41話 大女
相変わらずここは暗い森だ。
いつになったらこの森を抜けることができるのだろう。
どうやらゲーム内は現実と同じように夜のようで先日の森とは打って変わって、
薄暗い陽の光すら差し込んでこない。
ラヒムが暗すぎると先程灯したカンテラの灯りだけ頼りだった。
画面の前にいる井出は少々辟易しながら缶コーヒーを啜り、
少し開いた窓辺のカーテンから見える風景に目をやった。
アパートの近くにある住宅街から漏れてくる光が爛々(らんらん)と輝いている。
井出の部屋もパソコンからの光などで外からは光って見えるだろうが、
独り身である井出の光は家族がいるのであろう光とは根本的に質が悪い物だと思い、
実家の両親を少し懐かしく感じた。
「卵さん。どうしたんですか?」
少し感傷に浸ると、カンテラを持ったラヒムが不安げに聞いてくる。
いつ森賊が襲いかかってくるかもわからない中ぼんやりと感傷に浸るのは間違いだったと、
自分を戒めて、なんでもないと素っ気なく返事をチャット欄に打ち込んだ。
今夜は悪い意味で長くなりそうだと気分が悪くなってきた。
厄介な女が増えたと牢の中でバックスは思った。
ユエはもう泣いてはいなかったが、蹲ったまま動こうとしない。
一方先程牢に押し入られた筋肉女は横になったままジッとしている。
いい加減に叫ぶのに疲れたらしい、そのまま大きい鼾を立てる。
壁に背をあてたままバックスは女を少し観察してみることにした。
長い期間入っていたくはないが、多分長い付き合いになるだろう。
身の丈は軽く男であるバックスよりも高く、多分今まであったキャラの中で一番高い。
しかも腕や足の太さは細身なバックスの腕回りの二倍以上はあり、
まるで丸太のように太く荒々しい。
バックスと同じようにツギハギだらけの衣服を着ているが、
衣服のあちらこちらに見える切り傷や返り血が、
このキャラが相当乱暴していたことを証明している。
ボサボサな長い金髪を汚い牢の床に散らかすように寝ているということは、
この筋肉女のユーザーは女性らしい嗜みも無い粗雑な奴ということだ。
そのような野蛮なキャラがバックスは苦手だった。
騎士の頃だって暑苦しい奴らばかりだったが、多少の節度ぐらいはあった。
現在の騎士がどうなっているかは知らないが、
幾らなんでもこんな奴はいないと思ったが、
そもそも女は騎士に入団できなかったと思い出した。
「なんだよ?ジロジロ見やがって」
するとバックスの視線を感じ取ったのか、
横になっていた女が彼をジロリと睨んだ。
ドスの効いた声に思わずバックスはたじろいで後ずさりする、
狼狽えた貧相な男を睨みつけながら女は起き上がった。
やはり今まで自分が目にしてきた多くのキャラの中で一番大きい、
立ち上がると背筋などが伸びたせいか、
継ぎ接ぎだらけの衣服ははち切れそうなくらいに張り、
筋肉特有の張りや力瘤がくっきりとわかった。
「なにびびってんだよ?」
女は威圧的にバックスを見下ろしながら言った。
目は肉食獣の様に威圧している、そんな女の態度にバックスは腰が引けてしまい、
「いえ、その・・・ただ貴女の肉体はただただ感嘆すべきものだったので見惚れてしまっただけです。」
とバックスは軽くお辞儀をしてとても申し訳なさそうに言った。
できる限り腰を低くしなければ、
彼女の丸太のような腕に締め上げられてしまいそうだった。
今のバックスは得物も無く丸腰だが、彼女は丸腰でも恐ろしく強そうだ。
きっと棍棒や木の棒を持たせるだけでも十分驚異だろう。
「気持ち悪い事言う奴だな」
と彼女は豪快な笑い声を牢の中に響かせると、
バックスをじっくりと見つめた。
睨む目つきではなく、人を値踏みするような目だ。
