1話 ログイン
・この小説には作者の稚拙な技術ではありますが、
それなりな残酷の描写がたまに出てきます。
それがどうも苦手だということは見ないほうがいいと思います。
「Lamia?」
『蛇のように狡猾かつ貪欲にならなければ 生き残れない』
ぼんやりとPC画面に映し出された。
赤い英語表記と白い下の宣伝文句を何度眺め、そしてパスワード欄に同じワードを打ったことだろう。
そろそろ、自動ログインでも設定するべきだと、スタンドライトに照らされるモニターの前で男は思った。
別に設定が面倒って訳でもない。
パスワード欄の横にある、小さい四角をクリックしてチェックすればそれで済む話なのに。
しかし、それでも男がそんな簡単なことすらせずに、いちいち丁寧にワードを打つのには少しだけ意味がある。
それはちょうど、パスワードを打ち終わる頃に「Lamia?」の文字の横にぼんやりと、その文字が意味する、ギリシャ神話の怪物である「lamia」が姿を現すからだ。
と言ってもその姿は影絵に赤い色をつけた陳腐な演出で、大半のユーザーはこんなものなど見向きもせず、さっさとログインの文字をクリックするだろう。
だが男は毎回このログイン画面が映るたびに赤い蛇女が映り出すのを待っている。
特に何か意味があるわけではないが、何故だかこの蛇女が現れないと落ち着かないのだ。
そしてお待ちかねの蛇女が姿を現すと男は満足したのか、やっとログインの文字にカーソルを移動させクリックした。
演出はそこまでだった。
あとは前回ログアウトした場面にモニターが変わるまで、真っ黒な画面とにらめっこするしかない。
他のゲームではよくある。読み込み中 だとか ローディング中 などの文字は一切表示されない、始まるまでずっと真っ黒だ。
さすがに真っ黒な画面になってまで、ぼんやり何もせず眺めているほどこの男 『井出 聡』 は、我慢強くは無かった。
井出は元来我慢が苦手な口で、短気で喧嘩ばかりしている。
現にその短気と喧嘩が原因で、つい3日ほど前に、職場を辞めさせられたばかりだ。
喧嘩のキッカケは何だったか、確か上司に井出の低学歴のことを罵られたという下らない事だった。
何故あんなに熱くなって殴りかかってしまったのか、今思い出しただけでも井出の顔は渋くなった。
だが、幾ら悔いても所詮後の祭りだと言い聞かせ、安いPCの横に置いた安い缶コーヒーを啜った。
それから昼間は仕事探しに求人センターに通い、夜はこの陳腐な演出から始まるMMORPG「Lamia?」にどっぷりとはまっていた。
このゲームがいつから開始されたかはそんな記憶していないが、確か自分がまだ職場で、マトモに働いていた時期に友人の『田中』から面白いものがあると誘われてそれから始めてもう3・4年になる。
所謂井出はこのゲームにおいては古参であった。
「Lamia?」はネット上で溢れかえるように多い、MMORPGの中でも異彩を放つゲームの一つである。
多すぎる特徴の中でも特に特筆するべきと言えば、まずNPCが一切存在しないことだ。
例えば有名なRPGにおける村人Aだとか、敵対する魔物やらはほとんどいない、いるのはユーザーのキャラクターのみだ。
しかも、ストーリーや世界観の説明なども存在しない。
そこまでしてゲームとして成り立つのかと聞かれれば「成り立つ」と答えられる。
「Lamia?」はプレイヤー同士のロールプレイング、つまりキャラに成りきって行動することによって、初めて成立する特異なMMOだ。
つまり「Lamia?」は箱庭で、プレイヤーは駒ということだ。
そしてさらに奇妙なことにこのゲームにはゲームマスターがいない。
普通のMMOならば管理者とでも言おうか、違法行為の摘発・処分や問い合わせなど、様々なことを兼ねる者がゲーム上にもネットのサイトにもいない。
いや、そもそもその違法行為や問い合わせの欄すら存在せず、
ユーザー登録する際の同意規約も無い。
あるのはパスワードの設定だけで、このゲームが営利目的ではなく、
一個人が作成したフリーゲームであることは明らかだ。
