5話 棒術師①
いい加減にラヒムの小躍りが収まり、
男の後ろから少し距離を空けて付いてくる。
嬉しいのはわかるが、そこまで興奮することだろうかと井出は思った。
まぁ首飾りは素人目から見ても、それなりの価値にはなりそうだし、
上手くいけば、ラヒムの組合に対する献上金の足しにもなる。
といってもそれは彼にとっては有益であるが、
俺にとってはどうだろうか。
勿論稼ぎは貰う。もらった稼ぎで食料を買いキャラの命の足しにする。
それは現実でも変わらないことだが、よく考えてみれば井出も男も、
ラヒムのような金を手に入れるための理由が少しだけ薄い気がした。
こうやって追い剥ぎ稼業を続けその先には何があるか、
それはきっと破滅だ。
とてもじゃないが、討伐隊にでも追われ始めたらもうどうしようもない。
何人殺して剥いだかは忘れたが、もうそれなりの人数にはなるだろう。
きっと何れ男に追っ手が付くはずだ。
傭兵組合では賞金首狩りもたまにやっているし、
男も何もそこまで腕が立つって訳でもない、
2~3人に囲まれでもしたら一貫の終わりだろう。
だがまぁそういう危ないやつが逃げ込むために、
追い剥ぎ組合がある訳で、その追い剥ぎの本拠地は、
この森からだいぶ離れているが北東の険しい山脈の山奥にある。
かれこれ半年は訪れていないが、
そう簡単に見つかる場所でもなく陥落する訳でもない。
献上金が溜まったら男も一緒に、
余熱が冷めるまで逃げ込んだ方が良いと井出は思った。
そうと決まればこれからも貯まるまで追い剥ぎを続ける。
次もそのまた次も・・
そう思って男が勝手にうんうんと一人で勝手に頷いていると、
道の先から人影が見えた。
後ろのラヒムにも人影が見えて咄嗟に身構えたが、
今の俺たちは通行人だと小さい声で男が彼を制し、
まだおぼろげな人影に目を凝らした。
人影は小柄で何か長い棒状のモノを携えていたが、
近づくにつれてその人影が、小柄な女性で携えていたのは杖だった。
「魔術師」 ふと井出の頭の中にその単語がよぎった。
ファンタジー系のゲームならば必ずある職業の一つだが、
この「Lamia?」においては、
ある意味5人の武器を持った戦士を相手するより、厄介な相手だ。
奴らは強力な魔法を駆使して戦う者だが、
その魔法がこのゲームではとても質が悪い。
巨大な火の玉を飛ばすのはまだ序の口で、
中には詠唱が終わったとたん対象を無機質の灰にさせ、
強制ロストさせる恐ろしいモノも存在する。
強力なモノになればなるほど詠唱は長くなり隙もできるが、
先手を打って使えば、まず回避することはできないし、
鍛錬によって詠唱は幾らでも短く簡単にできる。
それならこのMMOは魔術師だらけになるが、
強力な分、厄介な制約も付きまとう。
それは詠唱を一言でも間違えれば、
全て己に魔術が向かう事や、
鍛錬の際に事故でロストする場合がとても多い事。
以前、追い剥ぎ組合の中で数少ない魔術師に聞いたことがあった。
古参の魔術師で経験もある奴だったので説得力があったが、
何よりそんな経験を積んだその魔術師でさえ、
高度な転移魔法を使おうとして、
首と胴体を分けて転移してしまいロストしてしまったのだから、
それがもっとも説得力があった。
そんな様々な理由からして、
魔術を極めようとする者はとても少なく、
だからこそ、それでも尚魔術師を続けるユーザーはとても手強い。
職業柄大半の武器は装備することも所持することもできないが、
その分限られた武器に異様に精通しており。
そのロストした魔術師も軽く小さいナイフの扱いに精通していて、
あの腕前はラヒムを遥に凌駕していた。
それだけロストしたショックが大きすぎて、
それ以来ゲームには二度とログインをしていないようだが。
ともかくそのような手強い魔術師らしい女が、前から近づいてくる。
ラヒムも奴らの恐ろしさはよくわかっているし、
井出だって自分だけだったらきっと身構えていただろう。
