工程その1 歓迎?
――星蘭学園
この学園は世界の科学技術を結集して作られた空に浮かぶ学園。直径はおよそ20km、これ程に大きな質量を持つ学園が東京湾上空に浮遊しているのだ。反重力機関の力で無理矢理浮かび上がらせているとは言え非常に理想的な方法だった。
そしてこの星蘭学園は【欠片】と【使徒】と呼ばれる人知を超えた存在とも言える敵と戦うことが出来る〈体現者〉達が集められる場所だった。
星爛学園特別対策室・・・・・・そこは能力を持った人間〈体現者〉と呼ばれる能力者達を育成する世界各国の機関の代表達が集まり活動方針を決定する場であり、そして現在1人の〈体現者〉の対応を協議するため集まっていた。。
代表者達の手元にはその〈体現者〉に関する資料が渡されていた。
【対象の能力について】
・・・・・・恐るべき偉業を成し遂げた彼単体の能力はかの【依存無き女神】と呼ばれた〈体現者〉に匹敵もしくは凌駕するものと考えられる。現段階で【使徒】を単独で破壊できると確認できたのはこの2名・・・。しかし【依存無き女神】が脱退した現在彼だけが唯一単独で使徒を破壊できる〈体現者〉である・・・・・・。
【現撃破数】
現在、我々が確認できているだけで五体の【使徒】が破壊できている。第1第2使徒は【依存無き女神】により破壊。第3第4使徒は4名の〈体現者〉により破壊・・・第5使徒ゼラキエルは対象である少年が破壊・・・【依存無き女神】の補助も確認されているが重要なのは少年が一撃で魔石を破壊した事実だ・・・少年の能力の強化によりさらなる【使徒】破壊が期待される。
【監視委員監察官の報告】
特別な条件下で生活しているものの少年は〈体現者〉でその事以外は特に目立った経歴はない、かの【依存無き女神】による戦闘訓練は幾度となく確認されているが能力強化訓練は見られない。よって対使徒殲滅において少年の即時学園への入校を申請・・・保護者である彼女に妨害される可能性は否めないが少年の力は我々人間にとって希望となりまた犯罪者となった〈体現者〉にとっても脅威となるため政治的介入も許可する者とする。
【対象の能力反動】
・・・・・・ここに至るまでの観察の結果、彼の能力反動は彼の・・・・・・で・・・・・・な・・・・・・のす事だ。能力反動の間はほぼ戦闘不可と言っても良いだろう、補助として1人もしくは複数の〈体現者〉を組ませることが望ましい。
「この資料の通り、少年の力は未だ未知数です。この星蘭学園で監視と能力の強化を決行した方が今後問題になりにくいかと・・・」
司会役の男性が資料を読み終え、各国の代表者に声を掛ける。
「我々は学園長の指示に従う、現時点でこの少年に怪しまれずに対処するにはこれしか方法がないだろう」
「だが・・・あの女が介入がしてくる可能性は?」
「場合によってはあり得ると思われます」
代表達はそれぞれ口を閉ざす、いくら世界機関の代表といえど【依存無き女神】と恐れられる〈体現者〉を敵に回したくはなかった。それ程に対象である少年の対応は難しいものだった。
対策室の思い空気を払うように1人の女性が声を上げる。
「彼女に関しては心配なさらないで下さい・・・私が対応しますので」
「・・・学園長」
「とりあえず賛成多数と言うことでよろしいですね?」
学園長と呼ばれた女性の言葉に代表者達は黙って頷く。
「では、早速テストの準備を・・・」
「はい」
学園長の指示に従い司会役の男は静かに部屋を出ていた、それについて行くように各国の代表者達も部屋を後にした。・・・・・・残ったのは『学園長』と呼ばれた女性だけだった。
「・・・これで、良いのよね・・・歩美」
女性は小さく呟く、疲れた声だけが部屋に響いた・・・・・・。
「はあ・・・・・・ここがそうなんだな」
晴天の空の下で少年は星爛学園の校門の前でそう呟いた。
意味深げに呟いてみたもののこの学園の事は詳しくと言うか殆ど知らないのだ。それもそのはず・・・昨日まで通っていた地元の高校から急遽この学園に転入することになったのだ。
転入することになったのだが・・・地元の高校に通っていたと言っても一ヶ月ほどの期間で親しい友人を作るまもなくここに来たので殆ど『入学』と言っても良いかもしれない、なのでこの学園のことを知らなくても何の問題もないのだが・・・・・・。
