第71話 アリアを守るために
「――アリアを工房で?」
「はい。アリアはフローレス家の娘です。今後もこうして働かせていただくことを考えると、将来は仕事で関わる可能性も高いと思うんです」
アリアと話をした翌日。
僕はアリアとともに領主様の執務室へ行き、話をすることにした。
そこには、アリア父も呼んである。
「アリア、あれだけごねてメイドになったのに、もう辞めるのか? あまりアリスティア様に迷惑をかけないでくれ。このお方は――」
「いや待てエイダン。……アリア、何か困るようなことがあったのかい?」
「……そ、それは」
アリアは、助けを求めるようにこちらを見る。
どう切り出したらいいのか分からない、という様子だ。
……まあこのまま放置して、またアリアに手を出されても困るしな。
「そういえば領主様、洗浄機の魔力が切れているようですね」
「……うん? 洗浄機? そのあたりの管理はメイドに任せていてね……。でも月に一度のメンテナンスは依頼してあるし、魔石残量がなくなりそうなら、遠慮なく魔導士を呼ぶようにと伝えてあるはずだが」
領主様は、不思議そうにバトラを見る。
バトラも認知していなかったようで、分からない、と首を振る。
もしかしたら、魔力切れであること自体が嘘なのかもしれない。
「……そうなんですか? でもここ数日、魔力切れで洗浄機が使えないからと、アリア1人で手洗いするよう命じられていたらしいですよ」
「……なんだって?」
「アリア、本当なのか?」
少し白々しいかと思ったが、領主様もアリア父も、それで何が起こったのかを察したのだろう。
眉をひそめ、アリアの様子を見る。
アリアの手は、ここ数日の洗濯でひどいあかぎれを起こしていた。
「……アリア、君にその仕事を命じたのは誰だ」
「――ひっ、あ、その……め、メイジーさん、です……」
「ああ、すまない。君に怒っているわけじゃないんだ。バトラ、今すぐそのメイドを連れてくるんだ」
「かしこまりました」
アリアは事が大きくなったことに戸惑っているのか、僕の服をぎゅっと掴む。
その手は、小さく震えていた。
「大丈夫だよ。アリアは何も悪いことはしてないんだから」
「う、うん……」
しばらくすると、バトラが1人の女性を連れて戻ってきた。
彼女――恐らくメイジーは、アリアの姿を見るなりハッとした様子で青ざめる。
「だ、旦那様、あの……」
「まず確認したい。洗浄機が魔力切れだというのは本当か?」
「……わ、私はそのようなことは申しておりません。このメイドの勘違いではないでしょうか」
「なら話を変えよう。洗濯は、新人メイド1人に押しつける仕事なのか?」
領主様は、まっすぐにメイジーを見る。
メイジーは何か言おうとするも、言葉が浮かばないのかただただ俯き、口元を震わせるばかりだ。
「どんなメイド相手でも許されることではないが、アリアは、私が懇意にしているフローレス商会の大切な娘さんだ。私にとっては、君の家以上に替えのきかない大事な相手だ。なぜそんなことをした」
「――――っ。お、お許しください旦那様。わ、私はただ、お嬢様に命じられたことを実行したまでです。お嬢様が、言うことを聞かなければ私をクビにすると――」
メイジーは、そうその場に泣き崩れる。
「…………フィーユが?」
「お嬢様は、フェリク様に思いを寄せております。ですから、幼なじみであるアリアのことが邪魔だったのでしょう」
「…………」
領主様は頭を抱え、深いため息をつく。
「……バトラ、何度も悪いが、フィーユを呼んでくれ」
「か、かしこまりました」
部屋には、何とも言えない淀んだ空気が流れている。
黒幕がまさかのフィーユ様かもしれないのだから、領主様も真偽を確かめるまでは気が気じゃないだろう。
――でも、本当にフィーユ様が犯人なのか?
僕に笑顔を向けながら、裏ではメイドを使ってアリアをいじめるなんて。
そんなあくどいことをする子には見えなかったけどな……。




