10話
女の頼みとは自分たち二人を森の集落から北へ離れた商業都市「バストロク」へ向かう際、護衛して欲しいというものだった。
バストロクへは5日ほど掛かり、その途中の道中に先程話した「騎士」がうろついているとの噂を聞き、不安なのでそれなりに腕が立つ用心棒を雇いたかったそうだ。
報酬は前払いで銀貨の多少包まれた袋を渡し、街までに無事着ければこれの倍を出すと言う。ラヒムの献上金はまだ雑貨商が酒場に訪れてこないためまだ無いが、いつくるかわからない商人を待つよりも、こちらから都市の方へ行った方が手っ取り早いと男は考えた。
バストロクへ行けばそれなりの値段で買い取ってくれる商人もきっと多いはずだし、それだけ高く売れれば男の取り分も増えるわけだ。
騎士については戦闘になれば苦戦になるだろうが、こちらは抜け道近道をよく知って土地勘もある。
それに必ず出くわすとも限らないと男は前向きに依頼を考えた。
渡りに船とはこのことで、男たちも北へ進むことには目的が一致しているし、なによりリビが馬車を所持しているそうで徒歩の移動より遥かに楽だ。
「どう?引き受けてくれるかしら?」
口調は軽いが顔は至って真剣にリビは聞いてきた。
中々の好条件で断る理由の方が見つからない男は喜んで頷いたが、横でやっと震えが収まったラヒムが今度は先ほどの妹と同じように横から声を上げた
「待てよ、俺は騎士と殺りあうなんてゴメンだ。奴らはプロだ、殺されちまうよ」
と不平と不安が入り混じった声でラヒムは腕を組んで男を見た。
しかし、男は落ち着いて 滅多に出くわすようなモノじゃないから安心しろと諭すと
「噂だと、その騎士達関所を構えているそうよ。」
リビがさりげなく言い放った。
バストロクへの行く道は限られていて、その道中必ず抜けなければならない峠の崖道に騎士達は最近関所を構えだしているとリビは道中の旅人に聞いたらしい。
その旅人が言うには関所にはバラバラの形をした甲冑を着込んだ男達がいて、法外な通行料を払うようにと迫り、それを拒んだ旅人と共に旅をしていた気が強い友人はその場で斬り殺され崖から投げ捨てられたという。しかし、それでも元々旅人には求められたほどの通貨は持っておらず、それがわかれば友人と同じように殺されると怯え、なんとか男達を振り切り必死で逃げてきたという。
しかし、これではどう足掻こうが、必ず出くわしてしまうじゃないか。
これには男も話が違うじゃないかと怒声を上げる、今度はラヒムも不平をぶつけながらリビに怒鳴ったが震える妹と対照的にリビは落ち着き払って
「その為の支度金よ。 大丈夫 甲冑着込んだ男が5・6人いるだけよ」
「それを俺ら二人で何とかしろっていうのかよ」
「別に依頼主が手伝わないとは言ってないわよ ただどうも二人だけじゃあね・・・」
「装備だって違うし4人だけじゃあ分が悪すぎる。俺は降りる」
ラヒムが腕を組んだまま、不平を露にしてリビを睨みつけた。
まぁもっともな意見だと井出も思った。
同じ装備で戦うというのならまだなんとかなるかもしれないし、それなりに報酬も高いのでその場合は引き受けるだろうが、相手が甲冑を着込んでいるとなれば話は別だ。
男のクロスボウならまだ甲冑に対しては有効だが、ラヒムの短剣やリビの投げナイフが甲冑を着込みさらに戦闘経験も豊富であろう騎士に対してはお粗末すぎた。
このゲームはとてもじゃないが装備の差を腕や技術だけで補えるほど甘くはなく、例えこちらが10人がかりでも悲惨な結末は目に見えていた。
「俺もだ 残念ですが、ラヒムの言うとおり分が悪すぎます」
と井出はキーを叩いて男を席から立たせると、酒場をラヒムと共に後にしようとした。
