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前編 海賊狩り -Pirate Hunt-

 宇宙西暦3189年。太陽系最大の軍事組織である宇宙連合軍は、太陽系第四惑星に置かれた火星暫定政府の対反政府ゲリラ戦闘支援と火星防衛軍組織教導のため、そして宇宙連合政府の火星への支配影響力強化のため、段階的な派兵を進めていた。

 しかし、星系統一国家による経済活動の制限、特定の思想やマイノリティーの弾圧、高度な管理監視社会と第四惑星首都タルシスシティへの人口集中に起因する著しい格差への反感などから宇宙連合政府の統治に異を唱える者は多く、その彼らもまた、火星自由主義統一戦線(通称:LOTM)として急速な勢力の拡大と結託を強めていた。


 宇宙連合軍海兵隊は、宇宙連合軍の中でも極めて独立性と即応性の高い軍事組織である。統合作戦指揮計画に縛られない独自の指揮系統と兵站を維持し、陸海空航宙ありとあらゆる兵器を保有しており、通称フェイスレスと呼ばれる強化外骨格に身を包んだ海兵もまた全ての戦闘任務に対応することが可能だ。

 宇宙連合政府は本格的な連合軍火星派兵計画に先立ち、同軍海兵隊へ確実な橋頭堡の確保と火星政府当局実働部隊との連携強化、そして必要に応じた武力の行使を承認・要請した。これを受け海兵隊は、かつて金星宙域での反乱鎮圧や広域宇宙海賊殲滅作戦で実績のある第21宇宙海兵遠征部隊の火星宙域への派遣を決定した。

 

 これは、第21宇宙海兵遠征部隊所属のジョッシュ・クレイ上等海兵が、彼のチームと共に辿った火星での物語である。


〈スピンオフ元作品〉

-惑星降下猟兵3192~獣亜人と恋に落ちた少年の物語-

https://ncode.syosetu.com/n5719iy/

https://note.com/samue_kinugoshi/n/na4f226019d00

【Amazon Kindleで電子書籍版販売中】

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 俺はジョッシュ。ジョッシュ・クレイ上等兵。宇宙連合軍海兵隊員(スペース・マリーン)──


 宇宙西暦3189年12月のこと。俺たちを乗せた惑星強襲揚陸艦は、宇宙連合海軍の戦闘部隊と組んで(ルーナ)を発った。目指すは太陽系第四宙域──火星だ。

 俺たちは、哨戒艇かせいぜい軌道巡視船クラスの戦力しか保有しない火星政府の貧弱な宇宙防衛軍へ、艦隊行動のノウハウと宇宙空間での白兵戦闘を伝授するための教導部隊として駆り出された。要するにこれは、宇宙空間での戦い方を知らない火星人のための単純な共同演習任務(レクチャー)の筈だった。

《ヒャッハァァー!! 今日こそはシールドから引きずり出して八つ裂きにしてやる……!》

〈魚雷来るぞ!! 弾幕を絶やすな!!〉

 しかし実際はどうか。ワープドライブを停止した艦隊の目にまず飛び込んできたのは、小汚い蝿が(タカ)る衛星ダイモスだった。悪くない。こいつは少し……面白いことになりそうだ。

 火星防衛軍の対空レーザー砲火を器用に掻い潜る機体は、型式も何も無い宇宙海賊の雷撃機だ。海賊はダイモス基地の宇宙港に最接近するとゲートの真っ正面から二発の対艦魚雷を放った。ゲートの外側で青白いフレアが波打ち、漆黒の宇宙空間を背景に煌々と燃え広がる。