「・・・・・・実際に来てみると緊張する」
少年は学園の校門をくぐり学園の敷地内に足を踏み入れたのだった。
「今日からここの生徒になるのか・・・・・・気合いを入れていかないとな。何せここは・・・っと、やっぱ揺れてるなー・・・早く慣れなきゃ」
少年がため息混じりに小言を呟いていると学園内からチャイムの音が鳴った。
「まずい!! 早く職員室に行かないと」
少年は学園の玄関口へと走り校内へと入った、なにせこの星蘭学園は空中都市ならぬ空中学園なのだ。東京湾嬢数百メートルに浮いているため常時的に微かにだが揺れている、ここの生活に慣れれば気にならなくなると聞かされてはいるがそれでも不安は拭いきれない。
「中に入ったは良いけど・・・・・・静かだな、やっぱりさっきのチャイムは授業が始るやつだったんだな」
少年は見慣れない廊下を歩いた、物音がないため少年が廊下を歩く音が大きく感じた。教室と思われる部屋にも教師や生徒達の姿はなかった。
「・・・・・・もしかして迷ったかな」
少年は高校1年にもなって迷子になるのだけは避けたかった。
「この学園広すぎるぞ、案内板とか無いのか?」
少年は辺りを見回すがそれらしいモノは無い、来た道を戻ってみようと思った時遠くで何かが聞こえた。
「?」
少年は瞼を閉じ精神を集中し音を拾おうと聴覚に神経を注ぐ・・・・・・すると何度か爆発音のようなモノを聞き取ることができた。
「・・・こっちからか?」
少年は音がするであろう方角へと走った、廊下には少年の走る音しか響いていなかったが次第に目的地が近いのか爆発音と男女の叫び声が聞こえてきた。
「・・・・・特別技能棟?」
少年が技能棟の扉の前に到着すると同時に爆発音は消え扉の向こうから聞こえていた叫び声も小さくなっていた、少年は中の様子を伺うため扉を少し開いた。
中には自分にも渡された同じ制服を身に纏っていた男女達が床に座っている者や立上がって何かしゃっべっている者もいた、ここの生徒達だろう。扉の隙間から視線を動かしてみると教師と思われる人物もいる。
「いいかね、君たちが相手にするのは『欠片』だけでなく同じ能力者をも相手にしなければならない場合もある。今のような対能力者の訓練も行うのが二学年の主な授業内容だ」
縁の眼鏡を掛けた背の高い人物、背が高いだけでなく体つきも屈強でいかにも強うそうな印象を受けるが眼が細目のためかあまり威圧感は感じなかった。
「対能力者の場合には必ず自分の反動現象に対応できるよう常に準備しておくこと、このことに関しては言うまでもなく皆ちゃんと覚えていると思うが先月入学したばかりの新人生とチームを組み指示する立場になると言うことを理解して授業を受けるように」
教師の言葉を心にいい聞かせるように生徒全員が一斉に返事をした、この光景を見る限りでは授業と言うよりはまるで軍隊の訓練だった。
「・・・・・・シスターの言ってたとおりなんか大変かも」
そう、ここは能力を持ってしまった人間が入学しその能力でアレと戦い破壊する術を学ぶ場所。
少年は静かにその場を離れた、職員室の場所を聞こうにもこの様子だととてもではないが入れる雰囲気ではない。
「来た道を戻ろう」
少年は小さくため息をつく、その様子をみていたモノがあった。少年は気付いてはいないようだがこの学園の敷地内に入ってからずっと行動を監視されていた。
天上のタイルの一角から小さなカメラが少年の背中をモニターに映していた。
「この少年か?」
モニターの前には数人の教師がその映像を見ていた。
「手元の写真と資料・・・どちらも一致している」
「そうか・・・・・・では生徒会風紀部の生徒に連絡を、テストを開始する」
一人の教師がモニターの横にある小さなボタンを押しマイクに話し掛ける。
『風紀部生徒の皆に通達、一般人が進入これを速やかに排除。抵抗するようなら能力の使用も許可、身長と服装から高校生と思われる・・・少年は現在【N棟】に侵入し5階へと階を進めている、すでに生徒の待避は完了している』
生徒会室にスピーカーを通して部屋中に声が響き渡。
「・・・・・・今月で何回目でしょうか?」
