第1話 ねぇ、これってデートなの? って聞いてみる
六本木のおしゃれなカフェのテラス席に、2人で向かい合って座ってた。
夕暮れの芸術的な空の色と、周りのクリスマスの煌めいたデコレーションが、華やかな雰囲気を彩ってる。
BGMは英語のクリスマスソング、落ち着いて有名すぎない曲で、この場所にぴったり。
この映画みたいな空間を共有して、私の前に座ってるのは、同じ大学の、同じ学部の、同じ学年の気になってる男の子、真哉。
知り合ってから1年半、仲良くなってから1年、沈黙が気にならずリラックスできる関係。
あえて聞いてみたくなる。
「ねぇ、真哉、これってデートなの?」
できるだけの笑顔と、"可愛い声"を作って聞いてみる。
希望としては、ちょっと恥ずかしがりながら頷いてくれる、とかが嬉しい。
「違うよ。学校の帰りに、授業の課題で街の調査に来てるだけ。だから、さっきからお互い黙って、周りの観察やってんじゃん」
彼はそっけなく答える。
否定するんじゃなくて、訂正する、というように。
えぇ、そうね、そうね。
わかってるって。アナタがそういう真面目な人だって。
私の理想的な"デート"は、この雰囲気で90%ほど実現してるのに、残り10%の"相手"のせいで現実のものにならない。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
彼、真哉の言ってることは合ってる。
私たちは、渋谷にある大学に通っていて、『街づくり概論』の授業を一緒に受けてる。
前期は、教授の授業やゲストスピーカーの講演の座学で勉強した。
後期になって、実際の街の調査が課題で出された。
数人ずつ班分けがあって、近くの街が割り当てられて、調査して発表する。
それで今日は、学校の帰りに担当の六本木に調査に来てる。
本当は同じ班に、あと2人、智也と朋子がいる。
でも、ちょうど智也も朋子も用があって、私と真哉で来ることになった、……というのはウソだと思う。
私たちに気を利かせてくれたんだと思う。いや私にか。
まわりの友達に、真哉が好きだって相談したことはない。
でも隠してもいないから、態度でバレてるんだと思う。
当の相手である真哉を除いてね。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
私は真面目な真哉に合わせて、課題に沿った質問をする。
「それで、真哉はこの場所、どう思うの?」
「いま真心が言ってた『デート』っていうのは、いい切り口だね。デートのカップルが多くいるのは、この場所の特徴になってる。街にはそういう機能を果たす場所も必要だから」
「まだ11月になったばっかりなのに、こんなにクリスマス全開だもんね。昼は20度超えてるのに」
「人が街に集まるためには『祭り』が必要だから。ハロウィンの次はクリスマスがその役割を果たしている。『祭り』が、その場所を特別にして人の行動を変化させている」
「デートに特別さを求めるカップルには、ちょうどいいわけね」
「うん、そういうことだね」
さすが慎哉、ミスター真面目。学年で1桁順位のGPAは伊達じゃない。課題に真剣に取り組んでいる。
だぁけぇどぉさぁ!
