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<R15>15歳未満の方は移動してください。

婚約破棄された悪役令嬢は隣国で幸せになりました。…………本当に?

作者: 白澤 睡蓮

「はぁ」


 馬車での移動を始めてから早数日、もう何度も繰り返された溜息だった。繰り返され続ける第二王子フェルビオの溜息を、さすがに聞き過ごすことはできず、婚約者であるミーヤは尋ねた。


「殿下、いかがなされましたか?」

「婚約破棄した元婚約者にこれから会うのだ。溜息も出る」


 溜息混じりの言葉を返されて、ミーヤは思わず苦笑いをこぼした。


 現在フェルビオとミーヤは、隣国との国境の街へと向かっていた。この王国と隣国である帝国はとりわけ友好な関係を築いており、共同で国境の街の開発を行っている程だった。その国境の町で互いの婚約者を含めて交流会をしないかと、隣国の第三皇子からフェルビオにお誘いがあったのだ。


 約一ヶ月前の同じ時期に婚約した縁だとか何だとか、もっともらしいことが色々と書かれていたが、いずれにせよ帝国が友好国である手前、フェルビオは誘いを断ることができなかった。


 これでなぜ元婚約者に会う羽目になるのかといえば、この第三皇子の婚約者がフェルビオの元婚約者なのだ。半年前に婚約破棄した元婚約者同士を会わせようとしてくる第三皇子の根性を、フェルビオは全く理解できなかった。


「あのようにわざわざ夜会で、婚約破棄する必要はございましたのでしょうか?」


 夜会には参加せず後々話を聞いただけのミーヤは、細かい事情を全く知らない。疑問に思って当たり前だと、フェルビオは素直に説明し始めた。


「あれはロペラミナが望んだことだったからだ」


 国王夫妻が不在の夜会で、衆人環視の中大々的に婚約破棄を行う。その後のロペラミナの選択に決して異論をはさまない。


 フェルビオの婚約者だった公爵令嬢ロペラミナは、この条件をのまなければ、フェルビオとミーヤの間に不貞があったのだと吹聴して回ると、フェルビオを脅してきた。


 この要求はロペラミナどころか公爵家の総意だった。フェルビオは何が目的なのかさっぱり分からなかったことを覚えている。


 今でこそ婚約者となったフェルビオとミーヤではあるが、当時の二人の間にやましいことは何もなかった。フェルビオが偶然保護した平民の少女、ただそれだけだった。


 ロペラミナに嘘を吹聴されたとしても、根も葉もない話だと否定することは可能だったが、それに費やす労力が惜しかった。また、フェルビオとロペラミナの婚約を解消したところで、王家に不利益は何もない。


 結局ロペラミナ達の要求に従うことになり、フェルビオはその要求通りに事を進めた。フェルビオが性格の不一致を理由に婚約破棄を言い渡した直後、隣国の第三皇子がロペラミナに求婚し、ロペラミナはその求婚を笑顔で受け入れた。


 え、このためにわざわざ? フェルビオは呆れて物も言えなかった。


 ドラマチックさに酔いしれるロペラミナと隣国の第三皇子の一方で、周りは完全に置いてけぼりだ。自分達の世界に入ったままの第三皇子は、ロペラミナを夜会から直接母国に連れ帰ってしまった。


 あまりに手際が良かったことを鑑みるに、公爵家総出で諸々準備していたらしい。隣国の皇家とつながった方が得になると、公爵家側が考えたのは間違いない。 


 フェルビオはロペラミナに、そこまで嫌われるようなことをした覚えはなかった。ロペラミナはフェルビオが嫌いだったというよりも、それ以上に隣国の第三皇子に心惹かれていたのだろう。


 フェルビオとロペラミナの婚約は、他に適任がいなかったから結ばれたものであって、フェルビオはロペラミナが特別好きだったわけではない。それなりの情はあったが、ロペラミナも似たようなものだったはずだ。


 ロペラミナはフェルビオに婚約破棄してもらう機会をずっとうかがっており、ミーヤの登場は渡りに船だったのだと、フェルビオは後から知った。


 少し思慮の浅いところがある令嬢だったなと、フェルビオはロペラミナの顔を思い浮かべた。そして少し特別でもあったなと。


「ロペラミナも魔力持ちではあったが、君の持つ魔力は、彼女とは比べ物にならない程に膨大だ。生死を問わず、魔力を持った人間は高く売れる。もちろん表立ってではなく、裏社会での話だがな」


 本来であれば国内の魔力持ちを国外に出すのは、許されることではない。今回貴重な魔力持ちを国外に出しても問題にならなかったのは、行き先が王国の友好国である帝国であった上に、相手が第三皇子だったからだ。


 血や髪や骨、何もかもに価値がつくので、殺した方が高値になるのではないかと、フェルビオはオブラートに包んで付け加えた。つまりあの時フェルビオに助けられていなければ、ミーヤは今生きていなかった可能性が高い。


「申し訳ありません。今まで自分の状況を正しく理解しておりませんでした」


 思い出した恐怖でミーヤは身を震わせていた。


「君が謝る必要はない。説明不足はこちらの落ち度だ」


 フェルビオは隣に座ったミーヤを見やる。恐怖で身を震わせる姿は、一見どこにでもいそうな普通の少女だった。


 王都にある仕立屋の娘として生まれたミーヤは、十六歳の誕生日の前日まで自身が魔力持ちだとも知らずに平穏に暮らしていた。


 この国では成人となる十八歳までに、教会で魔力の有無を調べることが義務になっている。十六歳の誕生日の前日、そういえばまだ魔力の有無を調べていなかったと、ミーヤは軽い気持ちで教会に向かった。


