100話 バストロク炎上⑩
画面の前でラヒムを操作していた小林は、しばらく口をポカンと開けて、画面を睨んでいた。
以前に親に買ってもらったノートパソコンの画面に真っ暗な画面が映し出されている。
これがゲーム内でラヒムが死んでしまったということは何度も見たことがあるので理解できたが、問題はその死因であった。
「あの野郎...」
小林は憎々しく画面を睨みながら、呻いた。
普段小林は滅多に怒らないが、これには流石に良い気分がしなかった。
ニッキに殴られて、気絶したが、次に傭兵のギレットに殴られてラヒムは死んでしまったのだ。
敵に倒されたならまだわかるが、味方の不手際で死んだのだ。
すぐ転生の操作を行うが、これがそうすぐにできるわけではない。
しかも、転生地点が小林には予想できないため、余計にニッキを操作している米山を憎く思った。
「ラヒムの仇は俺たちがやるぞっ!」
「おおっ!」
しかし、ゲーム内では完全にラヒムをロストさせた罪を勝手に無関係な騎士に擦り付けて、ギレットとラヒムが威勢をあげている。
この変わり身にユエはもう何もいえず、ただ二人の後ろで恨めしそうに睨むことしかできず、バックスはあまりにも図々しい二人を眺めることしかできなかった。
だが、そんな追求の目に二人は意にも返さず、ニッキは腕を前に突き出して構えをとり、ギレットは槍をしっかりと構えた。
「今だっ!」
そう二人が騎士から少し距離を構えた瞬間、騎士の横に建っている建物の2階から、ロノともう一人の相方が獲物を構えて飛びかかった。
そして、それを合図としたかどうかはわからないが、先ほどから弓を引いていた二人組が、ロノが窓から飛び出した姿を見て、一斉に騎士に矢を放った。
上から襲いかかった二人の得物がビットズを倒すか、二人組の放った矢がビットズに突き刺さる筈であった。
だが、実際はそうはならず、ビットズはその傭兵の偶然によって成り立った同時攻撃に慌てず騒がず、静かに長剣を振りかぶった。
その途端ビットズの周りにだけ、暴風が現れて、それが彼を守るかのように、上から襲いかかった二人を遙か上空に吹き飛ばし、ビットズに音を立てて放たれた矢を体に到達する前に暴風に巻き込んで、その風の勢いを利用して、矢を放った二人組に向けて矢を返した。
上空に吹き上げられたことによって、ロノと相方の傭兵は構えを崩され、無防備な状態で悲鳴を上げながら落下し、その二人が己の近くに落下してくる瞬間を狙って、ビットズは振りかぶった長剣を無慈悲に振りおろして、素早く二人を切り裂いた。
そして、跳ね返された矢は、その矢を放った二人組にそれぞれ突き刺さり、二人組は一体何が起こったのか理解する前に、寄り添うように路上に倒れ込んだ。
「...所詮下郎共なぞ、この程度」
そうビットズは長剣を構えて、彼に斬られて、血を流してうめき声を上げる、すぐ近くで倒れている二人に素早くトドメを刺した。
それは一瞬の内に起きた事であって、少し離れた位置で対峙していたニッキ等は唖然として騎士を眺めていた。
「嘘だろ・・・4人でかかって、何もできねぇだと...」
「流石にラヒムを倒しただけのことはあるな」
ギレットとニッキは狼狽しつつも、構えは崩さなかった。
しかし、こんな状況でもラヒムを殺したのは自分ではないとさりげなく騎士に罪を擦り付けるニッキは何なのだろうと、別の意味でユエとバックスは唖然とした。
「急げよ。森の時よりきっと厄介なことになってる筈だ」
そう商業地区を駆けるししゃもは、少し距離が離れた後方の卵に声をかけた。
甲冑を着込んだお陰で、彼の走る速度は卵と同じぐらいになると卵は森の時のように、置いていかれないと思っていたのだが、彼は甲冑を着込んでいても、卵より遙かに素早かった。
「なんで、甲冑着てるのに、俺より...早いんだよ...」
「巫女の加護だよ」
そう悔しそうに後方から言う卵に、ししゃもは愉快そうにそう返した。
一体巫女の加護というのは何なのか、卵にはわからないが、今晩のししゃもはそればかり言う。
「さっきから、巫女の加護どうとか言うけどよ...一体何なんだよ?」
