102話 バストロク炎上⑫
辺りの火は既に小さくなっていることから、放火している騎士連中が減り、消化の手が届き始めたということだろう。
だが、傭兵と騎士の死体が多数転がっている路上の上で、
「しかし・・・副団長?」
「なんだ?」
「やっぱり3千じゃぁキリが悪いので、ここは5千になりませんかね?」
「馬鹿言え。」
画面内ではまだミダズがシシャモに、騎士をロストさせた自分の報酬について掛け合っている。
先程まで、大勢いた傭兵連中を一人で片付けた様な奴なのだから、自分はもっと金を貰ってもいいのではないかと言うのがミダズの言い分だが、そう簡単にシシャモも、彼に金を出そうとは思っていない。
そんな光景を遠巻きに眺めながら、井出は一旦一息入れようと、尻に敷いていた座布団から腰を上げて、ベランダに出た。
そして、ポケットから煙草の箱を一つ取り出し、一本取り出して、口にくわえ、ライターで着火する。
貧乏な井出に煙草を買う金などろくに無いのだが、ライターも煙草も柳沢にファミレスで受け取ったものだった。
別に井出自身も今のように金にさほど困らなかった会社勤めの時は、そこそこ吸っていたが、フリーター生活となってからは禁煙していた。
口に広がる煙草の味は、ケチな柳沢に似てとても辛かったが、十数ヶ月ぶりに吸う煙草はどんな酷い銘柄でも旨かった。
しかし、この煙草は柳沢が善意でくれた物ではない。
彼は先程のファミレスで、煙草を井出に渡す際にこんな会話があった。
「団長。これは再開を祝して、俺からプレゼントっす。」
「・・・なんだよ。もう何本か吸ってあるじゃないか。」
「細かいことは言わないでくださいよ。ほら、ライターもあげますから。」
「・・・あんがとよ。」
「いえいえ、その代わりに騎士を殺った時は、俺にとやかく言わないでくださいね。お願いしますよ。」
その時はなんだかよく分からない事を言う奴だと思っていたが、今こうして柳沢から受け取った煙草を吸っているとよくわかる。
彼は井出に賄賂を献上したのだ。
現在画面内で行われている交渉に、団長である井出を介入させないための工作であった。
副団長というと立場的に団員とさほど変わらないので、交渉できるが、団長である井出が報酬の件で口を挟めば、どうすることもできなくなる。
それを見越してのことであろうが、それにしては賄賂である既に何本か吸ってある煙草とライターではお粗末じゃないだろうか。
時代劇でよく見かけるような山吹色の菓子と比べれば、酷く見劣りするが、喫煙家にはそれで十分だと柳沢は思ったのだろう。
とことんケチな奴だと思いながらも、井出はベランダで闇に包まれ始める空に紫煙を漂わせた。
「でも、団長!俺がこうして・・・あぁ!副団長のお仲間であるラヒム君の仇を討った訳ですから、5千は確実でしょう?!」
ミダズはいつの間に見ていたか知らないが、あの図々しいニッキの責任逃れを聞いていたらしく、それを利用しようと、チャット文を打った。
「そっ・・・そうだな!確かにそこの人はラヒムの仇を打ってくれたわけだからな!なっそうだよな?な?」
「え・・・あ・・あぁ!そうだ!もっと金を上げてやるべきだ!」
それを打った途端、すぐに後ろにいたラヒムをロストさせた張本人達であるニッキとギレットが駆け付け、ミダズの報酬金交渉に紛れ込んできた。
ニッキとギレットにとっては何故シシャモに見知らぬ傭兵が金のことを交渉しているのかは皆目見当つかなかったが、それでもできる限りラヒム暴行致死事件を誤魔化したい二人は、必死にミダズの肩を持つ。
それは違うといい加減に痺れを切らしたバックスが指摘しようと走り寄ると、その後ろにいたユエがバックスの背中に飛びかかって口を塞いだ。
「なっ・・何を・・。」
「こっちは任せて!」
「いいぞ!そのまま抑えてろ!」
「離すなよっ!」
一体何故、ユエが自分を抑えるのか、バックスには一瞬わからなかったが、それはチャット欄を見てわかった。
どうやら彼女は、このままミダズが誤魔化してシシャモから金を幾らか受け取れば、本来騎士を倒したことから傭兵組合から貰えるであろう報酬金を幾らか、こちらにも分けてもらえると思ったのだろう。
既にロストしたラヒムがこの光景を見ていたら、きっと絶句するだろうが、彼の体は路上から姿を消し、転生する為にこことは違う場所に送られたはずである。
そうとなれば恥も外聞もない。
貰える金は皆、貰う主義らしい。
一体愛とは何かとバックスは疑問に思いながら、ユエの軽業で路上に組み伏せられた。
「ミダズ?後ろで誰か組み伏せられてないか?」
「副団長!話を逸らさないでくださいよ!」
「いや、だが・・俺には・・。」
「誰も組み伏せられてなんかいねぇよ!こっちは気にしないで続けて!」
「おう!」
金が絡む事となると、妙な一体感というものが生まれるらしい。
よく金の問題で分裂する話はあるが、こんな光景は中々無いだろう。
「とりあえず、もう5千とは言いません。せめて4千ください!」
「3千でギリギリだよ。」
「なんだよ!ケチるんじゃねぇよ!」
「男ならもっと出せよ!」
しかも、交渉が進むにつれ、ニッキとギレットが交渉に参加してくるという始末で、流石に3対1ではどうしようもないと、シシャモが卵に縋るような目を送るが、煙草の件もあるため、卵は『放置中』とチャット文に打ち込んだまま、交渉が終わるまで戻らないことにした。
「わかりました、副団長。じゃぁ4千4百で、これ以上譲れません!」
「なんで増えてるんだ!ミダズ!?」
「増えてなんかねぇ!」
「そうだ!増えてねぇ!最初からこんな感じだった!」
一体いつまでこの訳の分からない押し問答が続くのか、井出はベランダから遠目にパソコン画面を眺めながら、さほど美しくない夜景に目を走らせた。
『金が手に入る時は、必ず手に入れろ。例え仲間を裏切ってもだ。友情は金には勝てねぇ』
追い剥ぎ組合所属 斬鬼 ブッガ