〈シールド強度79パーセントまで低下!〉

〈これ以上の被弾を許すな!! 防空ミサイルの連中は何をやっている!? 宇宙海軍はいないのか!?〉

《ハハァァーッ!! もうすぐ皆殺しのバーゲンセールだァーッ!!》

 魚雷を撃ち尽くし反転した雷撃機とすれ違い、さらに数機の海賊雷撃機がダイモス宇宙港へ突進する。その背後からは光学迷彩を解除した宇宙海賊の母船が悠然と現れ、大口径炸薬砲でダイモスへの砲撃を開始した。背後から接近する我が宇宙連合艦隊には目もくれずにだ。降下艇の貨物室でその実況中継を聞いていた俺たちは、戦闘ヘルメットの内側で乾いた苦笑を並べた。

「酷いな。素人か?」

「月なら文民予備役でももっと上手くやるぞ。なぁ?」

「ウチのじいちゃんなら、指先で弾いて叩き落とすね」

「いいや。お前のじいちゃんはレギュレーション違反だ。アレは筋金入りの元傭兵だろう」

〈オライオン・スリー、発艦準備よし。エイジス級の駆逐射撃完了後、スペースコブラに続いて発艦する〉

〈管制室了解。エイジス級はすでにスタンダードミサイルを発射した。間もなく戦闘機隊が発艦する──〉

〈小隊、聞け! これは実戦だ。”妥協をするな”。相手が誰であろうと、全力を尽くして徹底的に叩き潰せ! フーアー!〉

「フーアー!!」

〈オライオン・スリー、発艦(ローンチ)!〉

 乗員貨物室に海兵隊員を満載した降下艇が強襲揚陸艦の下部ハッチから発艦する。宇宙連合軍海兵隊員はその屈強な肉体と精神を人工筋肉と分厚い金属製防弾版が組み込まれた強化外骨格戦闘スーツの内側へギチギチに押し込め、全員が同じ無重力真空空間での戦闘に対応したリコイル・レス自動小銃で武装している。M618A4。採用から数百年かけて改良され続けてきた伝統的なこのブルパップ型自動小銃は、戦闘中、持ち主である海兵隊員の魂に等しい。魂は片時も肉体を離れず、この銃が戦闘中の俺たちの手を離れる時は──肉体が死ぬときだけだ。

「バイザー・スモークオン」

 分隊長の指示でヘルメットのスモークをオンにする。バイザーの内側から見える景色は何も変わらない。強いて言えば、向かいの席に座っていた仲間の顔が物理的には見えなくなる。

「……おい。何笑ってる?」

「お前だよ、ジョッシュ。そう気張んなって。初めてか?」

「誰が」

 ふざけるな。俺たちにとって───いや、そもそも俺にとっては海賊狩りなんて、朝飯前のトレーニングよりも容易いことだ。これはただ、最後の戦闘任務から少しブランクがあるだけだ。俺は何も動揺していない。

〈FOX2、FOX2────海賊撃墜(パイレーツ・ダウン)

〈グッドキル。最後の一機はもらった〉

《連合の正規戦闘機だと!? なんで!? ああ……どうして!? 畜生ッ……俺のケツから離れやがれ!! 一体何が起こってるっていうんだよ──!?》

機関砲射程内(ロックド)制空権確保完了(バイ・バイ)

 F/A-168CSの28mmガウスバルカンが閃光を放つ。それはさながら、ロックステージのストロボライトのように宙域の一角を照らし、退屈なパーティータイムを盛り上げた。

〈──ワォ。ご案内いたします。乗客各位、前方をご覧下さい。ショーはまさにクライマックスのようです!〉

 降下艇機長の粋な計らいで貨物室内のモニターに機外映像が映し出される。ガウスバルカンに引き裂かれ、ジェネレーターからハードポイントの対艦魚雷まで誘爆を起こした海賊の雷撃機が派手に爆散する火球だ。そして、その周囲スレスレで曲芸飛行する航空隊の連中の技量と度胸が信じ難い。当然、機内はだらしのない拍手喝采に見舞われた。