「お前もそのうちわかるよ」
不思議そうにしている卵に、またししゃもは愉快そうな笑みを浮かべる。
しかし、彼の笑みなぞ、甲に隠されて見えないはずなのだが、彼が笑っているという雰囲気がチャット文から伝わってくるのは長年の付き合いのせいだろうか。
「...近づけば風の餌食にしてくれようぞ」
4人を血祭りに上げたビットズは、そう不気味に対峙しているニッキ等に告げて、さも楽しそうな笑い声をあげた。
「なんて奴だ...こいつはヤバいぜ」
「あぁ...あのラヒムでもあの様だ。こいつはヤバいな」
「そうだな...あのラヒムもやられちまったもんなぁ...」
そうビットズと対峙するニッキとギレットはそう話し合っているが、どうやらニッキの訳の分からない責任転嫁がギレットに伝染したらしい。
少し距離を置いたビットズはラヒムが誰のことかわからないが、きっと今襲いかかった4人のうちの一人だと思った。
だが、これが図々しい責任転嫁だと知っているユエとバックスは既に二人の態度に呆れを通り越して、奇妙な尊敬の念すら抱き始めていた。
「迂闊に近づくな...連中の二の舞を踏むぞ」
「だけど一体どうすりゃいいんだ?飛び道具も効かないことは立証済みだぞ?」
「あぁ。確かにあれじゃぁ増援呼んできても駄目だろうなぁ...」
「畜生...ラヒムの仇をとりたいのによぉ...」
そう風を扱う騎士と対峙しているニッキとギレットは、完全にラヒムの件は全て騎士のせいであると、完全にすり替えて納得していた。
「ユエさんだけでも...逃げてください」
「でもっ!バックスさん...あそこにラヒムさんを殺した騎士がいるのに何もしないで逃げるだなんて...」
「貴女まで訳のわからないことを言わないでくださいっ!」
ついさっきまで冷静にギレットとニッキの様子を眺めていたユエであったが、彼女までニッキの無理がある言い逃れが伝染してしまったと、バックスは頭が痛くなってきた。
「おっ!いたいた!」
と、そんな訳の分からない状況に頭を抱えるバックスに救いの手を差し伸べるかのように、騎士の背後から、こちらに近づいてくる人影が見えた。
「?!卵さっ」
「その名前で呼ぶんじゃねぇっ!!」
どことなくシリアスな場面であるのに、人影が誰なのか気づいたバックスが呼びかけるチャット文は、その二つの人影の片方に遮られた。
「どうやら間に合ったようだな...」
「...新手か」
「おう!助かったぜ!だが、ラヒムがコイツにやられちまった!」
「なんだとっ!?」
騎士の後方で少し距離を置いて立ち止まった二人に、早速ニッキが嘘を吹き込んでいるが、もうこの際、この件の事実は後で伝えたほうがいいと、バックスは諦めた。
「だが、幾ら下郎が増えようと、関係のないこと...」
そうビットズが前方に4人、後方に2人の挟み撃ちの形になっても、慌てず騒がず見回す姿を見て、唯一常識があるのはこの騎士だけだと、バックスは思った。
「気をつけろっ!こいつは風を使うんだ。それでラヒムと他の傭兵連中もやられちまった!」
「本当か?!」
そうニッキが2人に叫ぶのを見て、それは少し違うとバックスは大声で叫びたかった。
風を使うと聞いてすぐに卵はその騎士がチートを使っていると思った。
魔法が付与されている得物を使ったとしても、そんなデタラメな力が発揮出来るわけがない。
しかも、あのラヒムがそう簡単に倒されるとも思っていなかった。
「迂闊に飛び道具を使うなっ!さっきも矢を跳ね返されちまった!」
「しかも全周囲防御だ!」
口々にギレットとニッキの2人が、後方のししゃもと卵の2人に叫んでいる。
「ラヒムは上から殺ろうとしたんだが、吹き上げられちまったぞ!」
「あぁ!上からでも駄目だ!隙がないっ!」
さりげなくラヒムの死因まで、2人は偽造しながら、注意しろと後方の2人に呼びかけている。
チートがどれほど厄介なものか、2人に教えられながら、画面の前で井出は腕を組んで悩んだ。
同時に仕掛けても全て風に吹き上げられてしまうと聞いて、どう対処したものか、全く良い考えが浮かばない。
