第89話 旅立ち、そしてメイド・ミアの過去
「――それじゃあ、準備はいいかな?」
翌日、僕たちはアリスティア領を巡る旅へ向かう準備をしていた。
馬車は僕と僕の両親が乗る馬車、アリアとアリア父の馬車、メイドや使用人が乗る馬車が2台、荷馬車2台と、計6台ある。けっこうな大所帯だ。
「こ、こんな大がかりな移動して大丈夫かな。襲われたりしない?」
「ああ、大丈夫だよ。この旅はアリスティア様が管理されているからね。あちこちに戦闘スキル持ちの護衛が配置されている。それにうちから連れてきた使用人とミアも、戦闘スキル持ちだよ」
「えっ、ミアも!?」
「ああ。彼女は複雑な境遇で育った子でね、元は奴隷だったんだ。でも8歳で授与されたのが戦闘スキルだったことから、特別な訓練を施されてアリスティア様の元に献上されたらしい。愛玩用兼、護衛奴隷としてね」
ミアにそんな過去があったなんて……。
「でもアリスティア様は、屋敷の使用人や衛兵はちゃんと雇うのが信条でね、奴隷は置かないんだ。だからメイドに昇格となって、今にいたる」
「そ、そうだったんだ……」
アリアも言ってたけど、メイドにはいろんな境遇の子がいるんだな。
もしかしたらミアを僕に付けたのは、行き場をなくした者同士分かり合えれば、と思ったのかもしれない。
明るく表情豊かなシャロももちろん大好きだけど、静かに寄り添ってくれるミアにもいつも救われているのだ。
「だから――ってわけじゃないけど、ミアが君といて楽しそうに笑ってるのを見てると、私まで嬉しくなるよ。彼女が連れてこられた当初を見ているからね」
心の底から嬉しそうに話すアリア父を見て、やっぱりこの男はすごいな、と思わずにはいられない。
彼と出会えた僕は、奇跡レベルに恵まれてるんだろうな。
「僕もおじさんのような大人を目指して頑張るよ」
「ええ? なんだい急に。フェリク君はもう、私なんかよりずっとすごいじゃないか。むしろこっちが見習いたいくらいだよ」
そう、アリア父はおかしそうに笑う。
この天然人たらしめ!
「ちょっとパパ!? ずるい自分だけフェリクとおしゃべりなんてっ! 私には早く準備しなさいって言ったくせにっ!」
「ああ、悪い悪い。すぐ行くよ。……それじゃあフェリク君、またあとでね」
アリアに怒られ、アリア父は笑って馬車へ入っていった。
「フェリク、おまえもそろそろ」
「うんっ、今行く」
馬車に乗り込むとドアが閉められ、しばらくして動き出した。
「こんな立派な馬車で長旅なんて、初めてだな」
「そうね、わくわくするわね。フェリクが作ってくれたお弁当も楽しみだわ」
「お弁当っていっても、簡単なおかずとおにぎりだけどね。でもおにぎりは、冷めても固くなりにくいように工夫してるんだ。きっとおいしいよ」
朝、メイドさんや使用人とともに、大量のおかずとおにぎりを用意した。
それらは腐らないよう、すべて冷却庫に入れてある。
――そういえば、農場を見て回ってて精米機を披露するのを忘れてたな。
次の村に着いたら、そのタイミングで見せてやろう。
「そういや母さん、お米に勝手に名前つけただろ」
「ああ、そうだったわ。すっかり忘れてた。最初はもっちり系を『フェリク米』、しっかり系を『クライス米』にしようと思ったんだけど、お父さんが反対するから……。お母さんは今からでも、変えてもいいと思っt」
「『絹肌』と『恵みの宝石』でお願いします!!!」
「ええ~」
反対した父さんよくやった!!!
というかなんでもっちり系が僕の名前なんだよ!
せめてしっかり系にしてくれ!!!




