲冑に杖を打ち込んでくる。
本来なら逆に杖が折れてしまうのだが、
どうやら杖を魔法で鉄の様な強度にしているらしい。
殴られるたび甲冑の装甲に凹みができ、
そして中の男にも打撃が加わり始めている。
このままではいけないと思いながらも、
男にできることは必死に剣を振り回し、
できる限り女に隙を与えないことだったが、
それも徐々に難しくなってきていた。
面具の隙間から見える女の顔は余裕そのもので、
まるで獲物を嬲り殺すことに夢中な獣のソレを思わせた。
そんな顔をする女を、追い払うように必死になって男は剣を振るうが、
それもしばらくすると疲れが腕に回ってきて、
動きに鋭さがなくなってきた。
そして、その隙をついて対照的に、魔術師の杖が鋭さを増す。
この魔術師は魔術よりも杖を扱う棒術に、精通しているらしかった。
魔術に明るく鍛錬を積んでいれば、男の攻撃の隙に詠唱が出来る筈だ。
しかし、詠唱はせずに杖で殴ることだけに夢中なのは、
単に男を弄んでいるだけなのかもしれないが、
もしかしたら魔術はさほど使わないのかもしれない。
そう井出が男の剣を振るうキーを、ずっと叩き続けながら考えていると。確かに魔術師は杖での攻撃しかしてこない。
だが、結局はジリ貧だ。ドジを踏んだと後悔しながらも、
今はキーを必死にタイミングよく叩くことしかできなかった。
しかし、不意に面具の隙間から見える女の顔に焦りの色が見えた。
一体どうしたのかと男も思ったが、
その瞬間 女が一瞬怯えたように後ろへ飛んだ。
女は男の方を見ていない。視線は男の後ろを見ている。
そして次の瞬間、男の耳の横で空を切る音が響いて、
女が吹っ飛ばされた。
何が起きたのか男は理解できなかったが、
倒れこんで甲高い悲鳴を上げる魔術師を見て納得した。
魔術師の脇腹にはクロスボウの矢が、深々と刺さっている。
矢が飛んできた方向を見ると、
ラヒムが先程殴られた痛みから、
顔を歪めながらも、矢を放ったクロスボウを手にしていた。
「ざまぁみろ」
ラヒムが殴られてアザだらけの顔で笑った。
どうやら魔術師に打ちのめされたあと、
バレないようにクロスボウをセットしていたらしい。
あそこまで男に近づいていたのなら寧ろ誤射も頭に入れ、
男から離れずにいるべきだったほうがいいだろうと、
激痛にのたうちまわる女を見て思ったが。
何故女がそんなことをしたか、
ラヒムの俺を見て少し申し訳ないような顔を見てわかった。
どうやらこの悪党は最初から俺ごと矢が当たろうが関係なく、
クロスボウを撃っていたらしい。
近くを見回すと外した矢が、数本近くの木や足元に刺さっていて、
先程は杖の衝撃で気付かなかったが。
男の背中にも矢が刺さっていた。
甲冑の装甲のおかげで、皮膚に届く手前で止まったらしい。
ラヒムのおかげで命拾いと命の危機を両方一片に味わうことになり、
男は彼を睨みつけようとしたが、それは後にしておこう。
今はこの魔術師から先にお返しをしないといけない。
女は激痛に我を忘れのたうちまわっていたが、
男がこちらに近寄ってくるのを見ると、
直様口をパクパクさせ何か喋ろうとするが、
男はそれが詠唱の一部でだましうちをしようというのは、
経験上よく知っていた。
女が一言しゃべり終えるより、男の剣の方が早かった。
女の口に長剣が深々と突き刺さり、口に剣を突っ込まれたせいで、
女は何も言えずまた激痛に身をよじった。
そして、男は直様剣を引き抜くと、女の首へと力強く振り下ろした。
こうでもしないと魔術師は何をするかわからない為、
殺す時は徹底的にやれと男は仲間から聞いていた。
例え、女子供でも情けを掛けることは、
己の命を捨てることだと井出はよく知っていた。
『追い剥ぎなんて畜生のやることをしているのだから尚更だ。』
と男は女だったモノから流れ出る赤い血を眺めながら思った。
「疲れましたね お疲れ様です」
背後からラヒムの声がする。あれだけやっておいて声は愉快そうだ。
男は声のしたほうに小石を投げつけた。当たったらしい、ラヒムの悲鳴がする。
「死にけかたぞ、畜生」
「仕方ないじゃないですか・・・俺は卵さんほどクロスボウ上手じゃないですから」
だからといって、援護しようとして援護対象に矢をあてる奴がいるかと男はラヒムを殴った。
勘弁してくれと哀願されるが、しばらくは聞き入れたくなかった。
「しかし、今の女は何者でしょうかね?」
やっと気が収まって、ラヒムを解放すると彼は先程殴られた箇所と今殴られた箇所を摩りながら聞いてきた。
「多方賞金稼ぎだろ」
「じゃあなんでさっきの連れだった男と一緒にこなかった?」
「知るかよ」
適当に返事をして、自分のボウガンを拾い上げ腰に下げると、
ラヒムが急に「あっ」と驚いたような声を出した。
振り向くとラヒムが女の遺体を剥いでいて、
身につけていた首飾りを男に見せていた。
先程、剥いだ男の首飾りは、
わざと半分に欠けていたような形をしていて、
今の女の首飾りはそれとピッタリにはまって一つの形を作っていた。
「カップルでしたか」
ラヒムが少し悲しそうな顔をして首飾りを見ている。
何があったかは知らないし、知りたくもないが、
多方喧嘩でもして別れてしまったのだろう。
それが長い別れになるとは皮肉なものだし、
彼氏の剣が女の首を刎ねたとあれば、
酷い皮肉もあったものだと男は苦笑した。
「卵さん・・」
ラヒムの奴が少し顔をムッとさせる。
「なんだよ」
「あなたはこう、人に対して優しさとかってないのですか?」
「じゃあお前はその首飾り返してやるか?」
「いいえ」
「だよな」
これだから追い剥ぎってのはロクでもないと、井出は苦笑した。
中々表現は難しいものですね。