生徒会室にいたのは優しげで綺麗な顔立ちに長身細身のシルエット。背中をこえて伸びる黒髪の長髪は絹糸のようにさらりと流れ手に持っている参考書を見つめる深緑の双眸もまた優しげだった。
「今いるのは私だけ・・・・・・仕方ないですね」
少女は小さくため息を吐き参考書を閉じ立上がる、右腕には生徒会での役職を示す腕章が付けられた。
『星爛学園第七十一代目 生徒会長能登春奈』と・・・・・・。
・・・・・・少年はまだ迷っていた。一度玄関口から出て別の学園棟に入ったのだがここでも案内板らしきモノはなく職員室への道のりは未だ分からず・・・・・・。
「ど・・・どうしたら、職員室に行けるんだ」
弱冠涙目になってきたが、まだ視界は良好。とにかくもうそろそろ授業も終わるだろうからすぐに職員室の場所を聞くことにしよう。
「しかし・・・・・・」
少年は辺りを見回す、この棟も授業中のためなのか教室には生徒達の姿は無かった。
「何で誰とも会わないんだろう、いくら授業中でも一人くらいはいてもおかしくないと思うんだけどな・・・」
少年は腕を組みながら先へと進もうとしたとき足下に違和感を感じた。
「・・・・・・?」
少年はもう一度歩こうと右足をふみだした・・・のだがあるべき感触が伝わってこなかった。
「えっと―」
少年はゆっくりと下を向いた、視界に映るのは廊下でそこに異常はなかった。異常があったのはむしろ・・・
「あなたが浮いていらっしゃるんですよ、侵入者さん」
「!」
侵入者呼ばわれされる覚えはないのだが少年は安定間がない姿勢で顔だけを横に回し何とか自分に「何か」をした人物を視界の端で捉えた。右腕には腕章を付けているようだ。
「これはあんたの仕業か!」
「そうです。私の能力は『重力遮断』といって体感なされているとおり物質であれば何でも自由に浮かせることができる能力でですね、思い荷物を持つときなどはとても助かるんですよ! でもこの能力は視界に頼る能力なので便利なのですが弱点も多いと言えば多いんです」
優しい言葉遣いで自分の能力を丁寧に答えている。
(あれ? 能力のことはあまり他人に話しちゃいけないんじゃ・・・・・・しかも日常的活用法から欠点までまで喋ってくれてるし、大丈夫なのかこの人?)
少年は苦笑いをしながら話しかける、このままの体勢でいるのは少し落ち着かない。
「と、とりあえず下ろしてくれないか? このままだと歩けないし」
「それはできませんね」
少女はニコッと微笑みながらも少年の申し出を即答で断った。
「なんでさ!?」
「これからあなたを警備員の方に引き渡しをしてあるべき機関で処罰を受けてもらいます、未成年ですので軽い罰ですむと思いますから安心して下さいね」
「そうですか、なら安心・・・って処罰! いやいや、俺何もしていなから!?」
少年は空中でもがいてみるがやはり無駄なあがきだ言葉通り手も足も出ない。
「ではこのまま警備員室にお連れしますね」
「ちょっ、ちょっと俺は今日からこの学園に――」
少年はふいに脳裏に浮かんだ言葉で喋るのをやめた。
(そういえばシスターが言ってたっけ……)
『入学時には能力の試験もあるらしいから能力の使用限界はのばしておくのよ、試験の形式はたしか在校生の代表者との模擬戦だったと思うから・・・・・・』
―――在校生の代表との模擬戦、これがそうなのだろうか?
少年は目の前にいる少女の腕章をもう一度みた。
『第七十一代目生徒会長』と記されていた。
(やっぱりか! 名前はわかんないけど代表者だなどう考えても…でもそう言う事なら)
つまり自分を侵入者に見立てて模擬戦をする、しかしこうもいきなり始めるとはさすがは能力者育成機関やることが普通ではなかった。
「どうかしました?」
春菜は急に黙ってしまった少年に声を掛ける。
「そんなに怖がらなくても大丈夫ですからね。それじゃ―」
「先手必勝!!」
少年は右手を頭上に掲げ意識を集中させる。
「近接武器構築!! 打刀『打鉄』」
その声と共に右手は淡い光に包まれその手には抜き身の日本刀が握られていた、その刀身は窓からはいる太陽のは光を反射しその鋭さを輝きで表しているようだった。
少年は『打鉄』を天井へと突き刺した。
(干渉構築!!)