〈ハッハッハ。こういうときなんて言うのが”伝統的”だった? ほら、金星のときのアレだよ。確か、ターマーヤーだったか?〉

〈ジャパン・シャフトの方言か? アメリカン・シャフトじゃこういうんだ。F***──!ってな〉

※シャフト=月面都市共同体(ルーナ・ゲゼルシャフト)でいうところの都市・地方・区画といった意味合いの言葉

〈OK、もう十分だ。家に帰ろう。冷蔵庫のビールと、ガールフレンドの心が冷え切る前に〉

〈──馬鹿を言え、クソガキども! 怖じ気づいたか? 本番はこれからだぞ! 小隊、接舷戦闘準備!!〉

 ショーは副操縦席に座乗するイカレ小隊長からの一言で全て仕切り直しになった。──そうだ。まだ舞台裏に控えている俺たち主役の出番は、これからだ。行くぞ。

〈接舷完了。野郎共、ドッキングハッチ開放するぞ。お仕置きの時間だ、雪崩れ込め!!〉

「さあ、行こう。分隊、戦闘開始(ロック&ロード)!」


「──我々は降伏する」

「……あいつ、今なんて言った? 翻訳プログラムの不具合か?」

「いいや、分からん。だが語学堪能な俺の理解ではアレはおそらく、”かかってこいよ”と言っている」

「オーケー、上等だ。綺麗に脊髄を撃ち抜いて剥製にしてやる。海賊の剥製なんて飾ってる博物館はまだどこにもないからな」

「降伏すると言っているんだ! 宇宙連合軍なら、国際宇宙法に従い、我々を逮捕すべきだ!」

 無精ヒゲの生えた浅黒い肌の中年海賊幹部が即席のTシャツ白旗を掲げ、まだ海賊船内に突入したばかりの俺たちの分隊に近づいてきた。奴の背後には、十数人の海賊どもが殺気立った様子で両手を掲げている。

「そこで止まれ。一歩も動くな。そちらの武装を確認した。誰かが少しでも動けば全員射殺する」

 分隊長の言うとおり、奴らは武器を捨てていなかった。スーツの識別装置は海賊共の身体から無数の金属反応が検出されたことをバイザーのヘッドアップディスプレイに映し出して警告している。

「急いで来たんだ……どこかに爆薬でも仕掛けられて、船が沈められる前に伝えなければと」

 おそらく、あの時はみんなさっさと引き金を引いて終わりにしてしまいたくてたまらなかったと思う。俺もそうだった。散々悪行に手を染めた薄汚い海賊どもが自分の命惜しさに白旗を振る姿ほど不愉快なものもなかなか無い。宇宙連合軍海兵隊員は全員が善人かと言われれば、決してそんなことはないし、俺自身を含め若気の至りでロクでもないことばかりしでかしてきた連中が大勢いるが、海賊と一緒にされたくは無い。たとえ直接恨みは無くとも、知り合いの知り合いで一人くらいは必ず、海賊絡みで命を落とした人間がいるものだ。

「順番に武器を捨てろ。前から一人ずつだ。両手を上げたまま六歩歩いて停止し、ゆっくりと武装解除せよ」

「ああ、わかった……。私が最初だな?」

 そう言うと、白旗をゆっくりと背後の部下へ手渡し、海賊の幹部が六歩前へ歩み出る。奴はコートの内側から趣味の悪い大型自動拳銃をつまみ上げると床に捨て、それから両膝を床に着くと腰に差した蛮刀を外して置いた。リアルタイムで奴をスキャンするバイザーの脅威度判定表示が少しだけ大人しくなった。

「伏せろ。床へ腹這いになれ」

「ああ、分かってる……」

「軍曹、本気ですか? これを全員分待つのは危険すぎる」

「他に適当な方法が無いからやむを得ない」

「あるさ! 相手は海賊だ。国際宇宙法は武装した海賊行為者を保護の対象にはしていません」

「だが、武装解除の意志がある。曖昧だが、保護の対象となる可能性は無視できない」

「そうです。ですが……まだ武装している奴らがいるでしょう…………」

 ほんの一瞬、海賊船内の通路が静寂に包まれた。本当に一瞬だった。次の瞬間には、分隊長の発砲を皮切りにM618の銃口が一斉に火を噴き、通路は薄汚い海賊共の血で真っ赤に染まった。俺もまた、その光景を発砲煙の内側から銃の照準器越しに満遍なく睨み付けていた。

