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未来の息子シリーズ

毒を盛ったと婚約破棄された私を救ってくれた十三歳の少年は、未来の夫でした

作者: *ほたる*
掲載日:2026/09/18

※本作は単独でお読みいただけます。

 王宮の大広間。王太子エドガーの声が響く。


「キャリアーナ・ルーヴェルト!貴様との婚約を破棄する!」


 ざわり、と空気が揺れる。

 だがキャリアーナは、瞬きひとつしなかった。


 ……やっぱり。

 そんな声が聞こえてきそうな空気だった。


 数日前。

 茶会の席で、エドガーが突然倒れた。

 苦しげに喉を押さえ、呼吸を乱し、蒼白になって崩れ落ちた王太子。

 その直前、彼へ茶を淹れていたのがキャリアーナだった。


 しかも彼女は、黒髪。

 古くから“凶兆”と囁かれる、不吉の色。


 そして、

 笑わない。


 感情を大きく表へ出さないその姿は、社交界でしばしば「冷たい」「薄気味悪い」と噂されていた。


「貴様は私に毒を盛った!」


 エドガーの怒声が落ちる。


「……そのようなことはしておりません」


 キャリアーナは迷いなく答えた。

 だが、その落ち着きすら周囲には冷淡に映る。


「まだ言い逃れをするか!」


「証拠もございます!」


 取り巻きの貴族令息が声を上げる。


「殿下が口にしたのは、キャリアーナ嬢の淹れた茶のみ!」


「黒髪の女など、やはり――」


 ひそひそと、囁きが広がる。

 キャリアーナは、ゆっくり瞼を伏せた。


 否定しても、無駄だ。

 この空気は、もう決まっている。

 誰も、事実を見ていない。


「……っ」


 その時だった。

 広間の端。

 壁際に立っていた少年が、小さく息を呑む。


 淡いクリーム色の髪。

 琥珀色の瞳。 

 歳の頃は十三ほど。


 まだ背も低く、正装すら着られているように見える年頃の彼――セシル・アークライトは、ぎゅっと拳を握っていた。


 喉が、詰まる。

 言わなければ。

 違うと。


「セシル様……?」


 隣の従者が戸惑ったように小声を漏らす。

 セシルは唇を開いた。

 だが。


「っ……」


 声が、出ない。


 大勢の視線。

 王族の威圧。

 張り詰めた空気。


 胸の奥が強く締めつけられる。


 キャリアーナは、何もしていない。

 分かっているのに。


 指先だけが、冷えていく。

 その時。


 ――ゴゴッ……!


 大広間の壁の一角から、突然鈍い音が響いた。


 隠し扉が、開く。

 春の空気を切り裂くように、吹雪混じりの冷気が広間へ流れ込んだ。


「父上! この実験はひどいです!

 俺、正直死にかけましたよ!」


 声と共に現れたのは、灰色の髪に雪を被った青年だった。


 腕を組み、ぶるりと震える。

 あまりにも場違いな登場に、会場が沈黙した。


 青年は、ふと周囲を見渡した。

 目が、大きく見開かれる。


「……そうか。

 ここが、話に聞いていた過去か……」


 ポツリと呟く。


 貴族たちの間に、動揺が広がる。

 キャリアーナもまた、呆然としたまま動けなかった。


 青年の目が、ひとりの少年を捉えた。

 周囲より頭ひとつ低い、クリーム色の髪の少年。

 青年は、ゆっくりと歩み寄った。


「……父上」


 その呼び方に、セシルが目を見開く。

 青年は、穏やかな――自分と同じ琥珀色の瞳で彼を見つめた。


「母上を、助けたいんですよね?」


「……!」


「言いたいこと、あるんでしょう?」


 セシルが、止まった。


 ――今なら。

 声を、出せる。


 セシルの顔が、意を決したように壇上へ向く。

 王太子エドガーを、迷いなく見据えた。


「……殿下」


 澄んだ声が、大広間へ落ちた。

 ざわりと空気が揺れる。

 エドガーが眉を寄せる。


「キャリアーナ嬢は、毒など盛っていません」


「なっ――

 何を根拠に!」


 取り巻きが声を荒げる。

 セシルは答えた。


「僕も、あの茶会に同席していました。

 王宮で使用される保存薬品の研究に携わっています」


「殿下が倒れる瞬間も見ています」


 セシルは、淡々と続けた。


「少なくとも、一般的な毒症状とは一致しません。

 毒物なら、痙攣や激しい腹痛が先に起きるはずです」


「ですが殿下は、先に喉の腫れと呼吸困難を起こしている」


  小さなどよめきが走る。


「さらに、発症が早すぎる。

 あれは毒ではなく、強い拒絶反応に近い症状です」


「そ、それは……!」


「ですが、保存薬品に反応した場合なら別です」


「茶葉に使われていた保存用の薬草。

 あれは、ごく稀に強いアレルギー反応を引き起こします」


 セシルの言葉は、広間へはっきりと響いた。


「殿下の症状と、完全に一致しています」


 沈黙が落ちる。

 先ほどまでキャリアーナを責め立てていた貴族たちが、顔を見合わせた。


「そ、そんな馬鹿な……」


「だが、殿下は実際に……!」


 ざわめきが広がる。

 エドガーの顔色も、僅かに変わっていた。


「……確認を」


 王宮付きの医官が、一歩前へ出た。


「殿下が口にされた茶葉は、まだ残っているはずです。

 成分を調べれば、すぐに分かります」


「っ……!」


 取り巻きの令息が息を呑む。

 セシルは、まっすぐ壇上を見据えていた。


 ふと、キャリアーナへ目を向ける。

 蜂蜜色の瞳が、驚いたようにこちらを見ていた。


 ……もう、大丈夫そうだ。


 胸の奥から、すっと力が抜けていく。

 セシルは、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「……と、とにかく!」


 エドガーの張り上げた声が、かすかに揺れる。


「今回の件は、一度保留とする!」


 大広間がざわついた。

 その瞬間、

 灰色の髪の青年を、淡い光が包み込む。


「……!」


 青年は一度瞬いたあと、セシルを見た。

 琥珀色の瞳が、真っ直ぐ向けられる。


「父上。また――未来で」


 ふっと、笑う。


「……!」


 セシルが目を見開く。

 すると、光が弾けるように広がり、青年の姿は掻き消えた。


 誰も、言葉を発せなかった。

 セシルはその場に立ち尽くす。


『父上』


 青年の言葉が、やけに耳に残った。


「あ、あの……」


 声に振り向く。

 いつの間にか、キャリアーナが目の前に立っていた。

 視線を合わせるように、少しだけ腰を落とす。


「……ありがとう。

 貴方のおかげで、助かったわ」


 彼女が、微笑む。

 その柔らかな笑みに、セシルは瞳を伏せる。


「……僕が、勝手に、見ていただけで……。でも……」


 ゆっくり視線を戻す。

 琥珀色の瞳が、細められた。


「無事で、良かった」


 その瞬間。

 キャリアーナの胸が、微かにざわついた。

最後までお読みいただきありがとうございました☘️

次の更新は10月7日(水)を予定しています。


新しい長編の連載を開始します!

完結まで毎日更新で走り切りますので、ぜひお楽しみに✨

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