ここに長居しては面倒事が増えそうだと二人共感じていた。
しかし、リビは納得できないらしく二人を呼び止めようとする、それを無視して出ようとするとリビは素早く投げナイフを抜き、投げた。
空を切る音に男が立ち止まると、鋭い音を立てナイフが男のすぐ横の壁に突き刺さっていた。
恐る恐る振り向くとリビは陽気な顔でこちらを見ていたが、目が笑っていないこと二人はすぐに気付き、慌ててまた立ち上がった席に戻っていった。そして、その横ではまだ妹が震えていた。よほど姉が怖いらしい、それは二人も同じだった。
半ば強制的に二人を座らせると、リビは二人に先ほどの銀貨が詰まった袋の倍を取り出した。
「こちらもそれなりに困ってるの、何故かは言わないけど大事な用で急いでバストロクに行かなくちゃいけないのよ。 それを乱暴な男達に邪魔されたくないの、わかるでしょ?」
有無を言わさない迫力に二人は怖気ついて首を激しく縦に振る。
「ここに、前払いの二倍あるわ バストロクにたどり着けばこれの倍よ?人数が不安ならもう数人増やしてもいいわ。報酬も一人一人同じ額を支払うと約束するわよ」
リビの思い切った報酬提示と脅迫に二人はまた激しく首を縦に振り、半ば気落ちしながら身支度の為に肩を落としながら、酒場を出た。
「とんでもないことになっちゃいましたね。」
「仕方ねぇよ 投げナイフにはかなわないよ」
「ですね」
報酬は大きくとも中々乗る気になれない二人はどうしたものかと頭を悩ました。
今もらった前払い金を持ったまま逃げるというのも手だろうが、あんな脅迫に出るような女が果たして普通に前払い金を渡したままにしておくだろうか。
否、普通なら何かあると考える方が普通で、少なくとも今二人に金を持って逃げてしまおうという気は無かった。
しかし、それでも金を持って死ぬに行くわけにもいかず、なんとかして関所の騎士と殺し、無事にバストロクへ辿り着く方法を二人で無い知恵を絞って考える。
薄暗い集落の中をトボトボと奇妙な二人組が複雑な面持ちで歩く。
「そういえば、卵さんって甲冑着た相手を殺した事はあるのですか?」
ふとラヒムが男を見上げ、聞いてきた。
ラヒムのユーザー小林にとっては井出とはかれこれ半年ぐらい追い剥ぎ稼業に専念しているが、それ以前の男の経歴を全く知らなかった。
分かることと言えば同じ追い剥ぎ組合の末端構成員であることだが、その割には中々誰かの部下になれとか、上の連中に指示を受けることもなく自由に行動できる存在で、いくらか自由で解放的な追い剥ぎ組合であるにしても多少最低限存在する制約にすら縛られない男をラヒムは疑問に思っていた。
「寧ろそっちが専門かもな」
男はラヒムの方を見もせずに応えた。
ラヒムにとっての疑問はさらに膨らむばかりで、何故軽装が重視される追い剥ぎ稼業で頑なに男が甲冑を着たがるのかもラヒムにはよくわからない。
基本は姿を晒し斬り合うことは少ないのだから、甲冑を着込む必要はさほど無い筈だ。
しかし、男はこの前残念そうに捨ててはきたが、あの卵のような丸い甲冑は一体どこで入手したのだろう。本人は家事職人に高い金を払って特注したというが、追い剥ぎがそこまでする必要あるだろうか、組合の方にもそれなりに鎧を着込んでいる者も勿論いるが、それはラヒムに言わせれば軽装の域を出ないもので、何故そこまで身を固めるのかラヒムにはわからなかった。
「何人ぐらい殺ったんですか?」
「大勢だよ」
男は当然のように口にすると、いきなり立ち止まった。
ラヒムが一体どうしたと声をかけると、男は一点を見つめて
「あいつにするか」
と呟いた。視線の先には集落の門と面倒臭そうな顔で門の横につっ立っている先ほどの門番がいた。