睨まれるにしろ値踏みされるにしろ気分のいいものではないが、
彼女の気分を良くしなければ、こちらは気分どころか、
体調まできっと限界を超えて悪くさせられるだろう。
値踏みをされるような視線に晒されながら、
バックスは愛想笑いを浮かべることしかできなかった。
だが、しばらくすると女の表情が急に柔らかいものになった。
視線に値踏みするような色はない。ただ普通に見ている。
「お前、名前はなんていう?」
いや、普通に見ているどころの話じゃない。
気がつけば女はまるで己より小さい子供を見るかのように、
腰を曲げて頭の位置をバックスの頭まで下げている。
心なしか女の顔が妙に青くなっている気がする。
「バックスですが、それがどうされましたか?」
だからと言って警戒を解いてはいけないと、
バックスもできる限り腰を低く名前を答えた。
すると腰をかがめて聞いてきた女の顔がみるみるうちに青くなっていき、
女は直様その場に頭を深々と下げ土下座をした。
彼女の態度の豹変具合に静かに状況をこっそりと見ていたユエも驚いたが、
一番に驚いたのは土下座されたバックス自身だった。
「何故謝るのですか?」
「申し訳ございません。まさか番犬騎士団副団長様のお顔を忘れになるとは・・・。」
土下座にも当惑したが、
その彼女の急に丁寧な口調で喋ったことも発言の内容もバックスは酷く当惑した。
確かに『元』とはいえ、自分こそ栄光ある過去の番犬騎士団副団長のバックスだ。
3つの首を持つあのケルベロスの紋章を提案し、
初めて身につけたのはこの自分だ。
確かに辞めさせられる自体を引き起こしたのは自分だが、
あの時はあれが最適だと思ったのだ。
それにやっていて少し楽しかった。
「私のことを知っているのですか?あなたは誰です?」
「はい、先日まで番犬騎士団切り込み隊に所属しておりました『ニッキ』というものです。番犬騎士団の土台を作り上げた貴方様を常に目指していました・・。」
そう言うなり今度はニッキと名乗った女が泣き始めた。
だが、ユエのような女々しいものではなく男泣きと言ったところだろうか。
筋肉でまるで鋼のような肉体をまるで猫のようにくねらせ、
女は雄叫びにも似た泣き声を上げた。
「無礼な口を聞き本当に申し訳ございません・・・・・・何卒お許しを。」
今までの強気な雰囲気はどこへ消えてしまったのか、
なんだか気不味くなり、バックスはどうすればいいのかわからなくなってきてしまった。
しかし、牢の中が異様な空気に包まれてもなお、
未だにぼんやりとできる見張りは見張りの鑑だとぼんやりバックスは思った。
暫く3人が森の中を彷徨っているとラヒムが奇妙なものを見つけた。
暗いせいで卵にはよく見えなかったが、
見えるところまでラヒムが親切に引っ張ってきた。
「見てくださいよ、これ ぐちゃぐちゃっすよ。」
そう愉快そうに卵とシシャモの二人にラヒムは、
もう既に原型を留めていない死体を見せた。
どうやら森賊の様だが、即死できなかったらしい。
ありとあらゆる体の部位があさっての方向を向き、
口をパクパクさせるのが精一杯のようで、ロストするのは時間の問題だろう。
「どうやったらこうなるんだよ?」
「卵のピックでもこうはいかないだろ」
「だな、最近見たこと無かったが体術使いだぜ、これは」
「本当か?だとしたら相当時代遅れなやつもいたもんだな」
一応まだ生きている哀れな被害者を前に二人は誰がこんなことをしたのか、
呑気に話し合っている。
卵とシシャモにはわからないようだが、
ラヒムにはこれが誰の仕業かよくわかっていた。
体術使いとは一体なんなのか?!
・・・言わなくても皆大体わかるよね




