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Lamia?  作者: mo56
第1章 放浪にて
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2話 お勤め①

 男はボウガンを担ぐと腰を上げて暗い森の中を歩き始めた。

 そこまで奥深い場所でもなく歩き慣れた森だったらしく、男の足取りは遅かったが動きに戸惑いは無かった。

 鬱蒼と生い茂る背の低い草や、樹木の間をクロスボウ一丁肩に担いだ。

 「ハンプティ・ダンプティ」が歩いていく。

 足音をできる限り忍ばせ、うっかり枝でも踏んで大きな音を立てないように、慎重かつ大胆に・・・と言っても、あくまで流石にそこまでリアルに作られている訳じゃない。

 あくまで雰囲気だ。だが何事も雰囲気からだと井出は思っていた。


 そして、しばらく森の中へ歩いていくと、数十㍍先に横に流れる道が確認できた。

 勿論、この森に入ってくるプレイヤーの為に作られたものだが、

 悲しいことにこの森にはさほど利点がない。

 野生動物はその道から離れたもっと奥深いところにいるし、その道の辺りには物物交換に使えるような、

 価値のある薬草なども採取できない。

 そんなことはこのゲームに長くいれば皆知っている。

 男はその皆が知っているような事も知らないような、無知な新参者に用がある。

 奴らがこの森に訪れる理由といえば、大体はできる限り、このゲームのフィールドを隅から隅まで、回ってみたいという好奇心からなっている。

 そしてそんな好奇心に駆られるような奴は、そこまで後先考えて行動しているわけでもなく。

 大体装備も腕もお粗末なモノと、相場が決まっていた。

 男は所謂そんな新参者達に教育をしているようなものだ。

 このゲームが他の温い(ぬるい)MMOとは全く別物ということを、そのキャラクターの生命と身ぐるみを授業料として貰うのだ。

 もっとわかりやすく言えば「追い剥ぎ」だ。

 普通のMMOならば大体は、強制退会されてもいいようなものだが、先程も書いたとおり、このゲームにはGMもルールもない。

 強いてあるといえば、それは組合内で行動をスムーズにするための、取り決めぐらいだろう。


 男はそれ以上前に進まず、その場で静かに腰を下ろすと、左脚を膝立て、その膝に腕を乗せて、担いでいたクロスボウをゆっくりと道に向けて構えた。

 視線は道から離れないようにしっかりと固定し、道を獲物が通らないかと今か今かと待っている。

 これからが長い、日によってだが一晩に一人来れば良い方で、大体は1週間待っても一人も通らない時もある。

 ならば、もっと人の行き来が多い道で、待ち伏せればいいと思うが、

 そういう場所は狩り専門の組合があれば、追い剥ぎ専門の組合もある訳で、いい待ち伏せ場所というものは彼らに占拠されているのだ。

 一応井出のキャラクターであるこの男も、追い剥ぎ組合の構成員ではあるが、そのいい待ち伏せ場所というのも考えもので、通りかかる通行人よりも、追い剥ぎの方が遥かに多いため、配当が全然回ってこない。

 下手をするとリーダー格のプレイヤーに、全て回ってしまうという場合もある。

 現実では会社の一員として辛苦を舐めてきた井出が、架空現実でも組織の一員としてプレイするのは、どうも腑に落ちず、結局組合に所属はしているが、グループには入らない一匹狼を貫き通している。

 いや、そんな孤独な生き方ができるほど井出も強くなく。

結局は何人かと徒党を組んで、この教育的な仕事に勤しんでいる。

 今晩は中々、追い剥ぎ仲間がログインしてこない。

 普段ならメールで打ち合わせた通りの時間に、この待ち伏せ場所にやってくる筈なのだが、一向に姿を表そうとはしなかった。

 別に一人である方が奪った物品も、全部自分の物であるという、取り決めをしているので都合がいいのだが。

 時には一人だけではうまくいかない時もよくある事で、この前も道を通りかかった通行人に、矢を放って倒したが、こいつが食わせ物で男が茂みから出てくるまで死んだふりをして、近づくのを待ち、男が適当な距離まで近づくと、襲いかかって返り討ちにしようと斬りかかってきた。

 その時はまだ、茂みに隠れていた仲間の、念のためと構えていた弓矢に助けられたが、もし一人で戦っていれば勝つことには勝てたが、きっと苦戦を余儀なくされた事だと思う。

 井出は、今構えているクロスボウを構えて放つ操作に対しては、それなりの自信があったが、近接戦闘に関しては古参であるが、まだ不慣れだった。

 ずっとクロスボウの飛び道具に、頼りっきりになってしまっていたことが、原因だとはわかっていたが、わざわざこの追い剥ぎ稼業で、己の姿をさらして通行人に斬りかかるのは、剣や棍棒しか持っていないならまだしも、慣れ親しんだクロスボウがあるのにするというのは、どうも馬鹿げているように思えたからだ。


