8. 真紀の吐露
青梅市の定食屋でのこと。
「おい、ちゃんと漬物も食べるんだ。自分で注文した定食だろう。自分で注文した以上、出されたものを食べきるんだ」
「俺、漬物は無理だって! 今時は食べたくない物は無理して食べないってのが一般論だっての世理架さん」
「そんなんで動ける体になれると思ってるのかい? 漬物の栄養素を舐めるな。どれもちゃんとバランスよく食べるものだ」
「食べないからな」
漆紀は頑なに漬物を避けて主菜の炒め物を頬張り、白米をかきこむ。
「……君ぐらいの歳ならいいけど、二十歳を超えるとそういう食い方ばかりすると太るぞ」
「ないない、俺は太らねぇよ。ドカ食いしないし」
「ドカ食いせずとも野菜も摂らないと太る。米も摂りすぎると太る。早いうち適切な食事に慣れておいた方が」
「家庭科の授業で散々聞いた。でも、今は今だ。食事くらいは、今を楽しんでもいいだろ世理架さん」
「……まあ、強制はしない」
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次の日。
武蔵村山市内の病院にて。
「……」
漆紀は真紀と面会すべく、真紀の病室にやって来た。
「あ、来た、んだ」
真紀は人工声帯で平坦なトーンでそう言い零す。
「しばらく来れなくてごめん。退屈じゃなかったか?」
「ううん、あたしの、スマホ……届けて、ありがとう、ね」
漆紀は以前の面会で真紀のスマホを届けていた。それを検索してあれこれ記事を読んでおり、退屈しのぎは出来ているようだ。
「お父さん、は?」
「仕事。最近忙しいとよ」
嘘だ。宗一は佐渡島で死亡している。
漆紀は父・宗一の死を、未だに真紀に話せていなかった。話せるはずがない。同級生にだって話していない。
真紀が入院中、自分の全く知らない所で漆紀が佐渡に拉致され騒動に巻き込まれ、宗一が死んだ。こんな一連の激しい出来事など、入院中の真紀に話す事ではない。
「……」
「……」
面会と言っても、お互いに話すことが思い付かない。
(俺……真紀といつも普通に話してたけど、真紀の趣味とか、目的って、よく知らない。妹なのになぁ)
好物が桃、それは知っている。一般的な兄妹がどこまでお互いを知っているのか漆紀には分からないが、自分のせいで入院する羽目になった真紀に対して様々な思いが浮かび上がる。
(いつも俺がなんかやらかすと、真紀がキツい文句を言って……兄妹喧嘩ってほどじゃないけど。俺が心配なようで、でも突き放すような事も時々言って……)
そう思い返すと、ふと漆紀は気になった。
これを真紀に聞くと、真紀は激怒するかもしれない。
それでも漆紀が聞こうと思った理由は、漆紀が真紀の兄だからに他ならない。
「真紀……夢あるか?」
「え?」
「俺は、お前の趣味とか目標、夢とか、家族間でもプライバシーがあると思って聞かなかった。でもそれって変だよなって思って。真紀、なんかやりたい事とか、あるのかなって」
「……」
真紀はベッドに寝そべったまま、眉間に皺を寄せ悩み込む。やがてゆっくりと口を開き、躊躇いを押し殺しながら平坦な声色のまま言った。
「うた」
「ッ!?」
うた。そう、歌。聞き間違えるはずもない。
「うた、歌い"たかった"」
知らなかった。知らない故に、より一層漆紀は心に矢が突き刺さった様な気がした。
いや、きっと先程の真紀の躊躇いは漆紀の心に矢を刺す覚悟を決めるためのものだったのだろう。
なぜならこれは、どう聞き取ろうと。
「歌手、配信、アイドル、なんだって、いい。うた、やりたかった」
真紀は、自分の喉では歌えない。喉を萩原組の男に撃ち抜かれたのは、漆紀のせいなのだから。
(俺は、真紀の人生曲げちまったんだな……はは、理不尽を許せずやり返し続ける性分に従った結果がこれか。己の衝動を優先した結果がこれだ。戒めろ……真紀から、目を、背けるな……!)
漆紀はこの場から逃げ出したくなったが、真紀から目を逸らす事はなかった。
「お前が、歌えなくなったのは俺のせいだよ真紀。俺が夜露死苦隊と萩原組にやり返し続けたから……ごめん」
「……いいよ。あたし、なんにも、いままで、話さなかった、から」
いいわけがない。
真紀は唇を噛み締め、漆紀は頭を抱えた。
真紀自身も、正直に答えれば漆紀が気負う事は承知で答えたのだろう。
「ごめん……ごめんよ、真紀」