「やめろおおおお!? やめてくれええええ!!」

「シース・ファイアー、シース・ファイアー!」

「……クリア。武装した海賊(ボディ)に生体反応無し」

「容疑者を拘束しろ。奴は逮捕する」

「どうして!? なぜ殺した!? 降伏すると言ったはずだッ!!」

「武装していた」

「武器は捨てた!! 部下だってみんなそうするつもりだった──」

「動くなクソ野郎!! お前も殺してやろうか!?」

 ついにジェイクの奴が、床で喚き散らす海賊をM618のチタニウム合金製銃床で殴り付け始めた。奴は幼い頃妹を海賊に攫われ──惨殺されている。俺たちはジェイクを止めるべきか少しだけ考えたが、俺は分隊長のゲーツ軍曹に続いてジェイクを制止した。

「殺そう。宇宙海賊だぞ。生きている価値なんてない」

「ジェイク。お前の気持ちはよく分かる。俺がお前でもこうした」

「そうです、軍曹! 降伏!? 海賊風情が命乞いか!? 今まで命乞いをする人間を何人も殺してきた奴らが!! いいや、ここで殺してしまうべきだ! コイツも殺してやりたい。そうでしょう? 兄弟──」

「兄弟、お前が俺ならどうした? たとえ復讐でも、宇宙連合軍人として正当な根拠の無い殺人を止めただろう? 止めてくれた筈だ」

「それは命令としてですか? 軍曹」

「違う。友人として、同胞として──兄弟として。お前に頼んでいるんだ。ジョッシュもそうだ」

「ああ、兄弟」

「ジェイク、お前は? どうだ?」

「…………分かった」

 過熱したスーツの人工筋肉を放熱する緊急冷却装置が作動して微かな蒸気を噴いた。俺は分隊長とバイザーのスモーク越しに意思疎通すると二人で同時にジェイクを離してやった。ジェイクは流血して悶える海賊を静かに見下ろしていた。

「何も知らない兵卒風情が綺麗事を……。地獄へ墜ちろ、クソ連合の犬め……! 自由万歳(フォア・フリーダム)……ッ!」

「この糞──」

「ジェイクよせ」

「俺に触るな、ジョッシュ! ……どうせ死刑だ。銃殺なら執行隊に志願してやる。楽に死ねると思うなよ……糞海賊野郎」

「──艦長へ確認がとれたとのことだ。連行しろ。話なら、あとでたっぷり時間を用意してくれるだろう」


 俺たちはジェイクに殿(しんがり)を任せ、一度ドッキングベイまで痣だらけの容疑者を連行した。そこからは、訓練よりも簡単な仕事だ。捜索安全確保(サーチアンドクリア)、捜索安全確保───。誰もいない。その筈だ。あの容疑者(くろひげ)が余程の策士で演者でない限り、海賊は皆死んだ。ブービートラップのひとつやふたつ程度仕掛けられているかと思ったが、それも無かった。

