4話 漁り
光が差し込んで来ない為、
昼でも夜でも、薄暗い森の中で哀れな通行人に、
覆いかぶさるように大きな卵のような姿をした男と、
その横で子鬼のような男が、通行人の荷物をあさっている。
腰につけていたポーチの中には、
雀の涙ほどの銀貨数枚と薬草が入っていた。
「ランタンも無いとは相当貧乏な奴ですね」
ラヒムが愉快そうに、通行人のリュックを漁りながら笑った。
「多少警戒心があったのかもしれないな」
「だったら道からは来ませんよ。「卵かけご飯」さん いつも深読みのしすぎですって」
不意に男の名前を読んだラヒムを男は睨みつけた。
(別にいいだろうMMOの名前ぐらい)と井出は思った。
なんでこんな名前をつけたか理由なんてない。
キャラメイクは最初に名前を付けるものだが、
中々思いつかず、朝食に食べたものを思い出しただけだ。
男に睨みつけられラヒムはしまったと、
冷や汗を流し申し訳なさそうに薄ら笑いを浮かべながら、
またリュックを漁りだした。
いちいち取り出すのも面倒になってラヒムは、
リュックを逆さにして振って中身を振り落としたが、
結局大して価値のあるものはなかった。
乾パンに干し肉、飲み水に砥石と、
やはり何度見ても価値のあるものはなかった。
「しけた通行人ですね、待って損しちゃいましたよ」
ラヒムが残念そうに項垂れる。
道のすぐ傍らで待ち伏せてずっと緊張していたのだから。
そのスリルに見合った報酬が手に入らないと、
落胆するのはわからないでもないが、
追い剥ぎの我々が落胆するのも、
少し横暴なんじゃないかと井出は苦笑した。
「けど この武器ぐらいはなんとかなりそうですね。結構切れそうじゃないですか」
項垂れながらも通行人の剣を取ると、
目に少しの希望を込め、長剣に期待を寄せて眺めたが
「そいつはダメだ 売れそうにない」
と男が剣にも目にくれず、通行人の革鎧に手をかけた。
通行人は男だったが、中性的な顔立ちと言うのだろうか、
男なのか女なのかよくわからない顔をしている。
「何故ですか?レアものっぽそうですよ?」
革鎧を淡々と剥いでいく男に、ラヒムが不満そうに問いかける
「何故って・・よく見ろよ。そいつは名前入りだ」
そう言われてラヒムが剣を注意深く眺めると、
確かに鍔の辺りに「卍」と印が刻まれている。
「店の登録番号みたいなものだよ 組合の方で登録しているだろうし、普通に街で売れば盗品だとすぐわかってしまう それに追い剥ぎ組合の方で売れば足元見られて二束三文だから、幾ら斬れても価値はないようなものだよ」
実際に武具組合ってのもこのMMOには存在する。
鉱山とかに行ったユーザーから採掘した鉱物を交換して、
武具を製造し販売している連中だ。
通行人の持っていた銀貨も武具組合の作ったもので、
武具組合は別名「銀行」とも呼ばれる。
追い剥ぎ組合でも偽通貨を一時期製造しようとしたが、
武具組合の技術には足元にも及ばなかった為、最近はしていない。
「じゃあこいつは無用の長物ってことですか・・・」
また残念そうにラヒムがうな垂れるが、それを愉快そうに男が笑い。
「いや、そいつは俺が使うよ 剣が欲しかったところだしな。お前には大きすぎる」
男はラヒムから通行人の長剣を取り上げて、
試しに通行人から剥ぎ取った、
これこそ価値が全く無くなってしまった革鎧に思いっきり振り上げ、
そして力の限り振り下ろした。
鋭い音を立て革鎧は呆気なく両断された。
剣を振るなんて久しぶりだが、こうもあっさり、
斬れる剣というものは斬れるものだったかと感嘆した。
「何かを斬ってこそ剣ってモノは価値が出るものだ」
そう満足そうに、男は言って背中に長剣を担ぐと、
落胆しているラヒムに、先程革鎧の下の通行人の首元に掛けられていた首飾りを渡した。
半分に割れているが、
