13. 小太郎の尾行
竜蛇彩那が漆紀の家へと押し掛けた次の日。(水曜日)
放課後、小太郎は漆紀の後を尾行していた。
(辰上氏が魔法使いなのは、本当だとしても……悪人なのだろうか。親父殿が極端に魔法使いを断罪しているだけではないのか。まあ、魔法使いだとしても万一戦闘になることを考え、装備は万全……袖の下の暗器も準備ヨシ)
小太郎は焦らず目立たず、足音を抑えて物陰に隠れつつ漆紀の後を尾行する。
(親父殿が拙者に嘘を言う必要性や利などない。警察から聞いた萩原組の話が事実とすると……組員達の死因のめちゃくちゃさからして魔法以外にありえないと。だが、辰上氏は暴力団員と止む無く戦闘し殺害したとして……その殺意が一般人へ本当に向くのか? 親父殿は親父殿で、見境なしに魔法使いを殺している。我が父ながら、頭がおかしくなっているのでは)
小太郎は自身の父の考えについて極端すぎると拒否反応を示していた。小太郎の父の考えは、魔法使いは何の拍子や気まぐれで一般人を殺すかわからない不安定な存在ゆえ世の為に殺すべきであるという考えなのだ。
確かに魔法使いの魔法は、そもそも魔法という超常現象ゆえに基本的に証拠が残らない。
魔法で人を殺害すると総じて現代兵器や凶器での殺害とはかけはなれた死に方になるので、警察の捜査が迷宮入りになり易いのだ。
今回の漆紀が殺害した萩原組組員達も、萩原組屋敷で死んだ者達などは大量の水による溺死や圧死が死因なのだ。死因が分かったとして、どうやって萩原組屋敷内で組員を溺死や圧死にするのだ。
そう、立証ができないのだ。
まず溺死にフォーカスしてみよう。溺死死体は萩原組屋敷の手洗い場や台所、浴室などからは離れている場所にもあるのだ。仮に手洗い場や台所、浴室で溺死させてから死体を運んだとして、溺死死体からは犯人と思われる指紋がないため運んだ痕跡がないのだ。
ゆえに溺死にフォーカスしても、通常の溺死での立証は不可能なのだ。
現場状況だけで整理すれば、突如として屋敷内に大量の水が放出されてその水で組員達が溺死や圧死をしたとしか説明できないのだ。しかし、その大量の水をどうやって屋敷内で用意したのか、どうやって圧死するほどの勢いで組員達にぶつけたのか、全く謎である。屋敷内の手洗い場や台所などの水道場から水を溢れさせたとしても、とても足りない水量で組員達は殺されている。
全てがめちゃくちゃ、それが魔法。
以上が小太郎が父から聞かされた、警察のスジからの情報である。
(そもそも親父殿が魔法を語ることにデメリットなどない。本当にあるから、拙者に話したのだろう。でなければ親父殿が魔法を妄想する精神異常者ではないか。だがそれはない、拙者は佐渡島で……辰上氏の魔法を確かに見てしまった)
佐渡島にて漆紀が持った刀から大量の水を放出する様子を、物陰から小太郎は見ていた。
(でも、人を殺せる能力を持ってるからと言って辰上氏を殺すなど……彼の性質が本当に悪かどうかに関係なく、悪に傾く可能性があるだけで親父殿は危険だと言っている。だが、そんなことは一般人にも言えることではないか)
一般人だろうと人は唐突に悪に転じる事がある。昨日まで職場の人に好かれていた善人が、糸が切れたかのように誰かを殺した事件だって実在する。
(まあ問題は、一般人と違い魔法使いの場合は人を殺したところで死因が滅茶苦茶で証拠も残らないから一般人の殺人犯より捕まりにくいという所でしょうな。だからこそ、親父殿は魔法使いが気まぐれに人を殺す事が許せないのでしょう)
家族という特別なフィルターをつけずとも、小太郎には父の考えも一理あるとわかってしまう。
魔法使いという理不尽な力を持った存在。彼らはその気になれば気まぐれで簡単に人を殺せ、そのうえ証拠も残らないので殺された人の死因も滅茶苦茶で捕まらない。
ふざけている、何様のつもりだ、といった憤りも混じっているだろう。