 15分ほど道を眺めながら、クロスボウを構えていると、いい加減に痺れを切らしたのか、井出は二本目の缶コーヒーを啜ると、PCの左横に置いてあったラジオの電源を入れた。

 3ヶ月前に買った安物のラジオは、多少内容を聴きにくくさせるノイズを放ちながら、夜10時の時報を告げ、聞いたこともない珍妙な洋楽を流し始めた。

 何もずっとゲームしているというのも退屈なものだし、ずっとクロスボウを構えて、通行人が来るのを待っているのは、退屈この上なかった。

 そんな退屈ならばこんなゲームしなければいいのだが、いざ追い剥ぎが上手くいった時の、高揚感は他では中々味わえないものだし、そしてなにより井出にとっては、この退屈さが寧ろ幸福な時間の潰し方とも思えた。

 そんな井出の行為が影響したのか、画面に映るクロスボウを構える男も欠伸をして、片手で頭の痒所に甲冑で遮られ悪戦苦闘しながらも、頭を掻く姿は少々退屈そうに見えた。

 お互い仕事に真剣なタイプでは無いのかもしれないと、井出はぼんやりとモニターに目をやった。


 「こんばんは すみません・・・遅れました」


 画面の下に、桃色の文字でチャットが表示された。

チャット文の横に、書いたユーザーが「ラヒム」と表示され、男が辺りを見回すと、後ろの森の木々の間から、子鬼を人にしたらきっとああなるであろうという姿をした、小男が手を振っていた。


 「どうも 手は振らないでくださいよ」


 やっと構える以外の操作ができて嬉しかったのか。

 タイピングは早く、指はのびのびと動いた。

 手を振られると下手をすれば通行人にばれると注意して、低い背をもっと低くさせ男の近くまで小男を近づけた。


 「いやぁ・・ログインしたら寝床にいなかったものですから、急いでここまでダッシュしてきたのですよ」


 小男が男の前で、申し訳なさそうに頭をペコペコと下げた。

猫背で小柄な男の「ラヒム」は男と対照的に軽装で、腰に差した短刀以外の装備は何もなかった。

 目は細いが唇は太く、頭に巻いた緑のバンダナからはみ出た長い金髪は、

肩のあたりまで下がっている。

 そして顔には媚びるような色がありありと浮き出ていて、見るからに小悪党を体現したといってもいいキャラクターだ。

 これでも追い剥ぎ組合に所属する前は、その対をななしている、通行人などの護衛で報酬を受け取ったりする傭兵組合に所属していて、それなりに名は売れていたというのだから眉唾だ。

 以前は追い剥ぎ組合の同胞を平気で殺していたような奴が、今はその追い剥ぎ組合の末端で仕事しているのだから、そこはゲームならではの懐の深さと言うべきかなんというものか。


 「それで・・今晩は獲物きそうですか?」


 ラヒムが地面に伏せ、少し興奮気味に話しかけてきた


 「多分来ないね 今日は月曜日だ」


 「休み明けは少ないですもんね」

 

 納得したようにラヒムが頷くと、それからしばらく会話は途絶えた。


 なんでこんなような小男と付き合っているかといえば、俺が物好きだったのと、ラヒム自身、多少運が無かったというのが原因だろう。

詳しく聞いたことがないので、ラヒムが何故傭兵組合を辞めたのかは知らないが、彼なりの大なり小なりに理由があり、組合を去って他に行く場所が、

追い剥ぎ組合しか無かったという事がまず一つ。

 それとこの「Lamia?」には正確な数はしらないが、相当数のプレイヤーがログインしていて、普通ならば、追い剥ぎ組合を目の敵とする、傭兵組合の所属だったということは、バレないものなのだが。

 そこはラヒム自身が、中途半端に名が売れていることが災いし、組合の連中に発覚して、おおっぴらな場所に行けばまず、殺されるであろうということが一つ。

 そして、この小男がこの森に大半の追い剥ぎ組合の連中とは離れて、稼業をしているという井出の話を聞いて、泣きついてきたことが一つ。

 最後に一人でするのに退屈して、井出が受け入れてしまった事が原因だ。

 まぁ別に悪い奴ではないし、一人より二人の方が追い剥ぎをするには効率が良かった。

 そしてなにより、ラヒムは井出より近接戦闘においては、精通していたので、通行人が逆に返り討ちにしようと、かかってくる際には都合が良かった。


短く長く続きます

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