今度は天井から『打鉄』と同じ刀身の刃が春奈の視界を塞ぐように壁として構築された、自分から視界に頼る能力だと言ってくれておかげで能力はだいたい理解した……つまり春奈の視界を自分から遮断してしまえばこの『重力遮断』の支配下から解放されるはずだ。
「構築能力者ですか、と言う事は……一般侵入者ではなく敵対能力者ですね。」
春奈の声が沈んだ、丁寧な口調こそ代わりはしないものの先程までのように優しく暖かな印象を受けた声ではなく明らかに今目の前にいるであろう少年を『敵』として認識したのだろう。
春奈は教室の扉をゆっくりと開き教室の中に入った。刃の壁で遮られていた反対側の通路をその深緑の双眸で見詰めたがそこにはもう少年の姿は無かった。
「……逃がしませんからね」
春奈は教室に設置してある内線子機を手に取りある場所へと電話をかけた。
「もしもし、こちら生徒会長の能登春奈です。緊急事態です、全学園棟に緊急放送をお願いしたいのですが……」
その頃春奈から逃げた少年は全速力で校内を下へ下へと走っていた。少年は時折背後を見るが重力を操る少女、春菜が追ってくる様子はなかった。
「・・・おかしいな? 追ってこないぞ、試験じゃないのかこれ?」
少年は疑問を溢すもその疑問に答えてくれる人物は側にいない、その疑問に答えてくれたのは教室や廊下に取り付けられているスピーカーだった。
『・・・緊急放送です、職員生徒の方々に伝達事項・・・』
さっき廊下で会った生徒会長の声だった。その声は先程と違い冷たさを感じる者だった。
「スピーカーで放送してるからか?」
少年は放送に耳を傾ける、もしかしたら試験場所が変更になったのかもしれない。
『こちら生徒会長の能登春菜です、緊急事態です。この星蘭学園に侵入者です』
「侵入者? この能力者が集まる学園に許可無く入ってくるなんて命知らずな奴だな」
『侵入者を見つけ次第、能力の行使を許可します。侵入者は男性で特徴は上下黒のスポーツウェアに銀髪に深紫の瞳で身長は160cm以上170cm以下です』
「ん?」
少年は足を止める、春菜が言っているのは侵入者の特徴はある人物に酷似していた。少年は自分の姿を確認して見る。
髪は銀髪で瞳は深い紫・・・・・・子供の頃から他の人とは違う外見にずれを感じていてた。おそらく外国人の血が混ざっているのだろうと思ったいたが・・・・・・。
「やっぱり、印象に残りやすいんだな」
『能力は構築系、主に刀剣の類を使用するようです。なおこの放送は侵入者の耳にも入っているので無理だと感じたらすぐに撤退して下さい。侵入者の現在位置は【N棟】戦闘科の10階です』
「なるほどここは通うことになる学科の所か・・・って!!」
放送で呼び掛けられている侵入者はハッキリ言って自分だった、学園の担当者に今日来るように言われたのだが・・・何故こんな事態になったのだろう。
「とととりあえず、誰かに見つかる前に職員室へ・・・」
少年は再び職員室へ向かうことにした、早く行かなければ命の保証は無いと言っても良いだろう。闘うことは出来るが明らかに人数が違いすぎるし何より自分はシスターから闘いを制限されている、それに加え能力の反動が来てしまったら・・・・・・。
少年は顔を青くした。
(恥ずかしくて・・・・・・戦えなくなるぞ!)
少年は階段を下りようとした時背後から声が上がった。
「いたぞ!! こいつだ」
「逃がすなよ! 捕まえれば褒美が出るって話だ!!」
(ついさっきの話なのに何か脚色されてませんか!?)
