49話 詩人の村③
「金を出してから持てよ。舐めてるのか?」
店の奥から出てきた小柄な男は、まだ呻いている卵をにらみつけた。
地味な作業着を着込み、頭にはバンダナを巻いている。
身長はラヒムのように小さいが、目つきは彼以上に鋭く威圧的だ。
「あぁ悪い。連れが失礼した。」
少々店員に圧倒されたのか、シシャモが頭を下げ詫びた。
いきなり物を投げられて卵が怒ろうとしているが、それを手で制す。
「困るよ。お客さん・・・これで二度目だ」
「二度目?」
「そうさ、二度目だよ。私はそのお客さんの顔を覚えてるよ。」
店員が卵を睨んで言った。
シシャモは彼に本当なのかと聞きたそうな顔をしている。
そして、卵は顔に付着した果汁を拭い去ると、
バツが悪そうな顔をした。
結局渋りながらも卵はクロスボウの代金を支払おうと、
銀貨を取り出す。
しかし、その額は通常より2倍以上という法外なもので、
彼はまた怒ろうとしたが、
もとはと言えば自分のせいでもるので何も言えなかった。
ラヒムに先日バストロクまでの道中に通る村が2つほどあると話し、
その両方も厄介と言った一つの理由はそれだった。
かれこれ半年程前になるが、
この前まで追いはぎ稼業に勤しんでいた森へ行く道中に、
彼はこの村に訪れていた。
当時もラヒムとは一緒に行動していたが、
この村とは違う少し離れた村へ滞在していて、
その日は彼がログインしないということになっていた。
小林は何か用事があってのことだったろうが、
井出自身は特に何も用事があるわけでなかったので、
ぼんやりと一人で近くを散策し、その際に見つけた村だった。
今と比べれば遥かに人で賑わっていた方だと記憶している。
宿場町ということもあり、路上には旅人や行商人、
そして卵と同類の目つきが悪いゴロツキなどをチラホラと見かける。
だが、その中で少し大きい人だかりがあり、
それが最も散策していた卵の目を引いた。
最初はきっと路上の隅っこで始めたものだったのだろうが、
何時の間にか、路上の真ん中近くまでの人だかりができていた。
人だかりをかき分けて、
何をしているのか覗くような無粋な真似をするつもりはなかったが、
例の卵が着込んだ異様な甲冑を目にすると、
旅人や村人は自ずと距離を置いて、
卵は難なく人だかりの中央に入れた。
人だかりの中央には『リュート』と呼ばれる弦楽器を弾いている、
赤い衣服をまとった男が立っていた。
端正な顔立ちに興味を持った連中も少なからずいるようで、
彼の周りには女性キャラが集っている。
時折黄色い声を出しては彼を褒めちぎっているが、
卵にはどうにも歌の意味が分からなかった。
歌詞の言葉は日本語とも外国語ともわからないが、
それが奇妙に織り交ぜたような言葉で、
それを静かに淡々と歌っている。
曲調は弦楽器独特の優しい音色を、
何処か悲しく奏でていた。
ふとそんな事を思い出しながら、
銀貨の詰まった袋から依頼の前金も合わせて、
渋々支払った。
「どうも・・・、お客さんは以前よりお金持ちになったようで」
「うるせぇ」
一枚一枚念入りに数える商人は、
皮肉たっぷりに卵に笑いかける。
横でシシャモがまだクスクス笑っている。
「・・・それにしても、以前来た時より寂れたな。」
「コンビニってのはちょっとした万引きとかで潰れるものなんですよ」
「違う。そうじゃない」
話を村自体の話題に逸らそうとしてみたが、
この店員は乗ってこようとはしなかった。
だが、銀貨を数え終わり満足すると、卵の言いたいことが分かったのか、
自分から話し始めた。とても饒舌に
「まぁ確かにお客さんの言うとおり、最近この村は寂れましたね。本当最近なんですよ。何故寂れたんだか手前にもわからない次第で」
そう言いながら店員は受け取った銀貨を、
手早くカウンターの下に置いてあるのだろう金庫にしまい込んだ。
「以前、この村には吟遊詩人がよく来て演奏していったもんです。手前には音楽はよくわからないんですけどね。」
「俺もだ」
「そうでしょうとも。」
いちいち癇に障る奴だと卵は吐き捨てると、
店員とシシャモが愉快そうに笑う。
「まぁそうですな。有名な吟遊詩人がいなくなったのが寂れた一因かもしれませんな。赤い詩人の『ベルサ』に青い詩人の『グレミア』まぁその他大勢に色々な吟遊詩人さんがいましたけどね。・・・その二人はバストロクのような大きい都市でも有名な吟遊詩人だったそうで、ご存じでした?」
「いや、知らん。」
「そうでしょうとも。」
「お前わざとやってるだろ?」
多少の不快さを味わう卵を余所に、店員は話を続ける。
以前卵が村に立ち寄った時は栄えていた。
その詩人ら曰く、
この村は立地条件的に近くの草原や森から、
素晴らしいインスピレーションが湧くのだとかいって、
よく滞在していたらしい。
本人らが知っていたかどうかは知らないが、
森には森賊が潜み、草原は追いはぎなどが多く潜んでいるというのに、
暢気なものだと思った。
「まぁ何で詩人さん方がこの村を出て行ったかは、手前にはわかりません。宿屋のサービスでも悪かったのか、それとも、ただ単にこの村に飽きたのかもしれません。」
「・・・じゃぁこの村にはもう一人も吟遊詩人はいないわけか。」
とここでシシャモが口を開いた。
それを聞くと店員は、何故だか少し顔を渋くした。
「・・・いえ、一応いるにはいるんですが。本当に一人だけ残っているのがいますよ。」
「一応っていうのはどういう意味だ?」
「まぁそれは聞けば分かりますよ。」
と最後に店員は少々気味悪くそう告げて、
店の奥に引っ込んでいった。
一体どういう意味なのか卵とシシャモは顔を見合わせたが、
そんなことわかるわけもなかった。
「暇ですね。バックス殿。」
欠伸交じりにニッキが言った。
既に座るのも面倒になって、道のど真ん中で寝そべっている。
「仕方ないじゃないですか、もし、村と森賊が関係していれば、また面倒なことになりますよ。」
村の外で待たされて小一時間ほど経過していた。
ニッキはそれほど我慢強い方ではなく、苛立ちを隠せなかった。
それと比べるとバックスの方はとても我慢強い。
元副団長である威厳がそうさせるのか、
ボロを纏っていてもしっかりとしていた。
「大丈夫ですよ。何人出てこようと、あんな奴ら簡単に捻りつぶしてやりますよ。」
そんな風に息巻く彼女を後目に、バックスは村を眺めた。
静かな村だと思った。少々遠くに離れているせいもあるかもしれないが、
それにしたって村の喧騒が、何一つ聞こえてこない。
傍らにいるニッキは暢気にしているが、
バックスにはその村が不気味なもののように思えてきたのだった。
そう彼が思ってからしばらくすると、
彼の耳に何か今座っている場所の環境音とは、
全く違う音が耳に入ってきた。
それは寂しい音楽だった。
途切れ途切れに聞こえてくるその音は、
少し離れた村から流れてきた音だろう。
歌詞も聞こえてくるが、
離れているせいもあって、それは途切れ途切れにしか聞こえないが、
歌詞は日本語のようであって外国語のような響きが混じっていた。
まだまだ暑い日が続きますね