そうこう小太郎が考えつつ漆紀を尾行していると、武蔵村山市北部の小高い場所にまでやってくる。
(ん? この廃墟は確か、夜露死苦隊という暴走族のアジトでしたな。しかし夜露死苦隊は崩壊したはず)
コンクリート製の大きめな廃墟に着いた。
小太郎は見えないよう廃墟周囲の木々に隠れる。
「じゃ、今日もやるか世理架さん」
「やっと来たか。まったく、刀の持ち方はもうさすがに大丈夫だろうね?」
(辰上氏の他に誰か居る……女性ですな)
「刀はもういいって世理架さん。魔法のほうを教えてくれよ」
(魔法! もう言い逃れできぬ、辰上氏は魔法使いでござる)
自分に言い聞かせるように、小太郎は脳内でそう復唱した。
「漆紀君、自分の魔法で何が出来るか把握してからだよ。とりあえず魔法だけを全部見せてくれ」
(これは好都合。辰上氏の手の内を余すことなく見れるとは)
「んじゃ、やるか」
漆紀は荷物をその場に置くと「ムラサメ」と呟く。すると右手に濃霧が立ち込め、その中から一振りの刀が姿を現す。
(何もない所から刀を……萩原組の死体には斬殺死体や刺殺死体もあったと聞く。あれならば凶器が刀だとしても見つからないのも合点がいくでござる)
漆紀が村雨を取り出すと、世理架の少し横辺りに刀の切っ先を向ける。
「じゃあまず放水から!」
村雨の刀身から、大量の水が一気に噴き出した。それはまるで大津波のような勢いである。
(あの水量は!? あれならば、萩原組での溺死や圧死も説明がつくでござる。あの放水で、組員を殺した……不可能ではない、あの水量ならば)
「水量はとんでもないねぇ、漆紀君」
「実際これでヤクザを倒してるんで。次は……防御だ、ムラサメ」
そう言うと漆紀の身体から1mほどの距離感で四方八方を囲う水の壁が刀から展開された。
「水の壁か。こんなの、今までわたしに見せてなかったじゃないか。良い魔法を持っているな。この水の壁なら、銃弾の弾速も大きく落ちて威力を削げるじゃないか」
世理架が意外にも絶賛するが、当の漆紀は水の壁で囲われているため彼女の声がよく聞こえない。
(水の壁……あれでは銃で撃っても、大した威力になりませぬな。銃は不意打ちでなければ効かないっと)
小太郎はそう頭に刻み込んで、様子見を続ける。
漆紀が水の壁を解くと、壁を成していた水が力なく地べたに落ちる。
「水の壁だから世理架さんが何話してんのか分かんなかったけど」
「周りの音が聞こえないのか?」
「銃声なら普通に聞こえる。ヤクザとの戦いの時に」
「まあ、宗一君から聞いてはいたけどヤクザへカチコミに行ったんだっけ? よくやるよ」
「次は……移動をやる」
「移動?」
漆紀は村雨を地べたに向けると、刀身から先程のような大量の水を放出して飛び上がる。
「おお、水圧で空を飛ぶってやつか!」
「空ってほど上がれないけど、5か6mは行けるんだよ世理架さん!」
(高所に移動する方法を持っていると。色々出来るのでござるな)
漆紀が水の勢いを弱めていき着地すると、村雨を軽く地面に突き立てる。
「今度は、霧を出す」
「霧?」
村雨の刀身から霧が吹き出し、四方八方へと瞬く間に広がって周囲を霧で包む。
「おお、なかなか濃い霧だ。わたしからは漆紀君がまったく見えないぞ」
「そりゃどうも。んじゃ、霧を解くんで」
(霧を出せるだなんて厄介でござるな)
霧が晴れていき、漆紀と世理架の姿が明確になっていく。
「ムラサメで出来ることはこのくらいだ、世理架さん」
「今見たのは4つだけど……そうだな、その4つの魔法を応用できるよう考えようか」
一通り漆紀の魔法を見た世理架は漆紀に近付き、話し合いを始めた。
(魔法の応用を考えている? 辰上氏は万全に使いこなせているわけではない? まだ未熟ということですかな。よし……もうしばし様子を見るでござるか)