放送の内容に褒美を出すなどと一言も言っていなかった、限りなく短い時間で生徒達に都合の言いよいうに話がねじ曲がってしまっていた。
「おとなしくしてろ・・・よっ!」
男子学生の一人が手を振りかざす、その手には小さな火の玉が姿を現す。学生はその火球を何の躊躇いもなく少年に投げつける。
「ちょっ! いきなりかよ!!」
少年は階段を飛び降りすぐ横に転がり火球を避ける、火球が直撃した壁は火球と同じサイズの焼け跡を残した。
「何してんだ! 当たったら火傷じゃ済まないぞ!?」
「侵入者がごちゃごちゃ言ってんじゃねえ!」
「次は俺だ!」
もう一人の男子生徒も能力を使おうとしている、今度は氷の固まりが出来ている。大きさはさっきの火球と同じくらいだろうが・・・こうしてみると魔法使いみたいに思えてくる。
落ち着いて話を聞いてもらおうとしても相手はすでに戦闘態勢・・・聞く耳は持っていないだろう。
「・・・付き合ってられるか!?」
少年は一気に階段を駆け下り下の階の廊下に出る、いくら能力者といえど狭い室内では人的被害が出るだろう。そうなればおいそれと能力は使えないと思ったが少年の考えは甘かった。
「いたわよ!!」
「待って! 応援を呼んでくるから!」
能力を使われなくても人数で押し切られてはどうしよいもない、少年が降りた下の階にはすでに十数人の生徒達が集まっていた。下の階に降りようにもすでに数人の生徒によって階段がふさがれていた。
「くっ! 近接武器構築『ダガー』三本、続いて『鎖鎌』を連続構築」
少年はナイフを校舎の窓に投げつけガラスを割り躊躇いもなく窓から飛び降りる。
「おい、ここ6階だぞ!!」
廊下に響き渡る声を無視して少年は鎖鎌を飛び出した窓枠に向かって投げつける、投擲された鎌の刃は窓枠に引っかかり少年の落下速度が遅くなる。少年は握っている鎖の部分を流れるように滑り落ちなんの苦もなく地面に着地する。
「このままじゃ埒がない・・・学園の外にでてもう一回確認しないと!」
少年はなおも上の階で自分を見下ろしている生徒達を一瞥した後学園の出口へと向かったのだった。
「さすがに生徒会長の追撃から逃げるだけのことはあるな」
「俺達には手に負えないな」
「生徒会の人たちに任せましょう」
生徒達は走り去る少年の背中を見送るしかなかった。
少年は危険を回避できたと思ったがそれも一時的なものでしかなかった、外に出たら出たで生徒達に狙われた、火や水それに雷や人形を操って攻撃してきたり動物に指示を出し襲ってくる能力を持った者もいた・・・ハッキリ言って珍しいもの見ていて新鮮だった。命の危険があると言うことを忘れ様々な能力を見ることができ楽しくもあった。
「いやー、能力って結構種類あるんだな。知らないのもあるのもんだ」
少年は息を切らしながらも微笑んでいた、ここで送る学園生活は意外と楽しいものになるかもしれないと思えた。
「でも・・・あの生徒会長さん程能力を使いこなしてるワケじゃないみたいだな」
自分の能力を使わなくても注意していれば避けられた、あの学園棟に1年生の教室が集まっていてくれて助かった。これが上の学年では能力を使いながら逃げ続けることになっただろう。
そんな調子で隠れてやり過ごしたり自分目がけて放たれる攻撃を避けたりと何度かこの手順を繰り返しやっと出口が見える位置まで逃げることが出来た。
「ハアハア・・・やっと出口だ、後・・・少しで出られる」
少年は息を切らし出口となる校門へと向かう、やっとこのおかしな状況から解放されると思った時背後から声が聞こえた。
「残念ながら、そうはいかないわ」
背後からの、凛とした声に冷たい汗が滴り落ちるのを感じた、走って汗を掻いたからではなく明確な敵意が感じられたからである。
少年はゆっくりと振り返る、その先には自分と同じ年頃の少女・・・声の様子から想像したとおり気品があるその姿、気の強さを表すかのような真っ赤な長髪を束ね大きく印象的な瞳は神秘的な深みを帯びた鳶色に輝いていて、その端正な顔立ちと制服に似合っていた。こういう状況ではあったが思わず見とれてしまいそうになる。
だが、今まで周囲をうろついていた生徒達とは明らかに雰囲気が違った。そしてなにより右腕には生徒会長と同じ腕章が付いていた。
腕章には『庶務』と書かれていた。
「庶務?」
「まったく今月で五回目よ、いい加減うんざりね」
鋭い視線が突き刺さる。
「いや、俺は侵入者じゃなくて・・・」
学園からの手紙に書いてあったように今日来ただけなのだが・・・・・・。
「悪いけど、会長から逃げ切ったのは知っているわ。手加減しないから覚悟なさい!」
(・・・・・・問答無用だな、この学園の奴らは)
少年は目の前にいる少女に背を向け駆出そうと足に力を込めようとしたが、突然激しい目眩に襲われたまらず膝をついた。
「ぐっ・・・なんだ、耳・・・鳴り? 何の・・・・・・」
少年はアスファルトの上で小さく動いている小石に眼を向ける。
「そうか・・・振動、・・・・・・音を操る能力・・・か!」
「ご名答」
庶務の腕章をつける少女は勝利を確信した余裕からか、笑みを浮かべる。端正な顔立ちが逆に、その笑みを悪魔じみたものにさせているように感じた。
「これであなたは動くことができない、言っておくけど手を叩いて出るような音では私の能力の阻害にも為らないわ!!」
「なら・・・・・・これならどうだよ!」
少年は両手をアスファルトに叩きつける。
(近接武器構築『ブレード』!!)
