28話 鼠
森賊を殺した事に何か嬉しいことでもあったのか、騎士は茂みの向こう側で雄叫びのようなモノをチャット欄に打っていた。
流石に恥ずかしくないのかと茂みの中で隠れながらラヒムはリビの手当をしていた。
「助かったわ・・あなたが来てくれなかったら本当に引退するとこだっだわ」
「え?引退するんですか?」
「ロストしたらね、それまではゲームが消えるまで続けるわよ」
酷い傷を負いながらもリビは茂みの中でラヒムの拙い応急処置を施されながら、痛みに堪えて健気にリビは微笑んだ。実際のとこ痛みはないのだが、傷が痛々しいことに変わりはなかった。
「しかし・・普通こんな傷なんでまた・・車輪にでも轢かれたんですか?」
「あなた 私がそこまで馬鹿だと思ってたの?」
ラヒムはそれなりに真面目に聞いたつもりだったが、彼女の気分を害したようで少し頬を膨らませ不満げにラヒムを睨みつけた。
そうつもりじゃなかったと慌てて正直に謝ると「なら良し」と表情を穏やかなものに戻したので、ラヒムはホッとした。卵さん程怖い人じゃないなと思った。
普段ならここら辺で拳骨が飛んでくるものだった。
そして、応急処置が終わると一旦彼女は一息ついて己に何が起こったのか話そうとしたが、それよりも先にラヒムがリビについて聞いたのでそのことについてゆっくりと専用チャットでラヒムに語り始めた。
「あぁ・・ユエ?あの娘ならあの得体の知れない奴と一緒に逃げたわ。無事だといいのだけどね・・。」
「どっちにいったのか わかりますか?」
「・・知らない。こんな傷負って他のキャラの動きなんてわかるわけないじゃない。それにしてもあのバックスって言ったかしらね、口だけで酷い役立たずの屑だったわ。」
そう言うと少しふてくされながら彼女は回復姿勢をとった。
まぁ最もな回答で、それ以上今聞くわけにもいかないだろうとラヒムはそこで会話を切って、茂みの中二人で隠れながら茂みの向こうに見える騎士が早くどっかに去ってくれることを待つことにした。
卵さん達はまだやってくる気配がない、急ぎすぎたかなとラヒムは少し不安になった。
普通ならこちらがじっとしていれば相手にこちらの位置が知れることはまずないはずだ。
それは今までの追い剥ぎをしていての経験上よくわかっているし、自分はそれなりに隠れることについては精通しているほうだと自負していた。
これまで何度とにだって待ち伏せを繰り返してきたのだから、森賊程ではないにしろ騎士をやり過ごすことなど造作もないだろう。
だが、中々騎士の奴は勝利の雄叫びを打ち終えても辺りをうろうろしているばかりで中々去ろうとしない。何故だろうとラヒムは首をかしげながら騎士の動向をリビと共に身を伏せながら見守った。
「・・移動しないわね」
苦い顔で彼女がつぶやいた。
「しませんね」
不安げな声音でラヒムが返す、騎士は茂みの向こうのほんの数歩先でまだ手に長剣を携えながらあたりを見回していた。
早く卵さん達が駆けつけてくれないものかと不安は一層強くなってくる、もし騎士がこのまま去らずにこちらの茂みまできたら終わりだ。とてもじゃないが自分の力量で重装の騎士と戦えるわけがない、リビの投げナイフの牽制でもあればまだ逃げる隙ぐらいはできるだろうが、生憎失ったのは利き腕だったらしくナイフは投げられそうにないと先程悔しそうに呟いていたのを思い出した。
「こっちに来るかしら・・」
「リビさん 走れますか?」
「・・えぇ なんとか・・・・なに?心配してくれるの?」
少し好意的な目をリビはラヒムに向けるが、ラヒムの内心としてはユエの所在が結局はわからなかったし、もしリビが走れなければ申し訳ないが置いて逃げようと思っていたのでアテが外れてしまったと少し渋い顔をしたが、彼女はそれを好意的に受け取ったらしく多少機嫌よくして
