第84話 旧ファルムへ向かう道のり
こうして迎えた二日後。旅立ちの朝。
「フェリク君もアリアも忘れ物はないかい? リストは確認した?」
「うんっ。パパもちゃんと確認した?」
「ああ。途中でクライス農場へ行って、クライス夫妻と合流するからね。アリアは私を怒らせるようなことをするんじゃないぞ」
「もう! 分かってるわよっ! 子ども扱いしないで!」
アリアはぷくっと頬を膨らませ、アリア父を睨みつける。
どう考えても子どもだけどな!
「それじゃあエイダン、頼んだよ」
「かしこまりました。行ってまいります」
領主様や執事さんが見守る中馬車に乗り込み、いよいよ出発だ。
これまでにも、領主様やアリア父に連れられていくつかの街や村を回ったことはあるが、ここまで本格的な遠出は今回が初めてとなる。
「フェリク君は睡眠不足なんじゃないかい? 昨日も遅くまで精米してたって聞いたよ。眠かったら寝てもいいからね」
「本当、みんなフェリクに頼りすぎよっ」
「いやあ、申し訳ないとは思ってるよ。でもスキル【品種改良・米】も【精米】も、フェリク君しか使えないからね……仕方ないんだよ」
アリア父はそうため息をつく。
スキルは個々特有というわけではなく、多くの場合は複数名同じスキルを持つ者が存在する。
しかし、少なくともこのアリスティア領内には、僕と同じスキルを持つ者は1人もいないらしい。
「でも、こうしてみんなの役に立てるのは本当に嬉しいんだ。アリアやおじさんにはずっと助けられてきたし、領主様が拾ってくれなければ、うちは路頭に迷うか奴隷落ちしてただろうからね」
「フェリク君は子どもなんだから、恩を返さなきゃなんて思わなくていいんだよ。あれは村の住民が悪いわけだし、それを阻止できなかったうちにも責任がある」
「……うん。でも僕、お米が本当に好きなんだ。それにほら、おじさんたちのおかげで、今やうちもお金持ちだしねっ」
正直お金にそこまでの興味はないが、でもこうしてやりたいことをさせてもらえるのは、うちがちゃんと儲けを出しているからだろう。
「……フェリクがパパみたいにお金とお仕事大好き人間になったら、なんか嫌だなあ。フェリクには今のままでいてほしい……」
「こらアリア、どういう意味だ? おまえが何不自由なく暮らせてるのはだな――」
「あはは、大丈夫。僕はいつでもお米命だよ」
「……それはそれでどうかと思うけどっ」
馬車の中では、こんな他愛もない会話が延々と続いた。
「今後の予定だけどね、まずはクライス農場に行って、そこでフェリク君の両親と合流してそのまま一泊する。農場の方も、君はまだ一度も見てないだろう?」
「うん。実はずっと気になってたんだ」
「……でも、アリスティア様が徹底的に再開発したから面影はないけど、君はあそこでひどい目に遭ってるからね……少し心配だ」
――まあ、普通の子どもならトラウマものだよな。
もちろん、中身大人でもそれなりにダメージはあったけど。
でも、加害者は領主様が一掃してくれたし、今は僕に害をなそうとする相手もいない。
「大丈夫だよ。僕はそんなに弱くないから。おじさんこそ、あの一件で領主様に怒られたんでしょ? 大丈夫?」
「ええ、いや……あはは。君には本当に敵わないよ」
アリア父はおかしそうに笑う。
窓の外には、見慣れた風景が広がっている。
ファルムはなくなっても、周囲の景色はそのままだ。
――クライス農場、か。
楽しみだな。