 教会での魔力の確認はつつがなく終わり、本来であれば魔力を持っていることを知らされ、国にも報告が行くはずだった。だがミーヤは魔力持ちだと知らされることなく、帰路につき攫われた。


 攫われたミーヤが連れて行かれたのは、ある侯爵家の屋敷だった。その侯爵家は裏組織の拠点として、屋敷の一部を提供していた。ミーヤが攫われた場所から一番近い拠点だったからというだけで、完全なる偶然だった。


 一方この頃のフェルビオは、ある侯爵家が裏組織とつながっているという情報を得て、侯爵家に探りを入れている最中だった。何かと理由をつけて侯爵家の屋敷を訪問していたが、犯罪の証拠は何も見つけられずにいた。


 ミーヤが侯爵家の屋敷に連れ込まれた日、偶然フェルビオもまた侯爵家の屋敷を訪れていた。これで何も見つけられなければ、屋敷に探りを入れるのは最後にするつもりだった。


 表向きは歓迎されて廊下を歩くフェルビオは、何もない場所で派手に転び、立ち上がる際に壁に手をついた。立ち上がろうとした格好のままで、フェルビオの動きが止まる。本来ならあり得ないはずの、壁が動く感触があったからだ。


 屋敷の者の静止を聞かずに壁を探れば、それまで見つけられなかった隠し通路が見つかった。隠し通路の先ではミーヤが捕らえられており、ミーヤは危害を加えられる前に、フェルビオに無事保護された。


 ここまでミーヤに都合の良い偶然が引き起こされたのは、その身に宿した莫大な魔力の影響だろう。たとえ魔力を持っていても、周囲にここまでの影響を及ぼすことはそうそうない。


 今は王宮に仕える魔力持ちがミーヤに魔法を教えているが、魔力量が違い過ぎるので手に負えなくなるのは時間の問題だ。以降はミーヤの努力次第となる。


 ミーヤの魔力と魔法は決して悪用されてはならない。またミーヤ自身がこれからも善良でいられるように。善良さに付け込まれて、酷使や搾取されるのもあってはならないことだ。


 いつのまにか、フェルビオはミーヤを必ず守ると心に決めていた。


 ……フェルビオがここまでミーヤを守りたいと思う感情は、一体何なのだろう?


「教会預かりとするには、最近は教会のきな臭い話が多すぎる。信頼できる家を選定する時間的余裕も無かった。こうするのが現状最善の選択だった。すまないな。好きでもない男との婚約を強いて」


 平民だったミーヤにとって、政略結婚は縁遠いものだったはずだ。もっと考えれば、婚約せずに守ることも可能だったかもしれない。ミーヤが望む相手と結ばれることも。全て勝手に決めたフェルビオには、どうしても後ろめたさがあった。


 フェルビオの思いに反して、ミーヤはにこりと笑った。


「いいえ、私は殿下を好いております」


 たとえ嘘なのだとしても、フェルビオはその言葉が嬉しかった。


「私に気を使って、心にも無いことは言わなくていい」

「私は殿下に命を救っていただきました。好きになる理由としては、十分ではございませんか? それだけでなく、私は殿下の優しさを知っています」


 フェルビオは何も言えなかった。


「この思いを殿下に信じていただけますように、今後は精進いたします」


 フェルビオはますます何も言えなくなり、赤くなった頬を隠すように窓の外を見つめた。目指す国境の街はまだ遥か遠くだった。



「あれは一体どういうことだ?」


 隣国の第三皇子達との交流会を終えて、あてがわれた部屋に戻った途端、フェルビオはそれまで完全に隠しきっていた動揺を表に出した。同じく部屋に戻ったミーヤは、フェルビオの問いに対する答えを持ち合わせていなかった。


 目的地に着いて、当初の予定通りに隣国の第三皇子との交流会は行われた。交流会自体は問題なく行われたのだが、別の問題のせいでフェルビオもミーヤも動揺を顔に出さないように、必死で取り繕わなければならなかった。


 交流会に姿を現した第三皇子は、夜会の時と全く顔が違っていた。また第三皇子が婚約者だと紹介した令嬢は、ロペラミナとは似ても似つかない令嬢だった。


 納得できる答えを求めて、フェルビオは思考を巡らせる。


「私を含めて夜会にいた誰もが、第三皇子の顔を知らなかった。ロペラミナ達が第三皇子だと言ったから、皆が第三皇子なのだと信じた。そんなまさか……」


 フェルビオは愕然として言葉を失った。


「殿下……?」


 良からぬものを感じ取り、ミーヤが不安な声を上げる。


「父上達は第三皇子の顔を知っていたはずだ。わざわざ父上達が不在になる夜会を指定したのは、このためか? ロペラミナを連れて行ったあの男は何者だ? ロペラミナは一体どこに連れて行かれた?」


 できるだけ冷静にと思っても、自然と早口になっていた。最悪の想像がフェルビオの頭を過る。同じく最悪の想像をしてしまったミーヤの顔は、一気に青ざめた。


「まだ、ロペラミナ様が、ご自身の意思で、姿を消した可能性も、残されております」


 震える声でミーヤがなんとか言ったのは、ロペラミナが第三皇子の偽物を、自分で用意したという希望的観測だった。だが胸の前で握られたミーヤの手の震えは止まらない。


『生死を問わず、魔力を持った人間は高く売れる』


 馬車の中での自身の言葉が、フェルビオの頭の中で反響した。



 姿を消したロペラミナの行方を知る者はどこにもいない。

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