しかし警戒する男達とは対照的に女は至って穏やかな顔だ。
こんな時間に人気のない森の中で出くわすのなんて、
大体ロクでもない手合いだというのはきっと相手もよくわかっているが、
追い剥ぎなら堂々と道を歩いてくるようなことはしない。
となれば、この女から見える目の前の男二人はただの通行人となる筈だ。
いや、それは井出の願望に過ぎない。
女から見ても、いくら男とラヒムが道の真ん中を歩こうと、
ラヒムはさておいても男の異様な重装から見て、
ただの通行人には当てはまらない特徴ばかり持ってしまっていた。
「あら、卵だわ」
こちらの姿を確認すると急に驚いたような声を上げ、
女が近づいてきて男の外見を口にした。
男の身につけている甲冑は卵のように歪な丸型で、
その鎧は男が以前それなりの金を払って、
武具組合の鍛冶職人に特注した物だった。
「どうも、こんばんは」
といきなりこちらに走り寄ってきた女に、
兜の中で少し狼狽しながらも、井出は慣れた手つきで挨拶をした。
女は興味津々で男の甲冑を眺めると、男を見上げ 話しかけてきた。
「変わった鎧ね、特注品かしら?」
「えぇその通りですよ、お嬢さん」
女は薄い綺麗な金髪をしていて、
それをこしのあたりまで伸ばし、全身を薄い緑のローブで包んでいた。
甲冑の中からでも女性独特の甘い匂いが入ってくるようだと、
感じさせるぐらい、よくできた顔の出来だ。
井出は画面の向こうから感嘆の息を漏らしたが、
女は逆にこちらの甲冑に興味があるらしい。
だが、悲しいことに中身はグロテスクだ。
「どこの鍛冶屋で?」
「大分昔のことなので忘れてしまいましたよ」
適当にあしらって先に進みたいが、
女の好奇心に火をつけたらしく、中々会話をやめさせてくれない。
ラヒムは警戒を解かずに俺の後ろに隠れたままで、
女が俺の後ろに回り込まないので、
彼の存在には気づいていないようだった。
ラヒムには女が酷く胡散臭い気がしたのだろう。
普通重装した男にこんな森の中で迂闊に近づくものだろうか。
初心者ならまだしもこの女は魔術師であって、
明らかに新参のような実力ではないだろう。
猫のように女の大きな目が綺麗に輝いている。
それはきっと好奇心以外の何かが渦巻いているからだろう。
「そう・・・、えぇと この道で他に人が通るのを見なかったかしら?」
女が今思い出したかのように聞いてきた。
いや、少々わざとらしい気もする。
「いえ、見てないですね」
男が嘘の返事を返す。
するとそれを待っていたかのように、
女の顔が明るくなって小さく笑った。
「じゃあ・・あなたが背中に担いでいる剣は誰のものかしら?」
女が勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
しまった と井出は思った。先ほどの通行人の連れだったか。
長いこと追い剥ぎをやっていたが、まさかこんな単純なヘマをするとは
「私のですよ、なんなら見せましょう」
甲冑で見えないだろうが、男の顔から冷や汗が吹き出る。
しかし、それでも甲冑特有のぎこちない動きに助けられて、
剣へとしなやかに手は届いた。
「ゆっくり抜いてね、追い剥ぎさん」
女は既に確信していた。
きっと決めては剣の印だろう。
井出は言い逃れできるほど口がうまくなく、
できれば抜き打ちに女を叩き切ってやろうと思っていたが、
それは残念ながら上手くいかなかった。
思わず抜くのを躊躇すると、
女は手に携えた杖を素早く男の顔の前に突きつけた。
「あなたが振り下ろすのと私の魔法はどちらが速いか比べてみる?」
挑発的な顔で女が笑う。
多分女の方が男よりはるかに早いだろうと井出は直感した。
女の笑みは油断などではない。
しっかりとした実力に裏付けされたものだと、顔を見ればわかる。
「俺の方が速いよ」
と後ろでラヒムの嘲る声がした。
魔術師ってのは本当に厄介です