4. 学校での漆紀の日常
「おーい辰上! クソゲーしようぜ!」
武蔵多摩高等学校の教室で、漆紀は昼食を食べているにも関わらずクソゲーを勧めて来る烏丸蒼白に眉を顰める。
「おいおい、勘弁しろよ烏丸。飯食ってる時にクソって付くものを勧めるなよ」
相変わらずクソゲーの布教を勧める蒼白に、漆紀はため息を吐いた。
「クソゲーは確かに辛いけど、クリアした時の快感はガチでやばいぞ。ドラッグよりヤバいぞ、ドラッグやったことないけど。脳汁ぶっしゃぁああッてヤツだぞ!!」
「船橋市のマスコットみたいなコト言うな。てか脳汁とかいう寒い表現やめろよ、ネット民かよ」
「クソゲーやってるヤツなんて総じてみんなネット民だぞ辰上」
「そうだった、お前ネット民もやってるんだった……クソ」
うんざりした様子で漆紀は舌打ちするも、更にこの場をかき乱す第三者が声を掛けて来る。
「またクソゲー布教かよ烏丸。いい加減脳ミソまでクソになっちまうぞー」
ICC(陰キャコミュニティー)に所属し、女子らしからぬ勝気で享楽主義な性格をした女子生徒・下田七海が蒼白の背を軽く叩く。
「うわ出た、ネタ枠なんちゃってボーイッシュ女」
「は? しばくよ烏丸」
「やった瞬間下田が吹っ飛ぶことになるぞ」
「はいはい下田も烏丸もヤメヤメ。ここそういう漫画のヤンキー校じゃないから。ギャグ漫画に出るようななんちゃって進学校だから」
漆紀が平静なまま仲裁すべく弁を述べるが、さらにかき回す人物が来る。
「お、またやってるでござるな。そろそろ拙者のアレなゲームの布教も……」
クラスはおろかこの学校一番のキモオタであろう、平野小太郎が漆紀と蒼白と下田のもとにやってきた。
「お前のアレなゲームって表に置けないやつばっかじゃねーか。それにゲーミングパソコンじゃねえと出来ないような高スペック要求ゲームばっか」
漆紀は平然としたまま小太郎の布教を先んじて止めにかかる。
「なら、今度ゲームセンターでも取れる、際どいエッッなフィギュアの」
「そんくらいにしなよキモすぎだ」
まず七海がそう言って。
「ちょっとキモオタ度数高くね?」
蒼白が続けた。
「……ま、こんなのいつもの事ですな。拙者いつでも待ってますゾイ! 仲間に布教の報告をせねば」
懲りることなくそう言うと、小太郎は隣のクラスのキモオタ仲間に話すべく立ち去って行く。
これが漆紀と仲の良いクラスメイト達との日常だ。大したことはない、なんてことのない会話。深い意味などない会話に、漆紀は安堵のため息を吐いた。
そのときふと、蒼白が思い付いた事を口に出す。
「布教で思い出したけど、あの竜理教のやべーやつ居なくなったな」
蒼白の言う「竜理教のやべーやつ」とは、竜蛇彩那という女子生徒の事だろう。この竜蛇彩那という女子生徒はカルト宗教・佐渡流竜理教の信者にして、その佐渡流竜理教の司教を代々務める家の子女である。
こうした昼休みには飽きもせず同学年のクラスに押し入っては佐渡流竜理教の説教を話していた。それが急にパタンとなくなったのだから、蒼白が気がかりに思うのも当然である。
「カルトのヤツか。誰もマトモに聞かない説教が終わったんだから良い事じゃないか」
同意する七海の言葉も尤もであると、蒼白は二度頷く。
竜蛇彩那が学校に来なくなったワケを漆紀は知っている。
およそ一週間前、漆紀は彩那と他の信者達に拉致され佐渡島まで連れていかれた。その際の総本山での儀式中に漆紀の父・宗一が銃撃を開始した事で漆紀は総本山から脱出。
その際、漆紀はどういう情が湧いたのか彩那を連れて共に総本山を出たのだ。いや、理由はわかっているはずだ。
(助けたくなっちまったんだよなぁ。あんなヒロイン脳見せられたら、助けないとモヤっとするしな)
そうして彩那を連れる中で、彩那の母・香代子と伯母・貴子と遭遇。この時点で佐渡島内では漆紀の持つ竜王の力を巡って、佐渡流竜理教と本家竜理教による漆紀の争奪戦が発生していた。漆紀の知らないうちに、佐渡島では大きな争いが起こり始めていたのだ。
そのため総本山から伸びる寂れたアーケード街を抜けて逃げるつもりが、竜理教の魔法使い達に遭遇。その際に彩那の貴子が裏切り、彩那の母である香代子を射殺。
混乱する中、漆紀は彩那をなんとか説得して佐渡島西部・相川の街へと逃げた。
街では宗一の協力者である新南部世理架と出会い、状況の整理をする中で銃声を聞く。
漆紀は宗一の銃の音だと確信して助けに向かうと、実際に父が竜理教の魔法使いと戦っている場面に遭遇。
交戦の結果、漆紀は本家竜理教の魔法使い・宮田によって宗一を殺されてしまう。そのショックで竜王の力が溢れ、漆紀は宮田を撃退した。
その後、フェリーで佐渡島から出る際に倒れて意識を失い一週間の入院を経る。
この事件、漆紀にとってはただ失って傷ついただけの最低な出来事だった。
(……フィクションじゃないんだよな、佐渡島での戦い)
実感が湧かなかった。漆紀は明らかに当事者であるし、佐渡島で争いが起こった理由は漆紀の存在にほかならないのだ。
しかし宗一の最期を思い返すと、忘れていた実感が確かに蘇ってくる。
実感が戻って来ても、一連の出来事は漆紀に重く肩にのしかかるのだ。正直なところ誰かに話せたらとても楽になるだろうが、眼前の同級生達にとても話せる内容ではない。それほど重い話を話して巻き込むのは躊躇われた。
「おい、辰上? 聞いてるー?」
「え? ああ、なんだよ下田」
「あのカルト女子がどうなったんだろうなって話をしてるんだよ」
「竜蛇だっけ? あいつ確か……佐渡なんちゃらってカルトだろ。なら、この前の佐渡の災害で里帰りでもしてるんだろ多分」
「あー。実家がぶっ壊れたからってコトか。なるほど」
漆紀の推測に七海は合点が行った様子だ。実際には推測ではなく、彩那が佐渡島に残るというのは本人から聞いていたのだ。
「ありうる。カルトも災害には勝てないんだなぁ」
蒼白も「うんうん」と頷く。
「あ、烏丸。今日さ、ICCの連中を誘ってカラオケ行こうよ。割引の日だし」
「カラオケっていうか、ただの音痴大会になりそうな気が」
「この前音痴大会になっても面白かったじゃないかよぉ!」
七海が蒼白に放課後の事を話していると、ふいに七海の視線が漆紀に向く。
「なあ、辰上も来るだろ?」
普段ならばここで行くというところだろうが。
「悪い。家の用事があってさ。手伝わないといけないんだ。また誘ってくれ」
漆紀にはやるべき事がある。楽しく高校生らしく素直に遊びに興じれないワケがある。
「なんだよー。んー……今度だぞ。今度来るよなー?」
「今度な」