時間逆行装置
僕の人生は後悔だらけ。
いいことなんて数える程。
この前作文に、そう書いたら、職員室に呼ばれた。
「しっかり書きなさい。こんな絶望的な将来の夢の作文がありますか!」
みんなわかってない。
僕の人生は嫌なことの連続だったんだ。裕福な家庭に育ったけど、そんなの関係ない。
人生の質は、そんなことで決められるんじゃない。
授業終了の鐘が鳴る。
僕は足早に教室を出た。制服の波をくぐり抜けて校門にたどり着く。やっと退屈な授業が終わった。塾でやったことばかりなので、刺激がない。
早く帰って、宇宙船を完成させないと。
ハリボテの宇宙船。
それでも、僕にとっては大切な宇宙船。
店が立ち並ぶ坂道を自転車で下った。風が気持ちいい。
まるで、重力がなくなったかのように、すいすい進む。
八百屋の店長が話しかけてきたので、適当に返す。
家についた時には、日は沈んでいた。家の明かりはついていなかった。まあ、いつものことだ。
ポストの中身を確認する。
この前注文した、宇宙ステーション組立キットはまだ届いていなかった。
代わりに、妙なものが入っていた。
数字が書いてあるボタンが9個、そして白黒の画面がついたボールだった。
「なんだこれ」
手にとってみると、結構重たかった。何かの機械だ。
急に画面に文字が浮かび上がった。
何年前に戻りたいですか?
夕日が沈みかけた今でも、はっきりと読むことができた。
僕は少し怖くなった。そして、同時に好奇心も芽生えた。
これはタイムワープの機械なのか。
現実にはあるわけないと思いながらも、興味が沸く。
もともとSF好きの僕にはたまらない。
僕は、恐る恐るボタンに手を伸ばした。
どうなるかはわからない。でも、もし過去を変えられるのなら、僕はやる。
後悔だらけの人生なんて、もう嫌だ。
僕の周りが光に包まれた。眩しくて目を瞑る。同時に、吐き気が襲って来た。
体が流されるように連れていかれる。
僕は意識を失った。
気がつくと、僕はランドセルを背負って歩いていた。小学生の時に通っていた道だ。
洋服屋のショーウインドウで全身を確認すると、やはり縮んでいた。
成功したんだ。
心の底から嬉しさがこみ上げて来た。もう一度やり直すんだ。
ショーウインドウに向かって微笑む。自信たっぷりに見えるな。
僕はさっき、3年前と入力した。本当にその通りになったようだ。
小学5年生が僕の人生の分岐点だった。僕は5年生の時に起きた出来事をきっかけに、人生を諦めたのだった。
商店街を早足で抜け、気に囲まれた薄暗い近道を進んだ。
小さな池を通り過ぎれば僕の家だ。
僕の家は生まれた時からずっと一緒の古い家だ。さっきまでいたのに、家が少し新しくて妙な感じだった。自分も若返ったのだとうきうきした。ずっと心残りだった事を解決する前に3年まえの生活を楽しみたかった。
僕はドアを勢いよく開け、大きな声で「ただいまー!」と叫んだ。奥から母が出てきて、いつもと違う僕の様子に驚いたよう顔をした。
「おかえり」母は最初こそ怪訝な表情を浮かべていたが、やがてにっこりと笑って言った。僕は普段からおとなしい性格だった。母が驚くのも無理はない。
「今日の晩ごはん何?」靴を脱ぎながら母に話しかける。
「ハンバーグよ」
「やったね」それだけ言って僕は自分の部屋に向かって走った。
僕はそれから、小学生の生活を楽しんだ。懐かしい学校に毎日通い、友達と戯れた。3年後には引越ししてしまっていない友人と過去で再会できてうれしかった。簡単すぎる授業も聞いていて面白かったし、他の生徒よりできるという優越感に浸ることもできた。それは少し子供っぽいが。
5年生は秋の遠足に行くことになった。場所は隣の町の小さな山だ。紅葉を見ながら比較的に緩やかな道をウォーキングするのだ。僕は3年前に行ったので場所も知っている。紅葉は確かに綺麗だったが、道が長いので苦労した思い出がある。
一緒に行動する班分けで、僕は高橋七海という女の子と同じグループになった。僕が3年前に恋をしていた女の子だ。告白をし、そして振られた相手。僕が人生を諦めた原因だった。彼女に振られたことで人生から光が奪われた。それからの僕は抜け殻のようになってしまった。それほどまでに彼女を愛していたのだった。
当たり前だが彼女は3年まえと同じロングヘアで、大きな目をしていた。小学生なのに落ち着いた雰囲気で、どこかあどけなさが残っている。彼女はやはり美しかった。
「やあ。同じ班だね」七海に目を合わすことができない僕は少しうつむいて話しかけた。
「よろしく」彼女は微笑んだ。
その一言は僕の顔を赤くさせるのには十分すぎるほどだった。
