18話目
気だるげな感覚に大柄なブルドッグを模した甲冑を着込んだニッキは目覚めた。
しかし、目は開いたが体がうまく動かない。先程隊長を呼びにいったところまでは良かったが、その後すぐに賊に囲まれ負傷した。
自分を取り囲んで正確に棍棒やらナイフで襲いかかってきた賊共は何処かそれなりの鍛錬を積んだ者のできる動きで、現役騎士の自分を遥かに圧倒し打倒した。
そのまま己はロストするのかと思ったが寸前で隊長が駆けつけ賊共を叩き割り、逃げた連中を追っていったが、自分が目覚めてそれなりに時間が経っても戻ってこないということは多分隊長も賊に打倒されたと思えた。
助けに行こうかと一瞬思ったが、あそこまでチートの様な図体で負けたのだ。
己が加勢してどうにかなるわけでもないだろうと考え直しニッキは踵を返して峠を抜けることにした。
そうなれば一度本隊の連中に事の次第を報告しなければならないが、己以外全滅して一人で報告に行っても騎士の名を汚したとして処刑されるのが関の山だと、また考え直しニッキは今から騎士を辞める事にした。
特別親しい仲間もいなかったし後腐れも無く辞めることができる。
特に今後何がしたいかなどという目的はないが、ただ世界をブラブラするのもいいかもしれない。
そうとなればこんな重たくて目立つ甲冑は捨てなければならない、ただでさえ己が騎士だと示す紋章ばかり付いているこの甲冑はもう騎士を辞める己には必要ないとニッキは甲冑をできる限り素早く脱いで近くに投げ捨てた。
ブルドッグを模したその甲冑が主人に対して何処か名残惜しそうに見ている気がするのは長年慣れ親しんだ物が見せる幻覚だろうか。
しかしニッキはもう甲冑など眼中になく、筋肉に引き締まった背中を長いこと己の身を守ってくれた甲冑に背を向け峠の道の奥へ消えていった。
彼の消えた方角には『バストロク』へ続く道とそれを取り囲むように広がった森林が見える。
異様な巨体の騎士グレンを屠った三人はしばらくその死体の前で、返り血に汚れた自分らを布切れで汚れた箇所を拭き取り、何事もなかったように身を整えた。
戦闘の興奮から覚めてみれば感じるのは異様な倦怠感と騎士の死体から溢れ出る鼻を摘みたくなるような腐臭であった。
画面の前の井出はそんな状況なのではないかと想像したが、想像するだけで臭ってきそうなのでやめた。
シシャモは久しぶりに槍を振るったせいか大きく溜息をつくとその場に腰を下ろして一息ついた。
「片付いて良かったな 危うくフレークみたいになるところだった」
そう言って、哀れな元騎士団長の脚を指差した。
フレークともそれなりに付き合いが長いかと聞かれれば長いと答えられるのだが、こうもあっさりとロストされてしまうとその付き合いでさえまるで最初から何もなかったかのように思えてしまう。
「せめて装備を残したままロストしてくれれば金にはなったんだがなぁ」
そう卵が呟くとシシャモは愉快そうに笑い
「そうだな 剣はきっと高く売れたぜ 確か特注品だったよな」
「あぁ 騎士御用達の鍛冶職人に頼んで作らせたやつだよ」
そう言われると本当に惜しいロストをしたものだと二人は言い合い、どのくらいの価値があったかなどと妙な算段を初め、それを呆れ顔で同じくその場で腰を下ろしたリビが見ていた。
「貴方達は仲間がロストしたことに悲しみとか感じない訳?」
「ないね」
「あぁ ない」
この回答には流石に呆れ果てて、リビは逃げた妹たちをちょっと探してくると行ってしまった。
卵にとってみればロストした仲間の装備を剥いで売り払い、金にするのは一種の供養みたいなものだという認識だった。
ロストする瞬間までずっとその仲間が装備を身につけたままだと共に消えてしまう、せっかくの生前の大事にしていた装備が主と同じく消え去ってしまうのは勿体無いという追い剥ぎ根性とも言うべきものが卵には染み付いていた。
シシャモはどういう認識なのか井出は知らないが、きっと彼にとって仲間のロストというものは何度も見慣れた光景であって、普通にプレイしているリビのようなユーザーには珍しいことなのかもしれないが、フレークと同じく元騎士にとってはロストとは当たり前のような現象であるのだ。
今まで数え切れないほどの死闘をくぐり抜ければそこでロストする者が出てくるのは至極当たり前のことで、それは現実でも死に至る経緯は違うにしろ同じことだ。
ただ他の死やロストについて見ていないだけで、何度もそれを見れば慣れてくる。
「そういえばあのふざけた騎士の奴 自分は副長とか言ってたな」
「あぁ それがどうした?」
「副長ってことは今の新しい騎士団長とかもいるんだろうな」
「そりゃぁいるだろ」
シシャモが今度は倒れた騎士を指差して言った。
死体は既にロストを初め装備ごと消えてしまおうとしている。高価そうな甲冑ではあるが、あんなに大きくては運べそうにないと諦めた。
「どこにいるんだろな その団長」
「本部とかじゃないのか?俺等の頃はお偉い方は一歩も出てこようとしなかったろ」
「その本部は3年前に潰しただろうが みんなで」
「あぁ そうだったな 近くにいるかもしれないってことか?」
卵の問にシシャモは少し苦い顔で頷いた。
確かに見たところ騎士の人数もそれほど多くもなかったし、今までの連中は分隊か何かで本隊が近くにいるかもしれない。そう思うとここでおちおち座っているわけには行かないのだが、生憎まだリビは帰ってこないし、戦闘の疲れもあって二人の腰は重かった。
「そういうこと フレークの奴が辞めてからあんなチート野郎が副長ってことは、団長はもっと化け物じみているんだろうな」
「あんなに強くなるんなら 全員チート入れているかもしれねぇな」
卵も苦い顔で死体を眺める、既に騎士や集落の連中の死体の大半はロストしていて、血に汚れた峠道は綺麗になっていた。
「じゃああの副長以外の奴も入れているはずだろ。チートってのもそこまで万能なものでもないぜ」
チートを入れたキャラばかりの騎士団を想像し少々不安になってきた卵にシシャモが大丈夫だと宥める。確かに今の副長と同じようにチートは時に体力バーを構成したり、簡単にはロストしなくなったりはするが、それなりに制約などが魔術などと同じように付き纏うものだと彼は説明した。
彼曰く以前にもチートを使って、キャラの図体を大きくしたり体力バーなどを構成しようとした連中を知っているそうだが、大体は成功せず魔術の詠唱失敗と同じかまたはそれよりひどい有様になったという話だった。
この『Lamia?』がフリーゲームであるから法に触れることもないと何人か有志がチートを開発しネット上にいくつか掲載しているそうで、シシャモは丁寧にチャット文にその掲載されたサイトのアドレス文を書いて載せた。
少し井出もチートには興味があったが何か反動が来るのが怖いと躊躇したが
「まぁどれも素体が重要だがな 言っとくがお前がやっても無駄だからな」
とシシャモが軽く一蹴し、また説明を始めた。
上手くチートを導入し活用するにはどうやら『素体』になるキャラが重要らしい、井出はどうも彼の言う事に専門用語が多く、中々理解しにくかったが大体言いたいことは理解した。
チートはどうやらキャラに対しては一種の危ない薬物の様な働きがあるということだった。
中々暑苦しい夜が続きます




