50話 詩人の村④
腹痛も大分収まり、井出はゲームをプレイしながら、
缶コーヒーをまた啜っていた。
コーヒーはお腹に悪いと聞いたような気がするが、
長時間のプレイにカフェインは欠かせない。
画面の中では店員がこの村の寂れた原因について、
自分なりの推測を述べている。
意外とお喋りが好きなユーザーの様だ。
「まぁとにかく、きっと詩人をやっても良い事がないんでしょうな。何かと最近は物騒で旅人もそこまで見かけませんからね。」
確かにずっと村に残って、曲を奏でていても同じ面子ばかりでは、
飽きてしまうかもしれない。
曲のレパートリーでも豊富にあればいいのかもしれないが、
人間そこまで才能に恵まれ、
ポンポン作曲できるような者はそんな多くはない。
世間で出回っているような曲を演奏すればいいかもしれないが、
剣と魔法の世界観でロックやポップというのも、
場違いで受けないだろう。
「まぁ詩人っていうのは目立ちたがり屋が多いんですよ。手前に言わせれば、まぁ誰だって物やら曲やら作れば多くの人に見てもらいたいってのは、多かれ少なかれあると思いますがね。」
確かに様々な場所に行って、
大勢のキャラに聞かせたい気持ちもわかる気がする。
そんな調子で店員は長々と話を続けていたが、
しばらくすると何処からか音楽が流れてきて、
それを聞くと店員は話すのを止めた。
きっと、先ほど言っていた。まだ村に残っている詩人だろう。
だが、何故だか店員は音楽を聴くと妙に顔を渋くさせ、
カウンターの近くに置いてあった椅子に、腰を下ろした。
「今、流れてる曲を弾いているのが、さっき言った奴か?」
「ええ、そうですよ。・・・良かったら聞きに行ってやってください。喜びますよ。」
シシャモがカウンターの品物を見ながら店員に聞くと、
彼はとてもどうでもよさそうに言った。
先ほどまで調子よく喋っていたのに、この変わりようはなんだろうかと、
シシャモと卵は顔を見合わせたが、
店員が勧めるのだからせっかくなので聴いてみるかと、
店員に詩人が居る場所を聞いた。
すると、彼は先ほどの調子が嘘のように黙りこくって、
適当にその場所を指差した。
変な奴だ と呟きながら二人は店を後にした。
「妙に寂しい音ですね。」
村から離れた場所でバックスは少々首をかしげながら、
村から聞こえてくる音楽に耳を澄ましていた。
離れているせいもあって、
音は少々風に流され、消えてしまいそうなところもあるが、
大体の調子はここにいても聞くことができた。
「そんなことわかるんですか?バックス殿。」
「わかるんじゃないのですよ。こういう類は感じるものです。」
横からニッキが不思議そうに聞いてきて、
それを平然と彼は返した。
それに対して彼女はなるほどと呟いて、
一人で納得したようにうんうん頷いている。
「本当にわかったんですか?」
試に彼女に聞いてみると、難しい顔をして俯き押し黙った。
店員に指差された場所へ向かうと、
確かにその詩人と思わしきキャラが、弦楽器を弾いている姿が見えた。
以前に卵が来たときの様に人だかりはできてはいなかったが、
先客はいたようで、小さい人影が二つ肩を合わせてチョコンと座り、
音楽を聴き入っている。
微笑ましい光景と言えなくもないが、
それはあくまでその二人が他人だった場合に限る。
「何やってんだ?」
「あっ卵さん!」
卵が音楽を聴いている2人にチャットを打つと、
片方がすぐにこちらを振り向いた。
少々恥ずかしそうにしているが、
今更恥じらいを持つようなことだろうか。
すぐ振り向いたラヒムから数秒遅れて、
彼の横にいたユエがこちらを見て、
彼と同じように恥ずかしそうにしている。
「こいつらすっかり出来てるな。」
「よくやるよなぁ。」
「それだけ愛に飢えてるのかよ。」
「現代っ子は皆そうだよ。」
適当なことを言い合いながら、卵等は二人の近くまできて、
一応詩人の奏でる音楽に耳を澄ませることにした。
本来なら保護対象をさっさと連れて行くべきなのだろうが、
その肝心の保護対象がこうものんびりしているならば、
別に自分たちも急ぐ必要はないだろう。
吟遊詩人は卵が以前来たときの様に、
赤い衣服を纏っていたが、男ではなく女だった。
黒い髪を腰まで伸ばし、
赤い衣服は膨らみを持たせるような着こなしをしているが、
リュートを弾くか細い指を見るに、
華奢な体つきをしているのがわかった。
顔は華奢な体つきと相成って目や鼻も繊細な形をしている。
相当キャラの造形に時間をかけたのだろう。
詩人が今どういう心境で、演奏しているかはわからない。
ただ複雑な心境になっているということは、確かかもしれない。
ユエ自身は問題ない。
自衛用の武器ならば旅人ならば皆、装備している。
問題は後の3人だろう。
一人は犬を模した異様な甲冑を着込み、
明らかに旅人のような身なりには見えない小男に、
これまた旅人が持つとは思えないような、長い槍を持った長身の男。
普通ならば何か因縁でも吹っかけてきそうな、
ゴロツキ風情の身なりの男等だと見るものだし、
実際そのような存在だ。
だが、それでも吟遊詩人は顔色一つ変えずに、演奏を続けている。
中々肝の据わった奴だなと、
シシャモは皮肉と感嘆の意を込めて呟いた。
吟遊詩人の奏でる曲は、
感性のさほど無いような奴にも、
どこか響くものがあると井出は画面越しにそう思った。
弦を弾いて流れる音は何か求めるように、
心を掻きむしってくる気さえした。
しばらくして演奏を終えると、
吟遊詩人の女は軽くこちらを見て、お辞儀をした。
別に驚くような仕草もなく、至って平然としている。
それに対して、良い曲だったとラヒムとユエの二人が拍手している。
卵も拍手をしたい程良い曲だとは思ったが、
生憎拍手をした後に軽く渡す金を、
クロスボウのせいで消してしまった。
少し気まずいのでさっさと去ろうと背を向けると、
視界に何か大きい奴がいた。
ニッキだった。
曲に感動したのか豪快に涙を流している。
手が張れるほど強く叩き、こちらもまるで楽器のようである。
先ほど村の外で待機しているという話だった筈だが、
やはり長い時間待つのは無理だったようだ。
短い期間だが、彼女の行動と性格を見るに待つのは苦手だということは、
なんとなくわかってはいたので想定の内ではあったが、
ここまでキャラの行動に幅があると、
彼女のプレイヤーは、
一体何を考えているのか全く分からなくなってきた。
「・・・・・今日もあの人は来ないのね。」
不意にお辞儀を終えた吟遊詩人がそう漏らした。
こちらに向かってお辞儀をしたが、
それはまるでなんてことない動作のようで、
卵等の事は一切意識していないような形で、
今まさに一人で嵐の様に感動している大女を全く見ずに、
どこかフラフラと立ち去ってしまった。
歌っていいよね。うん ・・それだけっ




