39話 依頼内容変更
熾烈な値段交渉は小一時間続き、結局2人半の報酬分の代金でなんとか落ち着いた。
報酬が減らされる点については卵達も抗議したかったが、
とてもじゃないが、リビとサンマの間に入れるほどの勇気は出なかった。
リビは代金が決まると直様自分をバストロクへと送って欲しいと申し出た。
それに対してリビの妹であるユエに少なからず気があるラヒムは、
妹はどうするのかと少し不満げな口調で彼女に聞いた。
だが、彼女は妹よりも用の方が大切で、今は妹の身を案じている暇はないそうだ。
けれども妹がロストしてしまっても困るので、今度は卵達に護衛ではなく、
ユエの捜索をして見つかれば保護してバストロクに連れてきてもらいたいと頼んだ。
報酬は以前に提示されたモノより少し水増しするという話で、
わざわざここまでついてきた卵達がその提案を断るはずも無かった。
「次は迷子探しかよ」
「仕方ないですよ 報酬高いんですから」
「お前本当はこっちのほうが嬉しいんじゃないの?」
「・・・・」
リビがサンマと共に転移魔法で姿を消すと、思わず卵は愚痴が漏れた。
報酬が増えるのは有り難いが、森賊の森で女一人探すのはとても骨が折れるだろう。
シシャモも卵と同じく二人が消え去るとため息をついて、
その場に疲れたように座り込んでしまった。
「・・とにかくっ!探しましょう!」
項垂れる二人とは対照的にラヒムの奴だけは異様に元気だ。
きっとそれだけユエに興味でもあるのだろう。
先日は彼女に対してラヒムの必死になる気持ちが多少はわかると述べたが、
ここまで来るとわからなくなってくる。
悪い意味でも良い意味でもラヒムを操作する小林は、
このゲームを楽しんでいるのだろう。
他人の楽しみを邪魔するのは良くないとは思うが、
今は正直面倒臭い気持ちで一杯だった。
「ところでお前・・そのロストした奴はどうする?」
「えっ・・・あぁ・・それは・・」
いきり立つラヒムに対してシシャモが冷静に言った。
確かにまずはそこからだろう。
幾らなんでも誘っておいてそのキャラをほおっておき、
ユエの捜索を始めるのも後ろめたい。
そう言われるとラヒムは急に熱が冷めて静かになった。
果たして一体どのようなキャラなのだろうか。
そこそこ技量もあるラヒムのことだから、
そこまで腕が悪いというわけでもないのだろうが、
1日という短い時間で見つけてきたやつだ。
面倒な依頼でもあるし、冷やかしかもしれないので、
そこまで信用できないだろう。
「キャラ名ぐらいはわかるんだよな?」
少々苛立ちながら卵が聞くと、ラヒムは怯えながら恐る恐る首を横に振ったので、
辛抱たまらず卵が殴りかかった。だが、それを寸前でシシャモが止める。
シシャモも適当なラヒムの対応に苛立ちを覚えたが、
ここで争っても仕方ないと卵を窘めた。
画面の前で井出は小林に対する悪態を少々思い浮かべて、
口にすることはなかったが、苛立たしく画面に映るラヒムを睨んだ。
今日はろくでもないことばかりだったので、少々苛々しているらしい。
落ち着いて缶コーヒーを啜ると頭も徐々に冷えてきたので、
少々乱暴しすぎたとラヒムに謝った。
「・・・とりあえず待つか」
気不味い雰囲気になってしまったので、
仕方なくそのキャラがログインしてくるのを待つことにした。
一体いつになるかは分からないが、大分時間もかかるだろう。
森の中を探せば、森賊と出くわす機会も多くなる。
その為、いざという時の戦闘に備えて3人は各々得物を取り出し、
手入れを始めた。
先ほどの戦闘の際にたっぷりと付いた血糊を拭い、軽く砥石で研いだ。
卵は先程壊してしまったクロスボウをなんとか修理しようと、
篭手を外して分解してみることにした。
だが、先程強い衝撃を加え続けたせいか、金具の部分は変形し、
とてもじゃないが自分の手には終えそうになかった。
仕方なく長年愛用した卵の形をした甲冑と同じように、
名残惜しいが捨てていくことにした。
この森を抜けたら、得物や食料を補給しなければいけないと強く感じた。