既に日は暮れて、彼の部屋の窓からは、住宅地の明かりが差している。
田中からチートを扱う奴をどうにかしろとの話であったが、まさかそこまで厄介とは想像していなかった。
「...どうした?今度は6人同時に掛かるか?」
そう画面の中で、ビットズの不敵な笑みが見える。
全く自分の実力でもない癖に、ムカつく奴だと思いながら、井出は缶コーヒーを啜って、暗い部屋の中で怪しく輝くパソコンの画面を睨んだ。
「騎士なら正々堂々とやれよっ」
「下郎にそのような礼儀無用よっ」
「畜生なんて野郎だ...」
そうニッキは憎々しげに呟くが、それはお前にも適用できるのではないかと、バックスは内心思った。
だが、この場はそのことを忘れてなんとか切り抜けるしかないと、腰に差している細身の剣を抜いて、ニッキ等の近くまで歩んだ。
「せめて名乗るぐらいはいいだろう?」
「お前等にはそのような必要などない」
「...いいじゃないか。俺らも元騎士だぜ」
「なんだと?」
そうししゃもがビットズに話しかけると、彼は目の色を変えて、後方の2人へ振り向いた。
先ほども後方から来た2人を眺めはしたが、さほど意識はしていなかった。
だが、しっかりとその2人を見てみると、後方の2人は奇妙な形をした甲冑を着込んでて、ビットズの意識は後方の卵とししゃもに注がれた。
「・・・宮廷巫女親衛隊、副団長 ししゃも。」
「・・・なぁ?こういうのって団長から名乗るべきじゃないのか?」
「うるさい。早いもん勝ちだ。」
「なんだよ。まぁいいや。俺は団長の卵だ。」
そう2人は名乗りを上げて、やっと冷静な雰囲気を醸し出していたビットズが再び狼狽した。
「...何故、貴様等がここにいる?」
「野暮用だよ」
「そう、野暮用だ」
ブルドッグを模した甲の奥から卵はくぐもった笑い声を出し、ししゃもも卵と同じような笑い声をあげた。
「まぁ。巫女から直々の命令と言ってもいいな。お前等はやりすぎた。それをここに静粛しろとのお達しだ」
「...おい?俺そんなこと聞いてないぞ?」
「黙れよ。それっぽくしたかったのに、茶化すなって」
ししゃもは甲の奥から、静かに狼狽するビットズを睨むが、彼の発言に卵も狼狽した。
なんだか自分の知らないところで、色々話が進んでいるらしい。
「まぁいい。確か鳳凰騎士団のビットズと言ったか」
「何故それを...」
「チャット欄見ればわかるんだよ」
「お前も大概だな」
ししゃもは至って冷静に続けるが、どうにもシリアスな場面にそぐわない発言を卵は聞き逃さない。
「大人しく武器を捨てて、投降するならよし。抵抗するならば巫女の名の下に粛正を行う」
「そういうのって上意って言ってもいいよな?」
「お前。もういい加減に黙れよ」
ししゃもは槍の穂先を、静かにビットズへ向けて構えた。
卵はなんだか真面目なことを言う相棒を茶化したくて仕方なかったが、さすがにこれ以上は止めた方が良いと、クロスボウをビットズへ向けて構えた。
「そうか...貴様等が...だが、宮廷巫女親衛隊は12人となっていた筈。他の団員はどうした?」
「...お前程度、一人でも十分だが、わざわざ副団長と団長で来てやったんだ。感謝されてもいいぐらいだ」
威厳の籠もったししゃもの言葉に、卵はこいつが団長でも良かったのではないかと思ったが、その時、それを遮るようなチャット文が辺りに発信された。
「団長!俺だけでも十分ですぜ!」
そのチャット文を打った人物に全員意識がいった。
それは先ほどニッキに殴られて、ラヒムと同じように失神していた。
名も知らない傭兵から打たれた文だった。
先ほどからその存在が皆に忘れ去られている間に、彼は失神から自動復帰して、既に得物を構えてビットズを睨んで立っていた。
このゲームではそんなお目に掛かれない東方の武器である、長い太刀を彼は構えていた。
「宮廷巫女親衛隊 切り込み担当 白虎のミダズとは俺のことだぁっ!」
ミダズと名乗りを上げた傭兵の構えた太刀は、唖然とした周りの空気に反して、炎の光を刃に猛々しい輝きを宿している。