こういう雰囲気のあるところなら、もうちょっと雰囲気のある会話ってもんがあるでしょ。
放っておいたら、授業でやったランドマークとかシンボルとか街の機能性とか、そんな話題になりそうなので方向を変える。
「デートっていえばさぁ、こんなデートがしてみたいとか、そういうのある?」
「理想のデートってこと?」
「うん」
「理想とかの前にデートってしたことないからなぁ。真心は?」
「制服デート!」
「制服デート?」
「うん。ウチのお姉ちゃんモテるんだよね。高校生のお姉ちゃんがよく制服デートしてて、私も高校生になったらデートするぞって思ってたんだけど、結局高校で彼氏できなくて制服デートできなかったから」
「意外。高校で彼氏できなかったんだ」
「お姉ちゃん3つ上なのね。私と違ってキレイなんだけど、付き合う相手も見た目の良い人ばっかりだったの。でも性格良くない人ばっかりで、そういうの見てたら彼氏選ぶのに目が肥えちゃったみたい」
「真心のお姉さんならキレイなんだろうな。真心も可愛いもんな」
うっ。
真面目すぎて、下心がないからサラッとこういうことを言って、人をドキドキさせる。慎哉って、いつもこうなんだ。
頬が、熱を帯びるのを感じる。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
飲み物で一息ついてから、話題を続ける。
「慎哉はさ、彼女とか作らないの?」
「正直、それどころじゃないなぁ」
「なに受験生みたいなこと言って」
「受験なら勉強すればいいけどさ、職業の方が難しいって」
勉強のできる慎哉らしい言い方だな。私は受験も充分に難しいと思う。
「まだ2年生なのに、もう就職のこと?」
「うん。専門へのダブルスクールとか考えたら、どうするか決めなきゃ遅いくらいだって」
「まえにちょっと聞いたことあるけど、慎哉の希望ってテレビゲーム業界だよね?」
「そう。デジタルゲーム業界、コンピュータエンターテイメント業界、言い方は色々あるけど、要はゲーム業界」
プログラミングとか得意で、コンピュータに詳しい慎哉だから、ゲーム業界っていうのはなんとなく解る気がする。でも、今日はもっと詳しく知りたくなる。
「なんでゲーム業界なの?」
私は前のめりに聞いてみる。
「小学校のころは普通にテレビゲームするの好きだった。でも中学になってリビングでゲームしてると親があまりいい顔しなくて。それで自分の部屋でパソコンでゲームするようになって。ウチの親はパソコンいじってたら、勉強してるって思ってるから」
慎哉は楽しそうに好きなことをしゃべってる。私はそんな慎哉を見てるのが好き。
「それでパソコンでゲームしてるうちに、プログラミングに興味持つようになってさ。ネットで動画探して見たり、専門書を買ってきて読んでみたり」
「中学生で独学でプログラミングって、すごくない?」
「そのころは、ほんと大したことできなくて、サンプルコード打ち込んで実行するだけ、みたいなそういうの。だけど、それでも楽しくて。学校のパソコン研究会にも入ったり。ゲームするよりプログラミングの勉強する方が楽しくなってた」
「それでパソコンにも詳しくなったんだ」
「うん。高校でもプログラミングの勉強は独学で続けてて、将来はゲーム業界に就職したいなっていうの考え始めた。でも、そこから悩みも始まるんだよね」
「なに悩んでるの?」
「ゲームってさ、すごく小規模なものでも分業で作られてる。小説とかマンガより、映画作るのに近い感じかな。プログラマーも必要だけど、ディレクターもプロデューサーも必要なのがわかってくるわけ。その職種の中で、どれがやりたいか、自分に向いているのかっていうのが悩み」
「やりたいことって、プログラミングじゃないの?」
「はじめそう思って、いろんな大学の理工系の学部を見に行ったんだ。でも、そういう学部のプログラミングって、実務的なサーバとかのプログラミングなんだよね。ゲームとかと相性が良くなくて」
「慎哉なら、日吉とか湘南とか高田馬場とかの大学でも狙えたんじゃないの」
私立で最難関とされる、ウチの大学より1ランク上の大学だ。
「そういうの全部見に行ってた。理工系だから日吉っていうよりも矢上だね。駅は同じだけどさ。それで求めてるものが違うなって。で、理工系からコンテンツ系に方針変えた。いろんな学部見て、ゲームの作り方の勉強は無理だけど、エンターテイメントコンテンツの勉強する方がいいって思った」
「どうして、ここにしたの?」
「この学部好きなんだ。英語の学部名にクリエイティブとか入れちゃうくらい、本気で他と違うことやろうってしてるのが」
「慎哉って何めざしてるの?」
「それが俺にもわからないんだよな。ゲームとプログラミングの両方に興味あってさ。たまに無性にプログラミング組みたくなる」
自分のわかることに例えてみる。