少年の背後に西洋の剣の刀身部分が構築される、構築されたブレードは二本・・・互いをぶつけ合う形で構築される。
ガアアァァン!!
構築されたブレードは大きな音を立てて粉々になった、構築された刀身はまるで砲台で打ち出されたような速度でぶつかり合い少女の音の呪縛から少年を解き放つ。
「なっ!」
「これなら通用するだろう」
少年は少女が驚いている隙に校門へと駆出す。少女はもう一度、音による拘束を試みるがまた同じ方法で阻害される。
「くっ! 構築能力をこんな形で使うなんて!? でも、これだけじゃないのよ!」
少女の鳶色の瞳が細くなる、その瞳が見つめる先には少年の姿があった。
(なんだ! 何かわからないがやばい!?)
少年は背筋に寒気を感じた、先ほどとは比べものにならない程の何かをしようとしている事を見て本能的に悟とる。咄嗟に地面に手を触れる、間に合えばいいが・・・・・・。
「『ブレード』、拡大構築!!」
声と共に少年を隠すようにブレードが構築される、少年は何が起きても良いように体勢を整える。それ同時に構築した剣の盾に何かがぶつかり大きな金属音を響かせる、構築したブレードはぶつけられた何かに耐えきれず丁度半分の辺りから亀裂が入りそのまま砕ける・・・砕けた刀身はずり落ちるようにアスファルトの上を転がる。
「・・・マジか、これを折るなんて」
少年は息を飲む。急いでいたとは言えかなりの強度で構築した剣の盾が折れた事にも驚いたが本当に驚いていたのは剣で防いだ部分以外・・・つまり自分がいる場所以外が大きくえぐれていたことだった。
「嘘でしょ・・・今のを耐えるなんて」
少女もまた少年が無傷でいた事に驚いたがそれよりも驚くべき事は今放った技は石壁程度は粉々にできるだけの威力を持つ特殊な音波による純粋物理攻撃『エア・ヴェイブ』・・・眼に見えないはずの攻撃を予測し防ぎきるとは普通では出来ない。
「あなた・・・一体!?」
少女は戸惑い動けないでいたが、今の衝突の音を聞きつけた生徒達が一斉に集まってくる、その中にはめのまえにいる少女と同じ腕章を付けた生徒も含まれたいた。
『副会長』 『書記』 『会計』
・・・・・・これで生徒会の役員全員と会ったことになる。
『庶務』の腕章を付けた少女は他の役員や生徒達に注意を促す。
「先輩方、油断しないで下さい。私の『エア・ヴェイブ』を防ぎきりました」
遠巻きに少年を囲む大量の生徒達。その中から腕章を付けた生徒達が姿を表す、腕章を付けた生徒達は全員が別格の能力者のようだ。
彼らが身に纏う空気は他の生徒達とは明らかに違った。
「すげえな、こいつ・・・会長から逃げ切ったと思ったら今度はシャルマンの音波攻撃くらって無傷とは!」
竹刀袋を手にした『副会長』の腕章を付けた中肉中背の男子、特徴と言えば細目で金髪と言ったところだろうが・・・にこやかに笑いかけてくるが隙がない。
「今回の侵入者はどうやらかなりの手練れのようですね、油断なりません・・・・・・全員で掛かった方がよろしいかと」
『書記』の腕章を付けた少し背が低めの女子生徒、ずれる眼鏡をかけ直しこちらをジッと見ている。見たところ武器の類は持っていないが何故か両手に手袋をしている、手袋には『取り外し厳禁』と赤い字で書かれていた。
「・・・・・・どうでも良いが仕事が残っている、はやく終わらせるぞ」
『会計』の腕章を付けた男子生徒・・・身長が自分より高い、今までで一番特徴的だと思える・・・着ている制服がハッキリ言って変だった。制服と言うより防護服を思わせるような重い素材で出来ているようだ。
どの生徒も動きに堅さがない・・・かなり闘い慣れしているようだ。
「・・・こりゃ、少しばかり不利だなー」
少年の頬に汗が流れる・・・周りは大量の生徒に逃げ道を塞がれ前後左右は腕章を付けた生徒に囲まれている。
(全力ならともかく相手は人間だし・・・それにシスターにも全力で闘うなって釘刺されてるし、どーすっかな?)