しかし、そんなことは井出自身や大半のプレイヤーとっては、どうでもいいことで、彼ら、もしくは彼女らは面白いゲームができればそれだけで満足だった。
それに現に「Lamia?」は井出自身にとって、
第二の現実と言えるほど充実したゲームだと言えた。
ややこしい柵も無く、ただ自由でいて、
そして暴力的な世界は井出を一時的に休ませてくれるものだった。
しばらく、缶コーヒーを啜って待っていると、暗い画面から一気に場面が切り替わった。
PCのモニターには上から見下ろすような視点で、生い茂る木々の隙間で、何かの皮のような物を簡易ベッドとして寝ている甲冑を身につけた男が映っている。
寝そべっている男の周りには、ランタンや草臥れたリュック。
そして、同じように草臥れたクロスボウが無造作に置いてある。
井出が慣れた手つきでキーを押すと、画面の男がのろのろとした動きで起き上がる。
甲冑が重いのか、それともただ面倒なのか、男の動きは色々と思わせぶりだ。
そして、また井出がキーを叩くと、今度は男の姿に視点が近づいた。
ずんぐりむっくりとした、まるで卵のような男の姿が画面全体に映る。
以前はそれこそ、白く卵の様に綺麗だった鎧は、経年の劣化で錆だらけとなり、まるでこの男のためだけに、作られたかのようにピッタリな寸法で、
動く姿はまるで武装した「ハンプティ・ダンプティ」だ。
いくらズームしても、男の素顔は兜に隠されて見えないが、少なくともこんな格好なのだから、相当醜悪な顔でもしているのだろう。
長らく兜をつけたままにしておいたので、井出本人もこのキャラクターの顔など忘れてしまっていた。
いちいち確認の為に、兜を取るのもなんだか馬鹿らしいと感じていたからだ。
そして、またのろのろとした動きで、男は腰あたりにつけた、革で出来たポーチの中をまさぐると、干からびたようなパンと干し肉を取り出し、
兜の面具だけを上げ食べ始めた。
面具を上げて見えた顔はやはり醜悪なモノで、年齢は四十辺りだろうか。
顔は刃傷か何かよくわからないが古傷だらけで、パンを食べようとする口には歯が殆ど無かった。
井出はわざわざこの顔を見て後悔するためだけに、兜を取らなくてよかったと少しホッとした。
「Lamia?」には空腹のステータスが存在する。
体力などはほぼ無いようなモノなのに、何故そこらへんだけは、異様に細かいのか井出には少々不服であったが、現実の自分らも食事をとるし、リアルと言えば聞こえはいいだろうと、勝手に納得していた。
空腹になるとステータスに様々な悪影響も出るし、時には餓死も有り得る為。
普段から井出や大半のプレイヤーは食料を持っている。
食料は他のプレイヤーから物物交換で入手でき、このゲーム唯一のNPCである野生動物を狩ることによって入手できる。
しかし、野生動物を狩るのも楽ではなく、今男が立っているのが森の中だが、野生動物を見つけるためには、もっと深いところまで行かなければ行けなかった。
不親切なことに、森の細かいMAPは存在せず、森の中で一度迷ってしまうと、長い間抜け出せず、下手をすれば餓死してしまったケースも多々ある。
その為、狩りに慣れたプレイヤーが多数集まり、自然と組合が出来ていて、その構成員から食料を交換してもらうのが、この「Lamia?」では一般的だ。
しばらく待っていると男は食事を終え、その場に木を背にして腰を下ろした。
木の幅はとても広く、男姿を後ろから見ればすっぽりと隠すことができた。
そして傍に無造作に置いてあったクロスボウを手にすると、腰の矢袋から一本ボルトを引き抜き、台座の溝にセットすると、クロスボウの先端の金具を足で抑え弦を引き、レバーを押せばいつでも発射できる状態にしてから、それを肩に担いだ。
これから夜のお勤めだと井出はまた缶コーヒーを啜った。
もう残りも少ない。
カフェインの摂り過ぎは良くないと言われるが、
夜はまだ長い。井出はまだ眠たい目をこすって、PCの横に置いておいた缶コーヒーをもう一つ取って、そして、プルタブを捻った。
初めての投稿となりまして 今後もぼちぼち続けていきたいと思っています。読みにくい点などご感想ありましたら、是非よろしくお願いします。