「あなた 見た目の割には結構良い奴じゃないの・・バストロクに着いたら報酬弾むわ」
と怪我の割には明るい声音で言う、それに対してラヒムは『見た目の割』という点に少々気を悪くしながら
「本当に着けるんですかね・・」
とため息を漏らした。
見ての通り馬車はお釈迦になってしまった以上、徒歩で行かなければいけないのだ。
卵さんにバストロクまでの道のりをそこまで細かく聞いたわけではないが、この森を抜けた先には草原地帯が広がっていて、村がバストロクまでに2つほどあるそうなのだが、
その村も卵さん曰く結構厄介な場所だと道中漏らしていたのをラヒムはまた思い出し、
表情が暗くなった。
「どこ行った?」
不意にチャット欄に茂みの向こうの騎士が打ったと思われるチャット文が表示された。
ラヒムとリビは専用チャットを通しているのであの騎士にここで話していることに気づくはずないのだが、騎士は茂みの向こうからこちらをじっと長剣を携えたまま見ていた。
甲の奥からどことなく通常のキャラとは違う紅く光る目が覗いている、じっと見てみればその騎士は通常のキャラの雰囲気と異なることが多過ぎることにラヒムは気づいた。
騎士はラヒムが潜んでいる茂みを見ているというより、既に自分たちを見透かしているような目で見ていて、その見透かしてくる目にまるで吸い込まれてしまうような感覚をラヒムは感じて、慌ててそれを振りはらように息を殺しリビと共に身を伏せた。
「声がした筈だ」
またチャット欄に騎士の文が表示され、少し愉快そうに騎士はこちらにゆっくりと近づいてくる
何かの間違いだろうか、それともただのロールプレイなのかは分からないが、専用チャットが他者に見られることなど無いはずだ。
咄嗟にラヒムはリビの傷から流れ出た血でも辿られたのかと思ったが、別にそこまで作りが細かいゲームの訳ではないし、そんな演出も存在するはずがない。
一体どんな理屈から騎士がこちらに歩いてくるのかは全く見当がつかなかったが、だからといって今逃げ出せば確実に場所が分かってしまうだろう。
今できることは必死に息を殺すことと、見つかっても逃走の為の牽制はできる程度にラヒムはできる限り静かに短剣を引き抜いた。
一体こんな短いちっぽけな剣が甲冑を身につけた相手にどれほど効果があるのかはたかが知れているが、ラヒムにとっては今この短剣だけが己の身を守る唯一の頼りだった。
「こっちの筈だ」
騎士の文が表示され、既にラヒムの目の前には茂みの下から見える騎士の足があった。
隣でリビは小刻みに震えているのがわかる、幾ら口は達者でもやはり怖いのかもしれない。
何故だかはしらないが、場所が騎士には分かるようだ。
もしかしたら、この騎士は外見の割に魔術の覚えでもあるのかもしれない。
確かに重装をしてはいるが、魔術は札などに込めて簡単な詠唱で発動できるものを持っていたのかもしれない。それとも何か別の能力でもこの騎士は持っているのかもしれない、
峠で見た巨体な騎士の様に何か通常キャラとは一線越えるようなことでもしたのかもしれない。
しかし、どちらにしても今ラヒムとリビの命運が尽きかけていたことに変わりはなかった。
「見つけたぜ」
騎士のチャット文が表示されたのを見て直様ラヒムは引き抜いた短剣を声のした方へ、
突き刺そうとしたが、刺そうとする途中からラヒムの体は宙に浮いて、気付いた頃には騎士の甲がすぐ目の前にあった。
どうやら突こうとした腕を掴まれ、持ち上げられたらしい。
すかさずぶら下げられた状態でラヒムは騎士に向かって蹴りを繰り出して腕から逃れようとしたが、悲しくも蹴りは宙を蹴るだけで徒労に終わり
「今度は鼠と食べ残しかよ」
残念そうに呟く騎士の声が甲の奥から聞こえた。




