第54話 それぞれの仕事、そして納豆
授業とアリアのメイド生活が始まって数日が経ったころ。
「どう? 私だってやればできるんだからっ」
「お、おう」
週3日の授業(+宿題)をこなしながら、アリアは案外頑張っていた。
メイド同士の付き合いも今のところ問題なく、歳の近い子はみな平民であることから、それなりに楽しくやっているという。
また、行儀見習いで入っている貴族からの評判もいい、とシャロが教えてくれた。
「いやでも、本当にすごいよ。さすがフローレス家の娘だね。勉強も、さっきもラヴァル先生褒めてたし。アリアって頭よかったんだ」
「ふふん♪ これくらい当然よ!」
「今はどんな仕事してるの?」
「お屋敷の掃除、あとは洗濯と雑用がほとんどかな。でも洗濯は洗浄機があるからとってもラクよ。集めて入れて、スイッチを押せば勝手に洗ってくれるの。あとは干して、乾いたら畳むだけ。汚れがひどいときは手洗いするけど」
洗浄機というのは、冷却庫と同じ魔導具の1つらしい。
恐らくだが、洗濯機のようなものなのだろう。
「……ああ、そうだ。あとでキッチンにおいでよ。甘酒とごはんご馳走するよ」
「本当!? 行く行く! フェリクのごはん久しぶり~♪」
「ちゃんと食べてる?」
「もう、フェリク心配しすぎ。平気よ。みんな優しいし、私はお金に困ってるわけじゃないもの」
「まあ、そうだよね。……でもじゃあ、なんで突然メイドに?」
「――あ。そ、それは……その……ひ、秘密よ秘密っ!」
アリアはしまった、という顔で口に手を当て、視線を彷徨わせる。
勢いでうっかり口を滑らせるかと思ったが、そうはいかなかったようだ。
「そ、そんなことよりキッチンに行きましょう! 夜はまた仕事なの。早くフェリクのごはんが食べたいわ」
「そっか。じゃあ行こうか」
◆◆◆
「フェリクは、最近はどんなことしてるの?」
「うん? 変わらずだよ。品種の研究をしたり、精米したり、レシピ開発したり、レシピ本用の料理を進めたり。あとはお餅を作ったり、米麹を培養して醤油、味噌、みりん、酒、酢、甘酒、塩麹づくりもやってる」
「そ、そんなに……」
「まあせっかくだしね。ほかにも、どうしてもごはんと一緒に食べたくて、納豆と鰹節にもチャレンジした。鰹節はまだ完成してないけど」
「な、なっとう……? かつおぶし……?」
アリアは聞いたことのない2つの名前に困惑している。
「アリアも食べてみる? でも納豆は、僕は好きだけどかなり人を選ぶ食べ物なんだ。匂いも強烈だしね」
「へえ? でもフェリクは好きなんでしょ? 食べてみたいっ」
アリアは前のめりになり、意気込みを見せる。
アリアもなかなかにチャレンジャーだな。
けど僕の直感だけど、これは匂いでリタイアするな!
そう思いながらも、冷却庫から納豆を取り出してアリアの前に置く。
「……何これ? 枯れた草? これ食べられるの?」
「この草――というか藁に包まれてるんだ。開けてみて」
アリアは不思議そうにしながらも、結ばれている部分を解いていく。
ちなみに納豆は、稲の茎の部分、つまり藁に住み着いている納豆菌(枯草菌)を活用して作る発酵食品だ。
この菌は麹と違って藁に大量にいるため、水に一晩ほど漬けた大豆を煮て、それを藁で巻くだけで完成する。作ってみると案外簡単だ。
「――な、何これ臭いっ! ちょっと、これ腐ってるんじゃない!?」
「納豆はそういう食べ物なんだよ。これを器に移して、混ぜて醤油をかけて」
「……ええ、これ大丈夫? おなか壊したりしない?」
「アレルギーがなければ大丈夫なはずだよ」
……そういや、この世界ではアレルギーって聞かないな。
やっぱり前世の日本に比べると衛生管理が雑だから、免疫機能が発達するのか?
知らんけど。
「……フェリク、私これ無理。味以前に、食べた瞬間鼻に凄まじい匂いが」
アリアは一口食べたあとすぐにフォークを置き、匂いを避けるようにテーブルから遠ざかった。目には涙を溜めている。
「やっぱりダメか。好みが分かれるって言ったの、分かっただろ」
「こんなの好きな人いるの!? カユーよりひどいじゃない! うえ……まだ匂いが残ってる~っ」
「ええ、僕は好きだけどなあ納豆」
――まあこうなるだろうと思ってたけど。
でもせっかくだし、いつか克服させてやれたらいいな!