遠足当日は、澄み渡る青空だった。雲一つない快晴。気温もそれほど高くなく、ウォーキング日和だった。僕たちは大きなバスを貸し切って目的地に向かった。僕の前の席は七海だった。バスガイドが何か話しているが、そんな言葉は僕の耳には入ってこなかった。彼女と友達が話しているのを聞いて、その相手が自分だったらという想像をしていた。
あっという間に目的地の山に到着し、生徒たちがぞろぞろとバスを降りた。
関係者の人に挨拶をして、校長の長い話が終わった。それぞれの班に分かれて歩き出す。
僕の班は最後から2番目にスタートした。
様々なに色づいた葉を見ながら、ゆっくりと歩く。なんと七海は僕の隣だった。
僕は何もしゃべれないまま、山の中腹まで来てしまった。
そんな沈黙を破ったのは七海だった。
「綺麗だね、紅葉」遠慮がちな声だ。まだ僕たちはあまりしゃべったことが無い。
「うん」
「まだ疲れてない?」七海が僕の顔を覗いた。
「大丈夫。僕の家は遠いから慣れてるんだ」そう答えると彼女は笑った。
「私の家も町の端っこよ」
「そうなんだ。大変だよね、遠いと」
「毎日がハイキングよね」
僕も笑い返した。
彼女と家が遠いという話で盛り上がれるなんて。最高の気分だ。
山の山頂まで来たので、全員で昼食を摂ることになった。
この時は班ごとではなく、自由にお弁当を食べることができる。それぞれ自分が一緒に食べたい友達のところに行き、風呂敷を広げた。
七海も友人のグループに入った。
僕は親友とお弁当を食べた。母の手作り弁当はやはりおいしかった。空腹だったお腹が満たされ、僕は上機嫌だった。
手を洗いに、広場の隅の給水所まで行くと、後ろから声をかけられた。
「おい、お前」太い声だった。
いきなりお前と呼ばれ腹が立った僕は振り返った。そこにいたのは同じ班の水谷だった。かなり怒っている様子だ。僕は自分が何かしたか思い返してみたが、彼を怒らせるようなことは何もしていない。
「何?」ぶっきらぼうに言った。
「お前、高橋に気があるだろ」彼の言葉に僕はハッとした。唐突に聞かれたので驚いたのだ。
僕が何も言わないでいると、彼から切り出した。
「高橋に近づくのはもうやめろ。さっきみたいに喋ってみろ、俺がボコボコにしてやる」鋭い目つきで僕をにらんだ。蛇のような目だ。
「君に関係ないだろ。僕はやりたいようにやる」彼の言葉に血が上った僕は挑戦的に言った。
「なんだと?」
「彼女の事が好きだからって嫉妬はやめてくれよ。みっともない」僕がそういうのを聞き終わらない内に水谷は殴りかかってきた。
重いパンチが僕の頬に激突した。一瞬くらっとしたが、すぐに体制を整えて反撃した。僕も拳を彼の頬にぶつけた。
「お前・・・」口から血を流した水谷は素早く立ち上がってまた僕を殴った。僕も殴った。
「彼女は渡さない!」
「僕はずっと後悔してたんだよ!折角チャンスが来たっていうのに、ここで諦めたくない!」
僕が彼を押し倒してつかみかかっていると、同級生が急いで駆け付けて止めた。
久し振りに喧嘩をした。僕の心には清々しい気持ちだけが残っていた。水谷と引き離され、頭を冷やして来いと言われた僕は、岩の上でボーっとしていた。
大きな伸びをすると、歩き出した。
もうすぐ休憩時間が終わる。その前に僕にはやりたいことがあった。
1人で紅葉を見ていた七海に話しかけた。周りには誰もいなかった。
「ちょっといいかな」僕の真剣なまなざしを見て、彼女の顔から笑みが消えた。
「うん」
一陣の風が吹き抜けた。七海の髪が空中に舞う。彼女それを抑えて髪を整えた。
「僕は君が好き」
七海の顔は一瞬時間が止まったみたいだった。
「何年経ってもやっぱり君が好き」思わず口をついて出てきてしまった。彼女には意味が解らないだろう。
しばらく考えて彼女が出した答えはNOだった。
「ごめん・・・」
「わかった。でも、また挑戦する」僕はちょっとだけ笑ってその場を去った。断られた理由は聞かなかった。僕がもっと良い男になればいいだけの話だ。
3年まえの僕はここで諦めてしまっていた。自分の運命から目を背けていたんだ。交通事故でスポーツができなくなった選手みたいに。だけど今の僕は違う。何度でも挑戦するんだ。水谷に奪われる前に彼女を振り向かせるんだ。
もう下山するという指示があり、僕たちは元来た道を歩き出した。
もう一回やり直すのもいいかもしれない。
平然を装って七海に話しかけた。
「今度映画行かない?」
ちょっぴりSFな短編書きました。この話はずいぶん前から構想があったのですが、なかなか描けませんでした。今回、思い切って書いてみました。内容は今まで書いたことが無い感じでした。人生を諦めていた中学生が過去に戻り、光を取り戻すという話です。いつもはホラーばっかりなのでこういう清々しい話も良いなと思いました。
感想、アドバイスお待ちしています。
ではでは。