第68話 アリアの様子がおかしい
「……アリア、眠そうだけど大丈夫?」
「……ふえ、ああ、うん。大丈夫。仕事に戻らなきゃ」
アリアはふらふらと立ち上がり、本やノートを片づけ始める。
最近、アリアの様子がおかしい。
授業中もそのあとも、やたらと眠そうにしている。
それに授業に来るのもギリギリ、終わったあとも、工房に寄る間もなくすぐに仕事に戻ってしまう。手荒れもひどい。
「アリア、ちょっと工房に寄っていかない?」
「……ごめん、仕事がまだ終わってないの」
「でも、そんな状態で働いたら危ないよ。とりあえずこれだけでも飲んで」
「……ありがとう」
アリアに、持ち運び用のボトルに入れていた甘酒を手渡す。
甘酒を飲み干すころには、少しだけ回復したようだった。よかった。
本当はもっと強力な回復薬も作れそうだけど、領主様に禁止されてるからな……。
「……アリア、もし何かあるなら」
「ご、ごめんねフェリク、私もう行かなきゃ。また明後日ね」
アリアはそれだけ言うと、足早に部屋を出ていってしまった。まるで僕から逃げるみたいに。
「……シャロ、ミア、アリアの様子、おかしくないかな」
「…………」
「…………」
シャロとミアは、困った様子で顔を見合わせ、目を逸らす。
やっぱり何かあるんだ……。
ほかのメイドは普通だし、いくら見習いとはいえアリアだけあんなことになるなんて変だ。
でも、少し前まで仲良くやってるって言ってたのに……。
「――ふ、フェリク様、あのっ」
「ちょっとシャロっ」
「……2人とも、何か知ってるんでしょ? アリア、いじめられてるの?」
「…………」
「なんで? 誰に?」
「…………申し訳、ありません」
この2人がこんな頑なに口を閉ざす理由はなんだ?
僕、そんな信用ない?
……それとも、何か言えない特別な事情があるってことか?
◆◆◆
翌朝6時。
いつもより2時間ほど早く起きた僕は、こっそりメイドの作業場へ向かった。
メイドたちの朝は早いらしく、皆すでに慌ただしく働いている。
――アリアはどこにいるんだろう?
作業場と言っても、そのスペースは非常に広い。
そのうえ全員が似たようなメイド服を身にまとい、髪をうしろにまとめて動き回っている。
一部談笑しているのは、恐らく貴族たちなのだろう。
いずれにせよ、身長からしてアリアではない。が。
「――まったくあの子、平民の分際でお嬢様の思い人に付きまとってアプローチなんて、どういう神経してるのかしら。さっさとここから出ていけばいいのに」
「本当よね。お米の子と一緒に授業受けてるんでしょ? 商会の娘だか何だか知らないけど、厚かましいにも程があるわよ」
――いや、うん。お米の子って。
間違ってはないけども。
というか今、授業受けてる商会の娘って言ったよな?
思い人に付きまとうってなんだ?
もしかしてアリア、この屋敷内に好きな人がいるのか……?
なぜか少し、心にざわつきを感じる。
――っていやいやおかしいだろ!
可愛い幼なじみを取られて嫉妬してるのか?
相手は9歳の女の子だぞ!?
僕は壁の陰に張りつき、そのメイドたちの話に耳を澄ませる。
「でもお嬢様も、ちょっとスキルに恵まれただけの平民に恋しちゃうなんて、言っちゃなんだけどお子様よね~」
「ちょっとやめなさいよっ。誰かに聞かれたらどうするの!?」
「でもみんな思ってるわよ。聞いた話だけど、アリアに嫉妬して、旦那様に一緒に授業を受けたいって泣きついたそうよ?」
――――え。
え、そ、それって僕、だよな? え?
フィーユ様の思い人が僕?
いやいやいやいや、さすがにそれは――。
でもたしかに、言われてみれば納得してしまう部分もある。
実際、やたらと懐かれていたのは事実だし。
けど最近会ったばかりのご令嬢が、米のことしか頭にない僕なんかに惚れる理由が分からない。
友達いないって言ってたし、友情と恋愛の区別がつかない、とか?
それとも恋に恋しちゃうお年頃的な?
もしくは米に恋を!?
わ、分からん……。
というか!
アリアが僕と一緒にいるのは、家族同然に育ってきた幼なじみだからで!
決してそういう好きじゃないから!
…………ち、違う、よな?
いや、そんなことより。
アリアをここから助け出さないと。
でも、僕が普通に話しても意地を張るだろうし、何か策を……。




