毒を盛ったと婚約破棄された私を救ってくれた十三歳の少年は、未来の夫でした
※本作は単独でお読みいただけます。
王宮の大広間。王太子エドガーの声が響く。
「キャリアーナ・ルーヴェルト!貴様との婚約を破棄する!」
ざわり、と空気が揺れる。
だがキャリアーナは、瞬きひとつしなかった。
……やっぱり。
そんな声が聞こえてきそうな空気だった。
数日前。
茶会の席で、エドガーが突然倒れた。
苦しげに喉を押さえ、呼吸を乱し、蒼白になって崩れ落ちた王太子。
その直前、彼へ茶を淹れていたのがキャリアーナだった。
しかも彼女は、黒髪。
古くから“凶兆”と囁かれる、不吉の色。
そして、
笑わない。
感情を大きく表へ出さないその姿は、社交界でしばしば「冷たい」「薄気味悪い」と噂されていた。
「貴様は私に毒を盛った!」
エドガーの怒声が落ちる。
「……そのようなことはしておりません」
キャリアーナは迷いなく答えた。
だが、その落ち着きすら周囲には冷淡に映る。
「まだ言い逃れをするか!」
「証拠もございます!」
取り巻きの貴族令息が声を上げる。
「殿下が口にしたのは、キャリアーナ嬢の淹れた茶のみ!」
「黒髪の女など、やはり――」
ひそひそと、囁きが広がる。
キャリアーナは、ゆっくり瞼を伏せた。
否定しても、無駄だ。
この空気は、もう決まっている。
誰も、事実を見ていない。
「……っ」
その時だった。
広間の端。
壁際に立っていた少年が、小さく息を呑む。
淡いクリーム色の髪。
琥珀色の瞳。
歳の頃は十三ほど。
まだ背も低く、正装すら着られているように見える年頃の彼――セシル・アークライトは、ぎゅっと拳を握っていた。
喉が、詰まる。
言わなければ。
違うと。
「セシル様……?」
隣の従者が戸惑ったように小声を漏らす。
セシルは唇を開いた。
だが。
「っ……」
声が、出ない。
大勢の視線。
王族の威圧。
張り詰めた空気。
胸の奥が強く締めつけられる。
キャリアーナは、何もしていない。
分かっているのに。
指先だけが、冷えていく。
その時。
――ゴゴッ……!
大広間の壁の一角から、突然鈍い音が響いた。
隠し扉が、開く。
春の空気を切り裂くように、吹雪混じりの冷気が広間へ流れ込んだ。
「父上! この実験はひどいです!
俺、正直死にかけましたよ!」
声と共に現れたのは、灰色の髪に雪を被った青年だった。
腕を組み、ぶるりと震える。
あまりにも場違いな登場に、会場が沈黙した。
青年は、ふと周囲を見渡した。
目が、大きく見開かれる。
「……そうか。
ここが、話に聞いていた過去か……」
ポツリと呟く。
貴族たちの間に、動揺が広がる。
キャリアーナもまた、呆然としたまま動けなかった。
青年の目が、ひとりの少年を捉えた。
周囲より頭ひとつ低い、クリーム色の髪の少年。
青年は、ゆっくりと歩み寄った。
「……父上」
その呼び方に、セシルが目を見開く。
青年は、穏やかな――自分と同じ琥珀色の瞳で彼を見つめた。
「母上を、助けたいんですよね?」
「……!」
「言いたいこと、あるんでしょう?」
セシルが、止まった。
――今なら。
声を、出せる。
セシルの顔が、意を決したように壇上へ向く。
王太子エドガーを、迷いなく見据えた。
「……殿下」
澄んだ声が、大広間へ落ちた。
ざわりと空気が揺れる。
エドガーが眉を寄せる。
「キャリアーナ嬢は、毒など盛っていません」
「なっ――
何を根拠に!」
取り巻きが声を荒げる。
セシルは答えた。
「僕も、あの茶会に同席していました。
王宮で使用される保存薬品の研究に携わっています」
「殿下が倒れる瞬間も見ています」
セシルは、淡々と続けた。
「少なくとも、一般的な毒症状とは一致しません。
毒物なら、痙攣や激しい腹痛が先に起きるはずです」
「ですが殿下は、先に喉の腫れと呼吸困難を起こしている」
小さなどよめきが走る。
「さらに、発症が早すぎる。
あれは毒ではなく、強い拒絶反応に近い症状です」
「そ、それは……!」
「ですが、保存薬品に反応した場合なら別です」
「茶葉に使われていた保存用の薬草。
あれは、ごく稀に強いアレルギー反応を引き起こします」
セシルの言葉は、広間へはっきりと響いた。
「殿下の症状と、完全に一致しています」
沈黙が落ちる。
先ほどまでキャリアーナを責め立てていた貴族たちが、顔を見合わせた。
「そ、そんな馬鹿な……」
「だが、殿下は実際に……!」
ざわめきが広がる。
エドガーの顔色も、僅かに変わっていた。
「……確認を」
王宮付きの医官が、一歩前へ出た。
「殿下が口にされた茶葉は、まだ残っているはずです。
成分を調べれば、すぐに分かります」
「っ……!」
取り巻きの令息が息を呑む。
セシルは、まっすぐ壇上を見据えていた。
ふと、キャリアーナへ目を向ける。
蜂蜜色の瞳が、驚いたようにこちらを見ていた。
……もう、大丈夫そうだ。
胸の奥から、すっと力が抜けていく。
セシルは、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「……と、とにかく!」
エドガーの張り上げた声が、かすかに揺れる。
「今回の件は、一度保留とする!」
大広間がざわついた。
その瞬間、
灰色の髪の青年を、淡い光が包み込む。
「……!」
青年は一度瞬いたあと、セシルを見た。
琥珀色の瞳が、真っ直ぐ向けられる。
「父上。また――未来で」
ふっと、笑う。
「……!」
セシルが目を見開く。
すると、光が弾けるように広がり、青年の姿は掻き消えた。
誰も、言葉を発せなかった。
セシルはその場に立ち尽くす。
『父上』
青年の言葉が、やけに耳に残った。
「あ、あの……」
声に振り向く。
いつの間にか、キャリアーナが目の前に立っていた。
視線を合わせるように、少しだけ腰を落とす。
「……ありがとう。
貴方のおかげで、助かったわ」
彼女が、微笑む。
その柔らかな笑みに、セシルは瞳を伏せる。
「……僕が、勝手に、見ていただけで……。でも……」
ゆっくり視線を戻す。
琥珀色の瞳が、細められた。
「無事で、良かった」
その瞬間。
キャリアーナの胸が、微かにざわついた。
最後までお読みいただきありがとうございました☘️
次の更新は10月7日(水)を予定しています。
新しい長編の連載を開始します!
完結まで毎日更新で走り切りますので、ぜひお楽しみに✨




