52話 詩人の村⑥
話数の数字がおかしかったので、訂正した点をここで謝罪致します。
よくわからない口論は小1時間ほど経っても、
終わる気配がなかった。
シシャモの奴も同情ゆえか卵の側で突っ立っていたが、
途中で詩人と店員の会話に嫌気がさして、
煙草吸ってくると書いて放置したきり戻ってこない。
詩人と店員の会話の内容は、
最近よくあるような痴情の縺れと言えばいいのだろうか、
寂れた村にもうこれ以上はいたくないと詩人の方が村を共に出ていこうと持ちかけているが、店員はそれに中々応じようとしない。
取るに足らない内容と言えば当人たちに失礼かもしれないが、
自分にとっては心底どうでもいい内容だった。
別に村に残ろうと出ていこうと責める人間なんて誰もいないだろうが、
店員の方は心底店が好きらしく、出ていきたくないようだった。
それとは逆に詩人の方は店員の方が好きらしい。
必死に危ないから一緒についてきてほしいと言ってはいるが、
確かに寂れた村とはいえ草原や森よりは比較的安全地帯であるここを、
女性キャラ一人で出ていくのも無謀に思える。
かといって、あんな小柄な店員一人連れても卵のような追いはぎにとっては、
カモが葱を加えてやってくるようなもので、意味はないだろう。
しかし、それでも一緒に来てほしいということはそれだけ詩人の方が、
店員に気があるという事なのだろう。
「お願い・・・私と一緒に・・・」
「・・・。」
どこぞの昼に放送しているドラマのような、
台詞のオンパレードに卵は辟易した。
横にいるシシャモの方はまだ戻ってくる気配がない。
先程頼まれたときに断るべきだったと、卵はひどく後悔した。
「あっ」
不意にネチネチしたチャット欄の隙間から、
間の抜けた文が表示された。
その文字に反応して辺りを見回すと雑貨屋の向こうから、
みずぼらしい格好のバックスが向かってくるのが見えた。
愛想よくこちらに手を振って走ってくる。
彼は何事もないかのように、
雑貨屋の前でネチネチした昼ドラを展開させている二人を無視して、
卵の前まで来ると立ち止って息を整えた。
「すいません、ニッキさんを見ませんでしたか?村の外で待ってたんですが、急にどっか行ってしまって・・・。」
「あいつは本当に何がしたいんだよ。」
と、いつの間にやらシシャモが横から呆れ顔でぼやいている。
いつ戻ったのかと聞くと、お前が頭を抱えた頃には戻っていたと笑った。
「ニッキの奴なら村の入り口辺りにいるはずだが・・・、あんたどこから入ったんだ?」
怪訝そうに卵がそう聞くと、バックスは少し溜息をつき
「・・・ニッキさんが村に行きたいと言い出したので、それを止めたら近くの草原に潜って逃げ出していって・・・、それを追ってきたらいつの間にやら村に入っていました。」
「あいつは駄々っ子か。」
二人は呆れて顔を見合わせた。
「まぁ・・・村の入り口にいるようならいいでしょう。森賊はどうやらいないみたいですし。」
「おまけに村人まで、あそこでネチネチやってる二人以外いないときたもんだ。」
彼が少々怪訝な顔をするので、
卵は先ほどの店員が言っていた、
推測交じりの村人がいない理由を説明してやった。
説明を終えると彼は納得したように頷いた。
「確かに村の目玉であるような詩人が居なくなれば、廃れるのは当たり前でしょうね。」
「一応いることにはいるんだが、そこでネチネチやっている女が、その詩人なんだ。」
「尚更駄目でしょうね。」
確かに彼の言うとおり、
歌うより愚痴の上手い詩人に人気が集まるとも思えなかった。
そして、今まさにその当人である詩人の方に目を向けると、
やっと話が終わりに近づいているようだった。
店員は何度も詩人の村を出ようとの誘いを断り続け、
彼女が泣き出してもそれを静かに見つめていた。
そして、彼女は泣くのを止めると諦めたのか、
静かにその場を立ち去った。
「・・・泣いてたな。」
「嘘泣きですよ。私よくやります。」
バックスがさらりと言ってのけるが、
一体彼はどのようにこのゲームをプレイしてきたのか、
怪しく思えてくる。
だが、それを聞く前に店員がこちらを見て、
手招きをしていた。
どうやら、先ほど約束してくれた金を払ってくれるらしい。
苦しい思いをしながら待った甲斐があったものだと、
嬉しそうに卵は木箱から腰を上げた。
雑貨屋の前に来ると、店員は少し渋りながらも、
先程の金を手渡した。卵は愛想良く笑みを浮かべながら、
こちらも立ち去ろうとした。
「待ってくださいよ、お客さん。」
だが、店員が立ち去ろうと背を向けた卵を呼び止めた。
思わず振り向くと、店員は少々思いつめた顔になって、
卵を見ていた。
「卵の奴何やってんだ?」
中々雑貨屋の前から動かない卵を見て、
シシャモが怪訝な顔をすると
「シャバ代の取り立てじゃないかな。」
と横からバックスが言い放つ。
時刻は昨晩に森でうろついて時間を大分浪費した事と比べれば、
余裕があった。
かといってこの村でうろうろするのも時間の無駄かもしれないと、
本日二本目になる缶コーヒーのプルタブを捻った。
甘ったるい飲料が喉から流れ込んでくると、
もう少しだけ起きていようとする気力が湧いてくる。
寝てしまえば体も休まるが、
別に今日はそこまで大した仕事をしたわけでもない。
仕事をして一日を終えるというだけではあまりにも素っ気ない。
一息に飲み終えると、井出は部屋の中で溜息をついた。
「お客さんにその・・・折り入ってお願いが・・」
店員はまた腰を低くして、卵に話しかけてきた。
何だか嫌な予感がするが、金も返してもらったのだから、
すぐさま立ち去るのも失礼だろう。
「なんだよ?」
と卵は代金の入った袋の中身を一枚一枚丁寧に数え、
後目で返事をした。
「その不躾ではございますが、・・・お客様は見る限り荒事と言いますか、そういう類の事に精通しておられる人ですよね?」
「だったらどうしたっていうんだよ。」
「その・・・荒事というのは誰かロストさせるといいますか、殺すこともおやりに・・?」
「金でも貰えるんならね。」
銀貨の枚数を数えるのに夢中であったせいか、
卵は生返事を何度も繰り返した。
途中で何度か店員の声が低くなる時もあったが、
それでも特に意識せず生返事のまま、
適当に話し終えるのを待っていた。
そして、やっと話が終わると、
近くで待っていたシシャモとバックスの元へ戻ってきた。
「いやに長く話し込んでいたようだが、どうしたんだ?専用チャットまで使っているようだったが」
「あぁ別に大したことじゃない。さっきの赤い服着た詩人の女を殺してくれだとよ。」
卵はまだ金の勘定をしながら、さらりと言いのけたが、
シシャモとバックスは思わず顔を見合わせた。
少しだけぼんやりしていた井出は、その店員の依頼を、
生返事で承諾してしまった。
井出本人もろくに意識せず生返事で返事を打っていたため、
事の重大さに気付いたのはしばらくしてからだった。