 そして、海賊船にツキモノの人質は、親切に一箇所に集められていた。その貨物室の一角に辿り着いた俺たちは、後続のチャーリー分隊と手分けして彼らの救護にあたった。


「ありがとうございます……! なんとお礼を言えばいいのか……」

「何も。気にするな」

「あんたら、火星防衛軍の特殊部隊か? 強そうだな!」

「違う。宇宙連合軍海兵隊だ。立ち止まらずにドッキングベイに進んでくれ。身分証があれば用意を」

「レンゴー軍のおじちゃん、助けてに来てくれてありがとー」

「違う。お兄さん、だ。お嬢ちゃん? どういたしまして」

「す、すみません! ほら、行くわよ……」

「……悪い気はしないよな、ジョッシュ?」

「……ああ。子供は苦手だが……たまには悪くない」


 海賊母船の貨物区画には多くの民間人が囚われていた。彼らの多くはダイモス基地周辺から攫われた者だったが、中には太陽系各地からの旅行者や、火星のもうひとつの衛星フォボスの住民、火星のタルシス台地に広がる太陽系最大の都市タルシスシティの住民もいた。今回、俺たちと火星防衛宇宙海軍との共同作戦は、演習ではなく宇宙海賊討伐からの民間人救出というこの緊急の実戦任務で幕を開けた。何とも気合の入るおハナシだ。


「こちらブラボー分隊。民間人をドッキングベイ連絡通路まで押送した。以後の押送をチャーリー分隊へ一任し、貨物区画の捜索を続行する。オーバー」

〈了解。ドッキングベイは殆ど満員だが、間もなく火星防衛軍の巡視艇が到着する。まだ誰か居ればエスコートしてやれ。アウト〉

「ねぇ、そこのコンテナから微かな生体反応が。誤作動で無ければ」

 ハンナがM618で錆び付いたコンテナを指し示した。俺たちもすぐさまライフルを構え、コンテナを監視した。やがて、分隊長が率先してコンテナのドアに近づいたので、俺とハンナは援護に回った。

「捜索遮蔽コンテナだ。密輸品か?」

「開けるぞ。アクティブスキャンも効かない」

「オーケー」

「いつでもどうぞ」

 分隊長がコンテナのドアの片側を開け放つ。俺たちは、一斉にライフルのフラッシュライトでコンテナの中を照らした。その時点でコンテナの中に潜んでいたのが何者だったのかは殆ど明らかになっていたが、分隊長は手順通りにもう片側のドアも開いて両開きにするようハンナへ促した。途端、ヘッドアップディスプレイが硫黄化合物やアンモニアなどの化学物質濃度の上昇を検出し、マイルドな警告を表示する。

「クソ……パンドラの箱だ」

「確かに。見なかったことにするか?」

「まさか。放っておくつもり?」

「でなきゃどうする? 俺は…………嫌だからな?」

「何? 皆、何を言ってる……?」

 俺が目の前の光景と、自分とは違った様子で困惑する仲間の奇妙な雰囲気に戸惑っていると、コンテナの奥で隅に固まる影たちから一人の獣亜人が歩み出た。奴の片耳は千切れ、両目は白く濁り切っており、体中の痛々しい切り傷や抜け落ちてしまった体毛が凄まじい拷問の形跡を物語っていた。俺はライフルを構え直した。

「止まれ。動くな」

「どなたかな……? この船の人間では無いようだ……。皆、怖がっているのです……」

「……喋ったぞ。火星圏の英語だ」

「はい。私は、フォボスの鉱山で使役されていました。もう、きっと何年も前のことになるのでしょうが……」

 獣亜人の老人は力無く項垂れた。いや、それが老人といえるほどの年齢なのかどうかは定かでは無かったが、俺にはそう見えて仕方が無かった。奴が猫なのか、犬なのか、でなきゃ誰も知らないような動物型なのか──検討も付かなかったが、流暢に人間の言葉を話すソレがただただ気味悪く、そして居た堪れなかった。

「我々は宇宙連合軍海兵隊だ」

「宇宙連合と……?」

 分隊長の言葉に老人は項垂れた頭をハッと上げ、明らかに怯えた様子で後退りをした。それから跪いて両手を合わせ俺たちに命乞いをした。このとき俺は分隊に立ち込めるの困惑の意味をやっと理解して、息を飲んだ。人質になっていた民間人と異なり、俺たちには獣亜人の連中を救護する義務はない。かといって、規範上、奴らをこのまま野放しにすることも出来ない。では、戦闘中に遭遇したこのような状況において、海兵はどう対処するのが一番確実で安全か? 答えは出ていた。教範に書くまでもないことだ。

