6. 当たらぬ攻撃 世理架の鋭い指導
武蔵村山市内のスーパーにて。
漆紀は自宅から近いスーパーに寄っていた。本当はそのまま帰宅したかったが、自宅にマトモな食材が残っていなかったので買い足しに来た。
「漆紀君、普段自分で料理はしている?」
唯一落ち着かない点があるとすれば、世理架まで一緒に買い物に付き合っている点だろう。
「出来なくはないけど凝ったものは作れないから、とりあえずモヤシとかキャベツ……バラ肉を適当に買って炒め物にでもするか」
「これからずっとそんな感じで食べる気?」
「まあ……」
「よし。私が作ってあげよう」
「え?」
「どうせ君とは長い付き合いになりそうだ。今日みたいに修行のあと、私がマトモな料理を食わせてやろう」
「いやいや、世理架さん帰るの遅くなるでしょ」
「私は恰好こそ女子高生のそれだけど、実際は大人だから家にしばらく帰らなくても平気だよ。君と違ってね」
「それに、こんな近所のスーパーで……あんたと歩いてる所をもし知り合いに目撃されたら、変な噂になる。アイツ彼女いるんじゃーのかぁ~ってな」
「えー、そしたらそしたで面白そうなのに」
「あんたは面白くても俺は困る。学校であれこれ面白がられるのは嫌だ」
「でもさ、君はそんなあれこれ言える立場かい? 少しは考えた方がいい、何をするのが得なのかって」
あれこれ話しつつも、漆紀は食材や調味料を買い物かごに入れていく。
「とにかく、俺ん家に何度も遠慮なしに入られるのは嫌だ」
「はぁ、これだから君くらいのクソガキの歳は困る。まいいや、せいぜい脂ぎった不健康な献立で身悶えする事だね」
呆れた様子で世理架はため息を吐くと、踵を返して歩き始める。
「え、どこに」
「帰るんだよ。勝手に買い物済ませて帰ると言い。明後日またあの廃墟に来るんだ」
そう言うと世理架はそそくさと去っていった。
「なんだよ……変な人だ、世理架さん」
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2日後。
「らぁぁああああッ!!」
漆紀は放課後になると武蔵村山市北部の廃墟に来ていた。先日同様、世理架との修行である。漆紀は世理架へと駆けて勢いをつけると、飛び上がって大きく刀を振るう。
世理架はこれを金剛杵で受け流すと、勢い余って地べたに転がった漆紀を軽く踏みつけた。
「痛てっ!」
「助走つけての飛び斬りは無駄の極みだぞ! 漫画や映画の剣戟など全て忘れろ! 理に適った戦い方を身に着けるんだ。無駄な動きを減らせ」
「クソ……てか、こんな近距離の武器のやり合いばっかりやってるけど、竜理教の連中って魔法……それか銃も使って来るんだよな世理架さん?」
「戦闘部隊なら銃くらい持っているだろうね。むしろ、今の時代だと魔法使いといっても魔法はあくまで補助だったりで使うのが大半なんだ。魔法オンリーで戦うヤツなどいない。それぐらい銃が便利なんだよ」
魔法使いにとっては身も蓋もない結論を平然と言ってのける世理架に漆紀はため息を吐く。
「魔法使いなら、魔法だけで戦うものじゃないのかよ」
「さっき言ったばかりだぞ。漫画や映画など忘れろと言ったはずだ。現実に魔法が存在するならどう使うか考えろ。正直言って、誰かを殺すなら魔法を使うよりも銃で撃ち殺す方が効率が良いに決まっている」
「でも、魔法なら銃弾とか防ぐバリアを作る魔法とか」
「そんな都合の良い魔法はない。あるにはあるかもしれないが、一般的に魔法使いの集団や組織で学ぶ魔法にそんな魔法はない。あるとすれば、君の使うような村雨といった……小さき神が宿るアイテムでバリアに相当する魔法を引き出すしかないんだ。といっても、物品から引き出せる魔法はその物品の歴史に左右されるから、ピンポイントでバリアが作れる力を持つ物品を探すのは無理がある」
「つまりバリアが使いたきゃ世界中のマジックアイテムを虱潰しに収集して精霊術で力を引き出してみろってコトか……そりゃ、確かにバリアを張る魔法なんてまず期待しない方がいいな」