少年は静かに立上がる、この不利な状況でも勝つもしくは逃げる方法を探している。
「おお! こいつ、まだ逃げられるつもりでいるぜ。たいしたもんだな。なあ菜々美!」
「油断はしないで下さいと言ったはずですよ、空斗」
左右の2人が静かに歩み寄ってくる、空斗と呼ばれた『副会長』は竹刀袋から日本刀を取り出す。鞘から抜かれた刀はまぎれもなく本物だった。一方で菜々美と呼ばれた『書記』職の生徒は『取り外し厳禁』の手袋を外していた。
「まあ、やり合えばわかる・・・さっ!」
空斗は何の迷いもなく脳天目がけて振り下ろされる、速度は大した速さではない・・・簡単に受け止められる。
少年は『打鉄』を構築し空斗の日本刀を受け止める、その瞬間膝が沈む。
(何だ? すげえ重い!?)
空斗の体つきではあり得ない攻撃の重さ。まるでベンチプレスで300kgをいきなり落とされたような威力・・・受け止めはしたものの膝が沈んだ、衝撃もかなりのもので逃がしきれなかったのか足下のアスファルトにヒビが入っている。
「どうだ、かなり重いだろ?」
「・・・そうでもない・・・ぜ!」
少年は空斗の刀を弾き返す、その直後今度は左から来ていた菜々美の攻撃を仕掛けてきていた。武器は持っておらず素手で向かってくる、見た目には何もなくても何かしらの能力が発動しているはず・・・無闇に受けるのは危険だった。
少年はギリギリで菜々美の攻撃を回避する。
「良い判断ですね、私があなたに触れれば決着がついていました」
「そりゃどうも」
触れればその時点で負けというのはかなりまずい能力のようだ、この2人の能力は今のやり取りでいくつか思い浮かぶが決定的ではないし何より情報が少ない・・・1対1でなら能力の解析も出来るだろうが1体4では分が悪い。
わかっているのはシャルマンと呼ばれた『庶務』職の少女と春菜という『生徒会長』の能力だけだ。
「冷静に能力の分析を計るか・・・かなりの手練れだな」
「!」
少年の背後に長身の『会計』職の拳を振り下ろしていた、少年は咄嗟に『打鉄』逆刃で軌道を変えようと振り下ろされる腕に『打鉄』を叩き込むがすり抜けてしまう。少年は突然のことで驚いたが咄嗟に首だけを左に傾け振り下ろされた拳を交わす、左に流れる身体の動きに合わせて『打鉄』を振り上げる・・・しかしその攻撃もすり抜けてしまう。
少年は長身の男子生徒から飛び退き距離を取るも少年の動きに合わせて他の役員生徒も囲むように移動する。
「今のは・・・透過能力?」
「そうだ、他の者とは違いわかりやすいだろう」
確かに言うとおりだが物理攻撃をする能力者にとっては厄介な能力としか言えない。こちらの攻撃は避ける必要はない、しかもあちらの攻撃は能力をオフにすることで当てることが出来る・・・これでは一方的にやられてしまう。
「銀条の近接に対応できるとは・・・今ので決まったと思ったんだけどな」
「これは時間が掛かりそうですね」
「次で決めればいいだけの話だ・・・援護しろ、シャルマン」
「わかりました」
今度は4人同時で攻めてくるようだ、さすがに厳しい状況だった。空斗の能力のせいなのか『打鉄』が妙に重い、武器が重くなっているのか力が入らないのかどちらかわからない。
それ以前に学園の生徒達から逃げていたため体力的にかなり追い詰められている、今ここで攻められたらさすがに防ぎきれない・・・・・・しかも4人の内、空斗と銀条という男子生徒を除けばほぼ一撃で勝負を決すると考えた方が良い。
(・・・ダメージ覚悟で、出口に向かうか? それとも・・・)
少年は『打鉄』を持っていない右手に視線を移す、切り札となる力は確かにあるが・・・人間相手に使う物ではない、使えば間違いなく怪我人か死人・・・どちらか必ず出る。