だが、クロスボウはよくある形状のため簡単に手に入るが、
あの甲冑はそうもいかない。
今のブルドッグを模した物が気に入らないというわけではないが、
やはりあの甲冑の方が自分に合っている気がした。
重すぎず軽すぎない重量に、多少動きにくかった点は否めなかったが、
その分それをカバーできるほどの利点の方があの甲冑は多かった。
特注品ではあったが、そこまで珍しいわけでもない。
ただ形状があまりにも異様なため、身につけているキャラはきっと自分だけだろう。
バストロクへ着けばまた特注で制作を依頼できるかもしれない。
少し値は張るかもしれないが、ラヒムの献上金の一部を拝借すれば問題ないだろう。
そういえば、献上金の足しにするために以前手に入れた首飾りを、
隣にいるラヒムは丁寧に磨いている。
ああいう宝石や飾りの類はちょっとした傷や汚れなどで値段が大幅に下がってしまう、
鑑定するやからはすぐにそういう傷等を見抜いてしまう。
遠目で見る分には傷があるようにはとても見えないのだが、
手入れをするために首飾りを近くで覗き込む必要があるラヒムには、
よく汚れなどが見えるのかもしれない。
何もそこまで細かいシステムにしなくてもいいだろうと卵は思うが、
そこがこのゲームの奥深いところだと考え直した。
横に目をやればシシャモの奴が槍の穂先を研いでいる。
先程も、いや、峠の時も活躍してくれた。
森の中ではリーチが長すぎて役に立たないと思ったが、
意外とそうでもないらしかった。
自分もクロスボウの次に戦闘用ピックを取り出し、
先端をもう少し鋭利にしようとポーチから砥石を取り出し、
先程サンマが沸かせた水を入れた瓶から少し垂らして磨いてみる。
クロスボウが壊れてしまったので、得物はこれだけだった。
見通しの悪い森ではクロスボウは使いにくいが、
さすがに飛び道具を使えないとなると少し気が重くなった。
そうこうしているうちに小一時間経ったのだが、
一向にラヒムの誘ったキャラが現れない。
シシャモは我慢強いのか、それとも吉沢の奴がまた煙草を吸いに行ったのか、
静かに座ったままだ。
まさか本当に冷やかしかと思い、再度ラヒムを問いただす。
だが、ラヒムの奴は首飾りを磨くのに夢中なのか応えない、
いや、応えたくないのだろう。
いい加減殴りかかるのも疲れたのでもうしばらく待つことにした。
井出が部屋の目覚まし時計に目をやると時刻は10時になろうとしていた。
明日はバイトがあるのでそこまで遅くプレイすることはできない。
その誘った奴が来ないなら適当に落ちてしまおうかと井出が考え始めた矢先に、
急に首飾りを磨いて卵をずっと無視していたラヒムがこっちを見た。
「・・・あの・・すみません卵さん・・。」
「どうした?やっぱり冷やかしだったのか?なら俺は落ち・・」
「いや、そうじゃなくてですね」
絶対冷やかしだと思っていたので早速落ちようとしたが、
ラヒムの返答に慌てて井出はログアウトの操作を中止させた。
「・・なんだよ、どうしたんだよ」
また苛々しながらラヒムを睨むとラヒムは非常に残念そうに
「一応ログインできたそうなのですが、少々厄介なことになったそうで、できたら助けて欲しいって専用チャットが・・」
「助けてってなんで?」
「なんかログインしたら森賊に襲われて数人殺したら、大勢きて捕まったとかなんとか・・」
嘘だとしてもっと上手い嘘をつけないのかと、軽く笑い飛ばそうとしたが、
ラヒムのとても申し訳ない表情から察するに嘘ではないらしい。
「自業自得だよな なぁシシャモ」
「あぁ 全くその通り」
たった一人で森賊に挑むとは馬鹿な奴もいたものだと、
シシャモと卵の二人は愉快に笑った。
「そうなんですが・・そのキャラは女だそうで、森賊共の視線が辛いとかなんとか・・」
「それはすぐに助けに行かないといけないよな」
「全くだな」
ラヒムの言葉を聞くと二人は笑うのをやめ、
真剣な顔で素早く立ち上がった。
海へ行きたい。
浮き輪でぷかぷか浮いていたい。