超常現象たる魔法だが、その性質ははどこまでも現実的だった。これが銃のない時代であるならば絶対的な優位性があったのだろうが、銃の誕生により魔法の優位性は大きく失われた。
「たとえば魔法で火の玉とか、氷のツララとか、そういうのを一発撃つのが普通の魔法なんだ。それは銃の様な速さで連射するのは無理なんだよ。弾の速度と数、魔法は銃に酷く劣っているんだ。これは漆紀君でも理解できるよね?」
「なるほど……確かに。速度も手数も銃が上か」
「ただ、唯一魔法が未だに銃に勝っている点がある。それはね、証拠が残らない事だ。銃を使用すると、薬莢や銃弾、その他もろもろ証拠が残る。でも魔法は超常現象なんだ、殺しに関わる物的証拠がまず残らない。例えば君の村雨だって、人を斬り殺したって刀を消してしまえるだろう? 凶器がないんだ。どうだい? とんでもないだろ?」
「魔法の優位性は証拠が残らない、か。世理架さん、俺のムラサメは血を吸わせればその血を使って傷を回復できるんだけど……他に回復魔法とかは」
「ない! バリアの話と同様に、そんな都合の良い魔法はない! 一般的に魔法使いの集団が学ぶ魔法にそんな魔法はない。使えない、存在しないんだ! バリアや回復は、物品から引き出す精霊術か……召喚術に頼るしかない。といっても、君みたいに回復機能付きの物品なんてそうそう巡り合う事ができないんだ」
「じゃあ、やっぱムラサメってすごい?」
「凄いさ。そんなものを手に入れてしまう、めぐり合うことができる辺り、君は竜王としての運勢を持ち合わせているよ……まあいい。とにかく、漫画や映画にあるバリアや回復の魔法なんてまず誰も使えない。だからこそ、一発二発でも銃弾が当たったら魔法使いとて致命的なんだよ」
現代において、銃は魔法に勝っている。それゆえ、魔法使いといえど戦闘時に魔法だけで戦うのは非合理的なのだ。
「さて、話はこれくらいにしよう。今日は金曜日なんだから、もっと機嫌よく意気を上げてかかってこい。明日は休みだぞ」
「どうせ明日も修行だろうに……」
漆紀は再び世理架へと村雨を向けて斬りかかるが。
「ダメだ、刀の握り方を忘れるな! 右手が上、左手は下、そして左手の力は軽くだ!」
漆紀が振るう村雨を良く見て金剛杵で弾きつつ世理架はそう指摘する。
「こうか!」
「そうだ! そして斬る時は中腰で斬れ! 剣道のように直立で斬るな!」
「らあッ!」
言葉で言われ、言うぶんには簡単だが、これを実際に己の体でやるのが案外難しい。それらの所作は1秒以内に納まる挙動故、考えて意識的にやろうとすると動きが鈍く遅くなる。
「だめだ、もっと腰を落として斬れ!」
世理架から何度も指摘されながら漆紀は村雨を5分ほど振り続けた。
「はぁ……はぁ……」
「よし、今日はここいらで終わりにしよう。漆紀君、明日の修行だが……場所を変える。どこかこの廃墟よりも……大きな音が出ても問題ない場所はあるか? 金剛杵と刀がぶつかる音が結構大きいのでな。そのうち、近くの住民がここまで登って来て見に来るかもしれないからな」
「んー……それなら、父さんが設けてた山小屋なら」
「山小屋?」
「青梅市の山中に狩りのための山小屋を建ててたんだ。父さんと一緒に行ったこともある」
「わかった。ならば、明日はそこで修行としよう。案内してくれ、車は私が出す」
世理架が金剛杵を布で軽く拭いて手入れを始めるが、彼女の現時点での行動を鑑みて言わなくてはならない事が思い浮かんだ。
「あの、世理架さん」
「ん?」
「この前、フェリーでは……あんたに当たって、悪かったよ。父さんを助けられなかったのは、あんたのせいじゃない。俺の所為以外に理由なんかないのに」
「……正直言って、あの時君が助けに行かなくても宗一君は死んでた。君が助けに行っても宗一君は死んだ。ならこう考えてくれ、宗一君は君を生かすために死んだ。そうだろう、あの時彼は……君を助ける為に佐渡島に渡って戦ったんだから。覚悟の上だったさ」
「わかった。ありがとう、世理架さん」