無性にスイーツ食べたくなる、みたいな感じかな。
「学部の勉強を役に立ててプログラマー以外を目指すか。自分の強みのプログラミング伸ばす方がいいか。どっちも本当だから困ってる」
どっちも本当……か。
スイーツ食べたいけど、太るから食べたくない、みたいなことかな。なるほど。気持ちはわかる。
「目指すものが変わればやることも変わるからさ。専門へダブルスクールすべきなのか、やっぱり理工系の研究科を狙うべきなのか。就職っていうより、その前に何勉強するべきかで悩んでるんだよなぁ」
「ふぅーん」
痩せるのが目的なら、スイーツ食べるの我慢で、エクササイズするのがいい。
でも、メンタルヘルスの回復が目的なら、スイーツ食べてからベッドへ直行の方が幸せな気分に浸れる。
目的が変われば、行動も変わる。
私は、うんうんと、うなずく。
多分この理解で合ってる……はず。
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「なんか、俺ばっかしゃべちゃってごめんな」
「ううん、慎哉のこと聞けてよかった」
「聞いてくれてありがと。それで真心はどうなんだよ。目指してるものとか、今の悩みとかさ」
私には、そこまで真面目な悩みはない。
強いて言えば、慎哉が今の問題を解決してくれないと、恋愛に身が入ってくれなそうなこと。
でも、それを口にするわけにもいかない。
私も大学での目標、みたいなこと話してみる。
なぜ、ネット業界が目標なのか。
まずは、そのきっかけから。
「私の場合は、中学のころ普通にスマホに夢中になったのがきっかけかなぁ」
はじめてのスマホは、小5のころに、ママのお下がりをもらった。
それからすぐ、中学の入学のお祝いで新しいスマホを買ってもらった。
ちょうどその頃に、ショート動画が流行り始めて、人並みに私も夢中になった。
その少し前には、自撮りアプリが流行ってた。
オシャレの参考にするのは写真SNSで、暇があれば動画アプリを見てた。
興味があることの中心は、いつもスマホとアプリ。
新しいアプリにはいつもワクワクするし、新しい機能の使い方を工夫するのも楽しい。
高校に入っても、スマホに夢中な生活は続いた。
私が将来のことを考えるきっかけになったのは、またしてもお姉ちゃん。
私が高3の頃に、お姉ちゃんは大学3年生で就職活動の真っ最中だった。
いろんな会社にインターンで参加してて、その一つに渋谷に日本支社がある外資系のネット企業があった。
その話を聞いていて、私は当たり前のことにびっくりしてた。
いつも使ってるアプリにも、中の人がいるんだなってこと。
それも日本にも会社があって、そこへ勤めることもできるんだっていうこと。
考えてみればどちらも当たり前なんだけど、それまでそんなこと考えたこともなかった。
就職ってもっと、つまらない会社へ勤めることだと勝手に思ってた。
でも、いつも使ってるスマホのアプリの会社へ勤めることができたら、すごく楽しそうだなって思えた。
結局お姉ちゃんは、もっと無難な日本の会社に就職を決めた。
でも私は絶対にネット企業へ、それもいつも使ってるアプリの、中の人になるんだって心に決めた。
そして私は受験する大学の学部を、ネット企業への就職が有利そうなところに絞った。
本当は湘南にキャンパスがある大学へ通いたかったけど、学力が足らずに合格できなかった。
もう少し英語ができてたらなぁ。
それで第2希望のこの学部へ、無事に合格できて入学した。
でも入ってみて、こっちの学部の方が当たりな気がする。
渋谷って立地と、湘南に比べて約20年ほど新しくって、こっちの学部の方が、すごく今っぽい学部になってると思う。
授業の中ではマーケティング関係の授業が面白かった。
普通に|コトラー《マーケティングの教科書》の勉強するだけじゃなくて、広告代理店のクリエイターがゲストスピーカーで毎週来る授業があったりして、業界の雰囲気が感じられた。
一応理系出身の教授もいて、プログラミングの勉強とかできる授業もある。
授業を1つとったくらいで、プログラミングができたりしない。
でも、そのおかげで一緒に授業をとった慎哉と仲良くなれた。
そんなわけで、自分の中では順調に、目標に向かって進んでるつもり。
「っていうわけで、ネット企業への就職へ向けて準備中なんだよね」
私は、これまでの経緯や、普段から考えてることを一気に話した。
慎哉は真面目に聞いてくれた。
「真心はそういう感じなのかぁ。そっかそっか。プログラミングとかでわからないことあったら教えるから、いつでも聞いてね」
「うん、そうする。私の話も聞いてくれて、ありがと」
キレイな夕焼けだった空も、とっぷりと暮くれてた。
私たちは"デート"から帰ることにする。
本物のデートにはならなかったけど、慎哉の話を聞けて、私のことも言えたので満足感は高かった。