26話 ブルドッグ
面倒なことになった とニッキを動かす米山は心の中でそう思い舌打ちをした。
やはり重いからといって甲冑を脱ぎ捨ててきたのは間違いだった。
今は山刀一本で必死に犬の斬撃を凌いではいるが、このままでは持たないと直感がそう告げている。
甲冑さえこちらも着込んでいれば、多少の斬撃は装甲で無視して一気に踏み込んで切り込むことができるのだが、この森賊の衣服ではとてもじゃないが迂闊に踏み込むことは即ロストされる一撃を受けることは目に見えていた。
このままでは押し切られて殺されてしまう、せっかく騎士を抜けて自由な冒険を味わい始めた数時間後にこんな結末で転生など米山には許せない。
しかし、だからといってこの場でこの威勢良く長剣を振るってくる、番犬騎士団長であることが紋章を見てわかった、このディンゴ野郎を切り伏せることは至難の業だった。
右や左から無茶苦茶に剣を振るってくる団長は、そんな大した腕でもないことは米山にはよくわかるが、だからといって斬撃を躱し懐に飛び込み甲冑の隙間に山刀を滑り込ませる芸当がニッキにできる訳でもない。
そもそもニッキの得意とする得物は斧のような打撃系統のモノであって剣で甲冑を相手にするような真似はしたことがなかったのだ。
いっそのこと今身につけている身軽な装備を活かして、逃走を図ることもできた。
相手の団長の甲冑はいくらか部分的に毛皮などの軽い素材を使ってそれなりに身軽な部類に入る甲冑の作りではあるが、ニッキを追い回すことまではできないだろう。
でも、そうしたら今横に倒れている、このロストしかけている癖に口だけは達者なこの女はどうなる。
団長は先程女を「食べ残し」と呼んだ。
何か卑猥な意味ともとれるが、生憎このゲームにそんなシステムは無い。
高校生でそういう類に大きな興味を示す米山にとってはあったらあったで嬉しいが、
残念ながらそんなシステムはない。
だとすると団長の言っていた意味は何か、
ただのロールプレイにしては痛々しい発言だ。
となればきっと何か言葉通りの意味がある筈である。
斬撃を防ぎつつも不意にニッキは尻目に嫌な気分もするが女の無くなった腕を見る、
先程も思ったとおりやはり何かに食いちぎられたかのような酷い有様だった。
それを見て米山に悪寒が走った。この団長は本当に他意などなく、
そのままの意味で「食べ残し」と呼んだのではないだろうか、
咄嗟にチートを入れた副団長のグレンのことを米山は思い出した。
彼の場合は体格や筋力を異常に強化するチートを入れて威張り散らしていたが、
まさか団長も通常のプレイではたどり着けない何か特殊な能力などが得られるチートを導入しているのではないだろうか。
有り得ない事ではない、現に横に倒れた女の傷口がそれを物語っている。
この団長はもしかすると・・・
そう思ったニッキに団長の斬撃が襲いかかり、咄嗟にまた間一髪でニッキは山刀でそれを受け流す
「どうしたぁ・・そんなもんかぁ?」
薄ら笑いを甲冑から漏らす団長にニッキは異様な恐怖を感じ始めていた。
やはり、ラヒム達に追いつくのは無理だと井出は既に諦めて卵をゆっくりと歩かせていた。
なんだか必死に走る操作をするだけで、気力が大量に持って行かれた気分だった。
井出はふと歩むことすら止めさせて、一旦時計に目をやった。
また深夜まで針が回っていたら無理やりログアウトして寝ようと思った。
だが、時間の流れは残酷でまだ深夜には程遠い、缶ビールのアルコールが時間の感覚を狂わせたのだろう。井出は舌打ちをして、道の真ん中に卵を座らせて休ませた。
シシャモがラヒムのすぐあとについていったのが見えていたし、
何か面倒事になっていても二人いればなんとかなるだろう。クロスボウをシシャモに持たせているし、いざって時はそれを放てば大体の面倒事は解決すると卵は経験上知っていた。
面倒事が嫌でわざわざ遠くの森でひっそり追い剥ぎ稼業を続けていたのに、ラヒムの献上金の件に付き合ってここまで来てしまった己のお人良しさが、こんな時は嫌になってくるものである。
遅い時間ではないが、もう勝手にログアウトしてしまおうと井出は思った。
森はとても危険だが、酔からくる眠気がそれを押し切ろうとしていた。
そして、それにあっさり負けてログアウトしようとした井出の画面に道の向こうから逆にこちらへ向かってくる者が見えた。
「何してんの 早く来いよ」
向かってきた者はシシャモだった。
どうやら卵が心配になって戻ってきたらしい、無理やり落ちようとした井出はその操作を中断し今度はシシャモの珍しい優しさが嫌になってきた。
なんだか夏が近づいているのに肌寒い日が続きます。