「お願いします。どうか……どうか、後ろにおります皆の命だけは……。私はもうどうなっても構いません……」

「分隊長、ダメだ。何か他に良い方法を考えましょう」

 第二射撃班長のタニ伍長が慎重にゲーツ軍曹を諭している。きっとあのとき俺たちは、みんな似たような感情だったと思う。残酷だが簡単な選択以外にどうするべきかも分からず、どうしたいわけでもない。兎に角、不愉快で気持ちが悪かった。俺は善人を騙るつもりは無い。俺は、次に起こるであろう何かに備えて覚悟をしようとしていた。

「良い方法?」

「そうです。何か……直接的で無く、合理的で、人道的な配慮を────」

 銃声が鳴り響いた。獣亜人たちの悲鳴や叫び声がコンテナ内で銃声以上に反響した。M618の弾倉が空になれば分隊長はすぐさま再装填した。そしてまた銃声が鳴り響いた。コンテナの奥で逃げ場を無くした獣亜人どもは、6.8ミリ弾に身体を引き裂かれながら断末魔を上げ、コンテナの壁に血濡れの手跡を残すくらいしか出来ることが無かった。俺たちには発砲する必要も、隙すらも無かった。

 やがて、銃声以外何も聞こえなくなった。あの老人は、見るも無惨な肉塊と化していた。俺は、まだ弾倉を交換して銃弾を叩き込もうとする分隊長へ噛み付いた。

「もう十分だッ!! 何をやっている!? 正気ですか!?」

「正気かだと? 正気でいられると思うか?」

「ゲーツ軍曹──」

 タニ伍長に詰め寄るゲーツ軍曹の前へ割り入ると、奴は俺のスーツの首元を掴んでコンテナのドアに叩きつけやがった。俺は、背部のショックアブソーバーが作動した反動を利用して逆に組み付いてやろうとしたが、もの凄い力で押し返された。誰も助けに来やがらない。それは決して仲間が薄情者であることの証明では無かったのだが、あの時は本当に虚しかった。

「助けて……助けてっ……!」

 まだ息のある獣亜人の掠れ声に、ゲーツ軍曹が反応する。俺は、その隙に身体を振りほどいて軍曹から距離をとった。代わりにジェイクが軍曹の前に歩み出ると、冷たく吐き捨てた。

「命令を。俺は気にしませんよ、軍曹。残念だがあれはヒトじゃない」

「助けて……! 私の子供が……お腹の、赤ちゃんが……」

 ああ。獣亜人っていうのは、頭の悪い馬鹿な奴らだ。俺はそもそも今まで奴らと話したことも実際に見たことも無く、ただネットや公営放送の情報で何となくそんな風に知っているだけだったが、このときばかりは分隊員全員がそう思ったはずだ。

「分隊、現状維持。俺がやる……」

 無論、命令違反。ジェイクを除いて、俺たちは寄ってたかってゲーツ軍曹を止めようとした。何が軍曹をここまで残酷にしているのか、その背景を知らないのは俺だけだったが、彼を止めようとしたのは、チーム全員の個人的で直感的な判断以上でも以下でもなかった。

 だが、軍曹が一枚上手だった。奴はほんの一瞬の隙をついてM618の銃口から俺たちを退け、哀れな獣亜人の母親に四発もの弾丸を叩き込んだ。片手の腰撃ちで。半分は後頭部へ。もう半分は妊娠で膨れた横腹へ正確に──だった。母親の魂が蒸発するように、バイザーから生体反応表示が消え失せる。腹部にはまだ微かな生体反応があったが、後を追うように薄れていった。

「終わりだ。俺から離れろ」

「酷すぎる……」

〈ブラボー分隊応答せよ。各位、バイタルサインが乱れている。状況を報告されたい〉

「こちらブラボー・リーダー、ゲーツ軍曹。状況問題無し。バイタルサインの乱れについては、貨物区画で発見した獣亜人への措置でチーム内で多少の──議論を実施した影響だ。なお、獣亜人は全て現地で"処理"した。オーバー」

