第73話 フィーユの決断、そしてその先へ
「……アリア」
「ひ、ひゃいっ!?」
「……わたくしのせいでごめんなさい。まさかいじめられていたなんて、本当に知らなかったの。あなたがフェリクと出かけていた日の夜、感情を抑えられなくて……。気分転換に庭に出ようとしたら、偶然あのメイドがいて……」
フィーユは、自身のことを少しずつ語り始めた。
そこで聞かされたフィーユのこれまでの生活、そして僕への思いに、思わず胸が苦しくなる。
横でそれを聞いていたアリアも、言葉を失っているようだった。
僕が何気なく伝授したあの甘酒とお粥は、フィーユにとって本当に、奇跡を起こした「魔法の食べ物」だったのだ。
「……ごめんなさい。私、何も知らなくて。お嬢様が命じたんじゃないかって疑ってました」
アリアはそう、涙をこぼす。
「元々わたくしが愚痴をこぼしたのが原因だもの。そう思ってしまうのも無理ないわ。あなたは、わたくしのことをよく知らないのだし」
「ふ、フィーユ様、その、僕は……」
「……待って。あなたまさか、この場でわたくしを振ろうなんて思ってないでしょうね? あなたがお米バカでアリアを想っていることくらい、百も承知です! もう何も言わなくて結構よ。……お父さま、わたくし、寮付きの学校へ行くことにします」
フィーユは改めて領主様へと向き直り、ババーン!という擬音が響きそうな勢いでそう宣言する。
というか、なんか聞き捨てならない発言があった気がするんだが!?
「フィーユ、おまえは病み上がりなんだ。ダメに決まっているだろう!」
「いいえ、行きます。グラムスの学校なら近いし、それにわたくし、もう体はなんともないの。……ここにいたら、いつか本当にアリアをいじめてしまうかもしれないわ。お父さまも、そんなことは望まないでしょう?」
「…………。はあ。体は本当に、まったく問題ないんだな?」
「ええ。……フェリクが定期的に甘酒を送ってくだされば、より確実でしょうけど」
フィーユはそう言って、チラッとこちらを見る。
何でもいいから送ると言え、という圧がすごい。
「え、ええと……甘酒くらい、もちろんいくらでもお送りしますけど……」
「そう、なら問題ないわね」
「あ、あの、そんな、お嬢様が出ていく必要は……」
「あなたはフローレス家の娘なのでしょう? ならここにいて、うちのために貢献してもらわないと。あなたにはあなたのやるべきことがあるのよ、アリア。……はい、この話はもうおしまいっ! バトラ、手続きは任せたわよ」
フィーユはバトラの反応を確認することもなく、そのまま部屋を出ていった。
残された僕たちはもちろん、領主様も、何も言えずにただぽかんするしかできなかった。
「……あ、頭が痛い。あの子はいつからあんな主張の激しい子になったんだ」
「それだけお嬢様も成長なさったということでしょう」
「……バトラ、今すぐ学校に連絡して、フィーユが何不自由なく暮らせる環境を整えるんだ。私はマリィと話をする」
「かしこまりました」
「君たちももう戻りなさい。うちの娘が悪かったね。アリアの件含め、メイドたちにはこちらから伝えておく」
領主様はそれだけ言い残し、バトラを連れて部屋を出ていってしまった。
部屋には僕とアリア、それからアリア父が残された状態だ。
「……ぶ、無事解決してよかった。今度こそおしまいかと思ったよ。まったく勘弁してくれ。でも、お嬢様が良識あるお方で本当によかった……」
2人が遠ざかったころ、アリア父は深いため息をつき、その場に崩れる。
アリア父のこめかみには、冷や汗が伝っていた。
「パパ、ごめんなさい……」
「アリアは何も悪くないよ。僕が悪いんだ。まさかこんなことになるなんて……。もっと距離感を考えて動くべきだった。ごめんなさい」
「……いや、2人とも無事で何よりだ。フェリク君、アリアのことは任せていいかな」
「はい」
こうしてフィーユ様は再び屋敷を離れることになり、アリアはメイドを辞めて僕の工房で働くことになった。
――今はきっと、時間が必要なんだろうけど。
でもいつか、フィーユ様ともまた笑って話せる日が来るといいな。