(やっぱだめだな・・・ここは逃げの一手だ)
少年は『打鉄』を足下に突き刺し攻撃に備える。
4人もそれぞれの間合いに入り足を止める、辺り一帯の空気が張り詰める。周りにいる生徒達も全員が息を飲む。誰もが長い膠着状態になると思っていたが終りはすぐに来た。
少年の頬から顎に汗が流れる・・・・・・その汗が雫となりアスファルトに落ちる、その瞬間5人が眼を見開く。全員が能力を使用とした時その場に透き通るような声が響き渡る。
「はい、そこまで!!」
少年達は動きを止め周りの生徒達も声の主である女性に視線を集める。
「「「「学園長!!」」」」
役員一同が一斉に姿勢を正し、学園長と呼んだ女性に向きを変える。どうやらこの学園の責任者が姿を現したようだ。ずいぶんと若く見えるがこの学園で一番の権力者のようだ。 しかし、若いとは言え肩書きに負けない風格を備えているように思えた。
「そこの彼のことは情報の伝達ミスです、彼はここの生徒になるの」
その言葉に少年と学園長と呼ばれた女性以外の全員が驚いていた。
「ごめんなさい、あなたのことは歩美さんから聞いているわ。ちょっとした手違いがあってね・・・・・・生徒達も悪気があってあなたを狙ったワケじゃないの」
「別に・・・気にしてないですよ」
少年は『打鉄』をアスファルトに突き刺しその場に座り込む、正直なところ止めてくれなければまずかった。普段から鍛えてはいるがこう緊張状態が続けば疲労はかなり大きい。
「生徒の皆さん、お騒がせしました。これより通常授業を行うので教室に戻って下さい」
学園長の一声で集まっていた生徒達はすぐに校舎に戻っていった、まるで潮が引くかのようにこの場には役員と学園長しか残らなかった。
「学園長」
赤い髪の少女が学園長に話し掛ける、その表情は不満ありと言った様子だった。
「本当にこの学園の生徒なんですか? この学園は政府の機関です、情報伝達の不備があるとは・・・・・・」
「ではそれも学園長室で説明しましょう、他にはあるかしらソフィア?」
「いえ・・・・・・」
他にもあると言いたげだったがソフィアと呼ばれ少女はあっさりと引き下がる。
「他のみんなはついてくる?」
「いえ、俺達は会長を探しに行ってそのまま教室に戻りますよ」
「そう、ご苦労様」
空斗達は身なりを整え校舎に向かった。残ったのは少年とソフィアに学園長だけだった。
「では、こちらへ」
「わかりました」
少年とソフィアははおとなしく学園長の後についていく。
「あっ! そうだったわ」
学園長は手をたたき少年達に振り返る。
「何ですか?」
「まだ自己紹介してなかったわね、私はここの学園長を勤めています。セフィア・シャルマンです・・・ソフィアの母でもあります」
「お母さん!?」
少年は隣でこちらを睨み付けている少女を見る。
「なにかしら?」
確かにこうやってみると似ている、髪の色も同じだし顔立ちも親と子だけあって似ている、違うのは瞳の色ぐらいだろうか・・・セフィアの瞳は吸い込まれるような蒼色だった。
「いや・・・何でも」
これ以上見ていると殺されそうな勢いだった。
「あなたの名前は?」
「はい、俺は導。道端導って言います」
「導君ね、よろしく」
導は差し出された手を握り返す、隣ではソフィアが「おかしな名前」と小さく呟いているが聞かなかったことにしよう。
セフィアは苦笑いしている導に微笑みながら・・・・・・
「ようこそ、星蘭学園に!」
この瞬間から導の高校生もとい〈体現者〉としての日々が始ったのだった。
そうさく村に参加させていただきました、三月弥生です。個人で出している作品を優先気味になるかもしれませんが出来るだけ早く投稿できるよう頑張ります! 感想、評価たくさんお持ちしてますね