〈……了解。映像送信せよ。分隊帰投の前に各種除染措置を講じる必要があるか検討する。可能か?〉

了解(コピーザット)

「私が撮る。みんな離れて」

 ハンナが率先してコンテナ内の映像をヘルメットカムで撮影し始めた。俺と分隊長は暫くバイザー越しに睨み合っていたが、やがて皆に引き剥がされ、分隊は自然と陣形を組み直した。ハンナのポジションだけがまだ空いている。

〈ブラボー分隊からの映像、受信完了。念のため降下艇のクルーに除染キットを用意させる。撤収前に必ず低濃度パルファノール消毒噴霧を実施せよ〉

「了解。…………ハンナ、映像はもう十分だ。配置に戻れ」

「……絶対に動いちゃダメ」

「何か言ったか?」

「は?」

「今何と──」

「了解、って言ったのよ。分隊長(サー)

「…………了解」

 俺とハンナの目が合った。それからアイツは、わざわざ死体しか残っていないコンテナのドアをそっと閉じたんだ。ああ、汚染拡散防止か。……そうに違いない。


 俺たちが艦に帰投すると、救助した民間人引き渡しのためダイモス基地への入港手続きが完了するまでの間、一時的な余暇時間が与えられた。シャワー上がり、俺は何とも後味の悪い気分を晴らそうとチューブ入りのソーダ飲料片手に居住区画の展望デッキに上がった。そうしたら、あろうことかブラボー分隊全員集合ときた。どいつもこいつも、何の言葉も交わさずぼんやりと例の海賊母船が漂流する様子を眺めていた。

「子供が、生まれたんだ。予定より早い」

 沈黙の最中、タニ伍長がポツリと呟いた。皆が彼に視線を注いだ。だが、伍長自身を含めどうしても面は無感情だった。勿論、俺たちは「おめでとう、パパ」と心から彼と家族を祝福したつもりだった。伍長は少しだけ照れくさそうに笑い、俺たちの祝福へ片手で応えながら頭を下げた。

「上に掛け合おう。今すぐには難しくても、一時的な帰還休暇が許可されるかもしれない」

「いいえ、分隊長。妻と家族には言ってありますから。一緒にやりましょう」

「俺たちは聞いてないぞ?」

「そうよ。罰として、帰りのチケットは没収ね?」

「代わりに早めの便に振り替えてもらえ。今なら分隊長が取り次いでくれる」

「でなきゃ、俺が代わりにまだ見ぬその子のパパを務めましょう。火星でもお達者で。元パパ伍長」

「あと、ジョッシュがもう伍長とは一緒にやりたくないと言っています」

「おい。言ってないぞ」

「何でだよ! そこは言えって、兄弟!」

 皆が笑う。すぐに何が可笑しいのか気が付いて、俺も笑った。俺は自分の勘の悪さに恥ずかしくなって頭を掻きながら、伍長へ「訂正します。今は顔も見たくありません」と申し向けた。

「ハハ……参ったな……。みんなありがとう」

 それから少しして、艦内放送と警告ベルが鳴った。内容は『海賊母船を砲撃で爆沈処分する』という他愛もない知らせだ。俺たちの強襲揚陸艦は砲撃の担当じゃなかったが、隣のコンゴウ級重航宙巡洋艦のデカい連装砲が続けざまに火を噴いた。砲跡が船体に吸い込まれた数秒後、船体より二回りほど大きな火球があの海賊船を飲み込んだ。普段のノリなら俺たちは『祝福の超新星爆発だ!』なんて歓声を上げて拍手したが、この時ばかりはみんな黙っていた。それを『いけ好かないわね』と揶揄うように、空になったソーダチューブが俺の舌先にキスしていた。

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