序章①-邂逅
貧しい村の片隅に、小さな家がひっそりと佇んでいた。
家の壁は風雨にさらされ、古びた屋根瓦には苔が生えていた。そこに住む少女、フィオラは、毎朝早くから家族とともに畑仕事に精を出していた。だが、彼女の内には誰にも見せることのない秘密があった。
幼い頃からフィオラは強力な魔法の才能を持っていた。しかし、その力はあまりにも強大で制御不能であり、村の人々からは恐れられていた。誰にも言えず、誰も信じてくれない孤独な日々。フィオラはその孤独の中で、魔法を自分の中に閉じ込めて生きることを選んでいた。
夜空には無数の星々が瞬き、その光はかつて魔法が満ちていた頃の世界の名残のように、わずかな希望を示していた。
しかし今、世界は魔法の力が薄れ始めていた。
魔力が失われるとともに、大地はその活力を失い、作物は枯れ、村人たちは困窮していた。荒れ果てた畑に立つ両親の背中は、日に日にやつれていくようだった。フィオラの心には、家族への申し訳なさと、自分の力を制御できない無力感が募っていく。
フィオラは家族のために、何とか魔法の力を使って畑を助けたいと考えた。だが、その力は暴走しやすく、彼女はかえって状況を悪化させることを恐れていた。
それでも、彼女は密かに村の外れにある森で魔法の訓練を続けていた。森の中、彼女は自分だけの時間を過ごし、魔法をコントロールする術を模索し続けた。
ある日、フィオラはいつものように森で訓練をしていた。冷たい風が木々の間を吹き抜け、木の葉がざわめく。彼女は心を落ち着け、集中しようとした。だが、焦りと不安が心を乱し、魔法の力が暴走を始めた。
突然、フィオラの周囲が眩い光に包まれた。光は森全体を照らし、木々を揺らし、小鳥たちを驚かせた。フィオラはその場に立ち尽くし、震える手を見つめた。何度も何度も繰り返してきた失敗だったが、そのたびに彼女の心は痛みで満たされた。
「どうして…どうしてうまくいかないの?」
フィオラは涙をこらえ、誰にも届かない呟きを漏らした。自分の魔法を恐れ、そしてそれを必要としている家族のために使えない自分を責めた。
その時、フィオラの孤独な世界に一筋の光が差し込んだ。
偶然にも森を訪れていた領主の息子、ルシアンが、その強烈な閃光に引き寄せられていたのだ。彼はその場に駆け寄り、フィオラの姿を目にした。亜麻色の長い髪が風になびき、彼女の涙に濡れた頬が、月光の下で儚げに輝いていた。
「君、大丈夫かい?」
ルシアンは、優しい声で問いかけた。彼の心には、見知らぬ少女の孤独と悲しみが鮮やかに伝わってきた。
フィオラは驚いて顔を上げた。目の前に立つのは、自分とは全く異なる世界の人間だった。
貴族の少年、整った顔立ちと柔らかな瞳。
彼の存在が、この森の中でどこか非現実的に感じられた。しかし、その温かな声に、一瞬だけ心が揺れた。
だが、すぐに彼女の警戒心が戻ってきた。貴族は自分とは違う存在であり、何も分かっていない。自分の痛みも、家族の苦しみも。
「貴族に助けを求めるつもりはないわ。」
フィオラは、鋭い声で返答した。自分を守るための唯一の武器、それは彼女の強がりだった。
「でも、君の魔法は本当に素晴らしい。僕はルシアン。君の名前は?」
ルシアンは、その言葉に本心からの驚きを込めた。彼女の魔法には、世界を変える可能性があると感じたのだ。
「フィオラよ。でも、私の魔法に近づかないで。」
フィオラは短く答え、素早くその場を立ち去った。彼女の亜麻色の長い髪が風になびき、夜の闇に溶け込むように揺れていた。彼女の背中は、どこか哀愁を帯びていた。
ルシアンはその場に立ち尽くした。
風が木々の間を吹き抜け、夜の静寂が戻ってきた。
彼の心にはフィオラの言葉が深く刻まれた。彼女の背中が森の闇に消えていくのを見つめながら、ルシアンの胸に強い決意が芽生えた。