57話 詩人の村⑪
このゲームの特性上、血痕のエフェクトはそう長くは表示されない。
だからこそ、詩人の向こうに見える血の跡が、
今まさに流されたものとラヒムは直感した。
逃げ腰になっていた腰は、正面の詩人と向き合い。
素早く短剣を抜き、対峙した。
この時ばかりは、察しの悪いニッキも状況を飲み込めたらしく、
彼女もラヒムの後ろで拳を突き出し、臨戦態勢を取った。
「どうしたのです?そんな怖い顔して・・・。」
だが、詩人は臨戦態勢をとる二人に対し、
驚くこともなく、先ほどと変わらぬ微笑を浮かべ近づいてくる。
「・・・それ以上近づくと刺す。」
ラヒムは必死に声を低くして短剣を構えた。
今までだって幾度となく死線を潜り抜けてきたわけだが、
たかだか無防備な女一人に何故こうも必死になっているのか、
自分にも分らなかった。
「来るんじゃねぇっ!」
後ろからニッキの、
怒声とも悲鳴ともつかないような声が上がる。
彼女自身もどうやらこの目の前にいる詩人に、
なんらかの恐怖を感じたようだった。
「・・・・・・あっそれ、私の宝箱ですね。」
そんな二人に対して、詩人は表情を崩すことなく、
歩みを止めない。そして、宝箱を指差している。
宝箱の中身である血まみれの衣服は、
ニッキとラヒムの足元に散らばり。
詩人はそれを見ると少しだけ、悲しそうな表情になった。
「見てしまったようですね。あなた方は見てはいけないものを見たのですよ?」
まるで今更悪戯がばれた悪童の様にそう告げると、
やっと詩人はその場で立ち止まった。
そして、ゆったりとした衣服から、何かを取り出すように懐に手を入れた。
これを見てラヒムは相手が何か得物でも取り出すのかと思い、
すぐ手を止めるように叫んだが、詩人はそんなこと耳に入らないかのように、
短剣を抜くほど素早くではないが、慣れた手つきで、
衣服の何処からか先ほど演奏に使っていた『リュート』を取り出した。
てっきり何か足元に散らばった衣服を、
斬った物でも取り出すかと、予想していた二人は拍子抜けした。
二人は呆気を取られて立ち尽くす。
詩人はその弦楽器を広場で弾いていたときの様に、
リュートの弦を弾きだした。
弦からはまた、先ほどの物悲しい曲が流れてくる。
だが、一つだけ広場で聴いた事とちがうことがあった。
詩人が今度は怪しく笑みを浮かべているのだ。
傷の手当てが済むとユエは、
応急手当てを施したバックスにしがみついて、
怖かったと泣き始めた。
しがみつかれたバックスは困り果てた顔になり、
助けを求めるように卵とシシャモを見たが、
二人は埒が明かないのでユエを彼から引きはがすと、
なんで血まみれで這いつくばっていたのか聞くこととした。
最初は多少どもりながら彼女は喋っていたが、
現実のプレイヤーに被害があるわけないので、
ちゃんと文字を打ち込めとバックスが諭すと、
何処か渋りながらも説明を始めた。
「最初はなにか二人が楽しそうに話していたの、路地裏で。何か見つけたようだったけど、私にはよく見えなかった。それで、近くまで行こうとしたら突然、さっきの詩人さんが何処からか現れたの。それで私、演奏のお礼でもしようと思ったら・・・いきなり何かで刺されてこんなことに・・・。」
長いチャットに慣れていないのか、
ユエはたどたどしく話した。
彼女の話を聞いて、
一体彼女に何が起こったのかはよくわからないが、
どうやら、その例の詩人に刺されたらしい。
何に刺されたのか深く聞いてみるが、
良くわからなかった彼女は言った。
「・・・あの二人なら女一人ぐらい訳もないだろ。」
「だな。」
まだ回復しきれず、傷口を抑えながら蹲るユエと、
一応看病してやるバックスを後目に、
どうしたものかと卵とシシャモは話し始めた。
「けどよ。二人に殺されちゃぁ、俺に金は入るのか?」
「五等分じゃないのか、結果的に5人で殺るわけだからな。」
シシャモの発言に卵は少々気を悪くした。
先程だってバックスに払ってやったのに、ラヒムとニッキにまで払ったら、
報酬がほぼ無くなってしまう。
そう思うと、いてもたってもいられなくなり、
卵はクロスボウを担いですぐさま、
ユエが這ってきた方向へ走り出した。
慌ててその後ろをシシャモが追うが、
先日、森の中で見せた鈍足が嘘のように素早く動いている。
「とりあえず、彼女は任せた。大事な護衛対象なんだからな。」
とシシャモは卵を追う前にバックスに言って、卵を追いかけていった。
残されたバックスとしては、
また先日の牢での号泣するユエの、
ロールプレイに付き合わされると思うと、
気がとても滅入った。
あれほど甲冑を着込んでいるくせに、
何故あのような狂ったスピードで走れるのか、
卵を後ろから追う、シシャモは理解できないが。
そんなことより、今は詩人が何故、
ユエのような小柄な少女を刺したのだろう。
という事の方がとても疑問だった。
卵とかラヒムのような奴等ならまだしも、
幾らなんでも初対面の奴にすることじゃない。
自分だって他人だったら突き殺していただろうが、
それとこれとは話が別だ。
もしかしたら、先ほどは店員が、
何か依頼を偽っているような気がしてならなかったが、
まさか本当に詩人に何か問題があるのかもしれない。
リュートから流れる音楽は調子が早くなったり急に遅くなったりと、
不気味なもので、音色は物悲しいが調子を狂わせることで、
急に明るい曲になったかのような調子になる。
だが、そう思えばすぐに調子を遅くして音を暗くする。
不気味なことにはあのディンゴ面と変わらないが、
あれは物体的恐怖で、こちらは精神的恐怖と言えばいいのかは、
ラヒムにはわかりかねたが、
ともかく、この音色をずっと聞いているのは、
とても不味い事だとまた本能が告げている。
そう思うやいなや、
ラヒムは詩人に今度こそ背を向けて逃げようとしたが、
ここでラヒムのプレイヤーである小林は、
画面の前で違和感に気付いた。
幾らキーを叩いてもキャラが動こうとしないのだ。
一瞬パソコンがフリーズしたのかと思ったが、
目の前にいる詩人は楽しそうに演奏を続けているのだから、
これは何かのバグだろうと感じた。
慌てて後ろのニッキに声をかけたが、
どうやら、彼女もこのバグの被害を受けているらしく、
返答はあったものの自分と同じく一歩も動けずにいた。
そんな2人とは対照的に詩人は、
ゆっくりとまた近づいてくる。
もうすでに彼女の瞳の色までわかるぐらいに近い。
何故だかこの詩人の村編が、
異様に長くなっていることをお詫びいたします。




