54話 詩人の村⑧
大女のニッキに片手で情けなく持ち上げられたラヒムは、
早く下ろせと恥と怒りが入り混じった声で吠えたが、
そんなことお構いなしにニッキはあれを見ろと指差した。
中々下ろす気がないようなので、
仕方なくその指刺された方向に目をやると、
村の入り口近くに建っている宿屋と酒場の隙間が見えた。
その隙間の向こうには残飯やらゴミなどを捨てるためにあるのであろう、
樽や木箱が置かれている。
あれが一体どうしたのかと不平を言うと、
良く見みてみろとニッキはラヒムをぶら下げたまま、
その樽などや木箱のところまで歩き出した。
時折、ぶらさがった彼の耳にはラヒムを下ろしなさいと、
ニッキの足元をチョロチョロしている、
可愛らしい声で必死に訴えるユエの声が聞こえたが、
ニッキが差した物を見ると、
ユエの声など耳に入らないほどに驚いた。
汚物の溜まった樽など鼻をつまみたくなるような異臭の漂う路地裏の中に、
場違いな雰囲気をありありと醸し出す、頑丈そうに作られた宝箱があった。
「どうだい?俺が村に入ってきて良かったろう。あんたらの身長じゃ見えなかっただろうねぇ。」
と彼女は自慢げに筋肉の塊のような胸を張りながら、
ゆっくりとラヒムを宝箱の前に下ろしてやった。
宝箱というものはファンタジーには欠かせないものだろう。
暗く危険なダンジョンの奥地や、どこぞの城や金庫の奥に眠っているようなこの箱は、
見るだけでも人を虜にすることができるほどの代物だ。
ケチな追いはぎのラヒムには、そう滅多に拝める代物ではない。
思わずラヒムは宝箱を開けて中身をすぐさま拝見したい衝動に駆られ、
開けようとしたが、非常に残念なことに南京錠が掛けられていた。
「畜生っ、鍵が掛かってやがる。」
すぐに中身を拝見できると思ったせいもあり、
それを南京錠に邪魔されたラヒムは、怒って宝箱を蹴りつけたが、
頑丈な分、宝箱はとても痛かった。
「馬鹿かい、お前は?どこに鍵も掛けずに路地裏に宝箱放置する奴がいるんだい?」
とニッキは少々嘲りを込めて、
痛む足を抑えてその場に蹲って呻き声を上げるラヒムを見下ろした。
「お前、開錠とかはできないのか?」
「できたら蹴りつける訳ないだろ。俺はそんな器用じゃないんだ。」
痛がりながらラヒムは、ニッキを睨みつけながら言った。
開錠技術というものは追いはぎのような連中には、
必須の様に一般には思われるかもしれないが、
実際のところ器用な真似ができるやつはそうそういない。
このゲームでは一応開錠方法はあるにはあるが、
成功率は圧倒的に少ない。しかも、一度でも失敗すると、
開錠に使うための道具が、鍵の内部に破損して残る場合が多く、
二度と開けられなくなる場合もある。
そんな面倒臭く繊細な技術は、主に追いはぎ組合とは似てはいるが、
別の流れを汲む盗人組合の仕事である。
連中はバストロクのような大きい都市の路地裏に潜んでいて、
スリや空き巣などで生計を立てているような連中だ。
実力行使に及ぶ山賊やラヒム達の追いはぎ組合と違い、
暴力に訴えない点を言えば、
まだ比較的紳士的と言えば紳士的ではあるが、
大体中身は似たようなものだ。
「てっきり開錠ぐらいできるもんだと思ってたんだがなぁ・・・。」
「なんでそういう発想になったんだよ?」
「チビってのは手先が器用なもんって、相場が決まってんだよ。」
偏見の塊みたいなことを当然のように様に言うニッキを、
またラヒムは睨むが、そんなこと一切気にしない様子で、
どうしたものかと彼女は腕を組んで考え始めた。
そして、やっと足の痛みが消え始めたあたりで、
彼女は無理に開錠にこだわる必要はないことに気付き、
単純かつ合理的な方法で、開錠を試みることにした。
「なぁ今晩中に片づけられるのか?」
少々不安そうな声でシシャモが、
横で隠そうともせずに、
クロスボウを手に携えている卵に向かって聞いた。
雑貨屋から頼まれた依頼を遂行する為に、
卵とシシャモ バックスの3人は先ほど例の詩人が演奏していた、
村の広場に来ていた。
別に依頼を引き受けたのは卵なのだから、
二人はついて来なくてもいいのではないかと、
卵は思ったのだが、
もし、卵が標的である詩人を射損ねた場合や、
相手が逃亡しようとした際には、
卵より素早い二人が取り押さえるか、
もしくはその場で切り捨てることにした。
先程まで卵を非難していたバックスも、
今ではとても乗る気になったらしく、
楽しそうに剣の柄に掌を遊ばせている。
そんな姿を見ながら卵は、金の力とは恐ろしいものだと、
少々複雑な気分になった。
「大丈夫だ。雑貨屋の話だと、今晩はもう一回広場で演奏するそうだ。」
「それ本当なのか?」
卵が先ほど依頼を引き受ける際に言っていた雑貨屋の話を言うと、
シシャモは怪訝な顔をした。
顔にはありありと胡散臭いと感じている色がある。
「俺に嘘言ってどうするよ。」
「いや、だが・・・たかだか吟遊詩人一人殺すぐらい、小柄とはいえ雑貨屋の奴一人でできるんじゃないのか?」
「自信がないんだろ、きっと。」
「なんだか、俺嫌な予感がするぜ。」
そう言うとシシャモは一度大きくため息をついて、続けた。
「なぁ卵、これは罠じゃねぇか?」
「罠?」
それを聞いて、思わず卵は立ち止る。
バックスは彼の一言を聞くと、顔を少し険しくした。
「そう、罠だ。よく考えてみろよ、なんだか話がうますぎる。」
「・・・確かにそうかもしれねぇな。」
言われてみるまでろくに考えなかったが、
何故わざわざひ弱そうな吟遊詩人一人に、
完全武装の刺客を頼む必要があるだろう。
それに汚れ仕事なのだから、流れ者であるような自分に頼むのは気軽だろうが、
依頼を果たさずに、金だけ持っていく場合だって考え付くはずだ。
そんなこと店に並べた品物を、
足元を見て値段を水増しするほどちゃっかりしている奴が、
気付かない訳がない。
そう思うと、卵もなんだか胡散臭い気がしてきた。
「そう言われるとなんだか、怪しくなってきたな。」
「だろ?やめろとは言わないが、危ない橋を渡る必要はねぇだろ。」
「・・・けどよぉ、一応騎士やら切り込み隊長とかをぶっ殺しといて、危ない橋とは笑えないか。」
「・・・言われてみれば・・・そうだな。」
結局、3人で広場に向かうことになった。
なんだか言われてみれば、とても今更な結論にたどり着いた。
下手をすれば追手だってかかってもいいぐらいの状況だ。
成り行き上とはいえ、この村に来るまでに結構暴れたもんだと、
何故だかこれから他人を殺しに行くのに、
卵は不思議としみじみとした気持ちになった。
何処となく寂しいエンドが近づいています