キラキラと謙虚に輝く質素な宝石が散りばめられ、
それなりの装飾品だった。
登録印らしいモノが見当たらないし、
きっとこの通行人が作成したものだろう。
思い出の品かもしれないが、
死んでしまってはもういらないだろうと、拝借した。
「これなら、それなりの金になるかもしれませんねっ」
ラヒムが嬉しそうに小躍りしている。
待ち伏せた甲斐があったってものだ。
そして、通行人の荷物を全て剥ぎ終わると、
やっと成仏したかのように通行人の死体が徐々に消え始めた。
このゲームで言う「ロスト」って奴だ。
こうやってキャラが消えてしまったユーザーは、
また新しくキャラを作り直す必要が出てくる。
井出も何度か経験したことあるが、
その度何故だか今の男と同じようなキャラを作り直して、
ログインしている。
しかし、何度作り直そうと完璧には以前のキャラというわけにはいかない。
例えば組合で、それなりの地位があってロストした場合は、
不甲斐ないと降格される場合もあるのだ。
しかし、追い剥ぎ組合は比較的自由であったし、
男にはそんな関係なかった。
でもきっと組合や集い(つどい)で、
それなりの地位にいたやつからすると、
恐るべき事態なのだろう。
けどそんな地位に立ったことも、
目指したこともない男には無関係な話である。
そんな人によっては物悲しく何度も見慣れた。
消失の光景を眺めながら、
今晩はここら辺でログアウトしようと、
男がラヒムに告げると彼は不満そうに
「近くの街まで行って換金しましょう」
と食い下がった。
一人で行けばいいじゃないかと言えば、
軽装の自分一人ではどうも不安だという。
追い剥ぎが追い剥ぎに遭うというのも悪い冗談なものだが、
ラヒムの場合は冗談では済まなかった。
現に彼は追い剥ぎ組合に所属していながらも、
同じ組合員に命を狙われているのだ。
ラヒムは追い剥ぎ組合で、
それなりの信頼を確保するための、
献上金を集めることに必死だった。
井出に言わせればゲームの中だというのに、
地位に拘るというのは中々理解しにくいことだったが、
一応男の数少ない仲間だということもあり、
見捨てるのは後味が悪すぎた。
仕方なく男はラヒムに連れられ、
森を抜けてすぐにある集落に向け歩いていた。
それなりに価値のあるだろうと、
思われる首飾りを嬉しそうに首にかけたり外したりして眺め、
満面の笑みで愉快そうに歩くラヒムとは対照的に、
男の足取りは重かった。
もうすでに夜もだいぶ遅く、
月曜日の夜・・いや、もうすでに火曜日の夜にこれはキツイ。
井出はそこまで夜に強いタイプではない。
それに比べラヒムのユーザーは、
先程まであんなにログアウトしたがっていたくせに図々しいものだ。
こうなるくらいなら、首飾りはさり気なく、
自分の懐に入れておけば良かったと、内心少し井出は後悔した。
とは言っても、身から出た錆であるし、これ以上考えても仕方ない。
首飾りを売ればきっと、ラヒムもログアウトしてくれるだろう。
もししなかったら、勝手に落ちよう。
そのあとラヒムがどうなろうと知ったことではない。
そこまで面倒見きれるほど井出も、男も心は広くなかった。
そう心に決めて薄暗い森の道を、奇妙な二人組が歩いていく。
男の周りを小男が小躍りしながら、ぐるぐる周り歩くのはとても奇妙だった。
男は彼のことを飛び回る煩い蠅と同じような認識で、
少々イラつきながら歩いていたが、
しばらくすると道の先からこちらへ歩いてくるモノが見えた。
茂みに隠れることができれば、
もう一度お勤めをしたいところだったが、
今の男と小男はただの通行人AとBにすぎない。
歩くものが近づいたら軽い会釈をして通り過ぎようと思った。
けどそれは間違いだったと気づくのはほんの数分後だった。
果てしなく続きます