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雷鳴の武神  作者: ジュリ
第二部 契約者の詩
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第92話 明かされた情勢

 戦いのあった場所からわずかに離れた森の奥に、簡素な野営地が設けられていた。

倒木と岩陰を利用した仮設の陣は、いかにも急拵えで、長居は想定していない事が見て取れる。


空は澄み切り、雲一つない快晴だった。朝の陽光は柔らかく木々の葉を透かして地面に淡い影を落としている。

しかし、風は冷たく、肌に触れるたび、夜の名残を思い出させるようだった。


焚き火を囲む者達の間には沈黙が流れていた。

剣を拭う手つきも荷を纏める動作もどこか慎重だった。 

ここは安全ではない。

この地で起きた出来事は単なる襲撃で終わらない事を、誰もが薄々と理解していた。


 そして、沈黙を破ったのはローラだった。


「久しぶりだね。グラディウス以来だ」


焚き火の向こう側に立ち、彼女はレイン兄弟を静かに見据える。その表情は決して柔らかくないが、口調は穏やかだった。

ジェイドは一瞬、返答に困ったように目を泳がせた後、小さく息を吐いた。


「あの時は……世話になった」


グラディウスの難民をトルミアが保護する事に決まったのは、ローラの働きでもあった。

ジェイドの態度は一見素っ気ないが、拒絶ではない。

感謝と、まだ整理しきれない感情が混ざった返しだった。


ジェフリーは兄の半歩後ろに立ったまま、視線を落として焚き火を見つめていた。

ローラと再会し、あの日の光景が脳裏によぎっていた。彼の内心もまた、複雑な状況であった。


そんな二人の様子を一瞥すると、これ以上は踏み込まず、静かに言葉を続けた。


「とにかく、無事で何よりだ。……こんな所で会うとは思っていなかったけど」


問いではなかった。しかし、その言葉が「理由を話せ」と促しているのは明白だった。


 焚き火がパチリと音を立てた。

その小さな音が、次に語られる重たい話の前触れであるかのように場に響いた。


 短い沈黙の後、割って入る形で声を上げたのはマリーだった。


「……ねえ」


焚き火の反対側から少し身を乗り出す。年相応の軽さを残した声だったが、その視線はレイン兄弟を真っ直ぐに見つめていた。


「私、さっき遠目に見たんだけど……あなた達を襲っていたのって"バーサーク"の術士なんじゃない?」


その言葉に、ジェイドの眉がわずかに動く。

兄の内心を代弁する形で、ジェフリーが答える。


「奴も、自分でそう語っていました」


先程の戦闘の余韻であろうか、ジェフリーの表情は固い。

彼の様子を見て、マリーの声も自然と低くなる。


()()もアイツとちょっとした因縁があってね……」


そう言って、チラリとローラの方を見遣る。


「まあ、な……()()()、奴が暴れているのを偶然見た。そして、奴と戦っていたのはアゼルニア人の騎士だった」


ローラの言葉はレイン兄弟を驚かせた。

そんな二人を静かに見据えたまま、ローラは話を続ける。


「アゼルニア人の騎士と戦い、今度はアゼルニアの王子を襲った……これは偶然か?」


ローラが訊く。

しかし、レイン兄弟とて、明確な答えを知ってはいない。

ただ、自分達が見聞きした状況を語るのみである。


「俺たちは狙われた。理由は……父のエドワード」


ジェイドは低く言った。

それに続けて、ジェフリーが口を開く。


「奴が父とどういう関係かは知りません。でも、父の事を恨んでるのは確かです」


「俺たちの首を手土産に父に会いに行くつもりだったらしい……それで父を煽るつもりだったんだろうけど」


ジェイドの口端に、自嘲的な笑みが浮かぶ。


「きっと無駄な徒労になっただろうな」


彼の言葉は、焚き火の向こうへと溶けていった。

彼の面持ちから、深い事情がある事は容易に察せられた。


「じゃあ、君たちも自分が襲われた理由はよく分かっていないのか」


ローラが先程と同じく、穏やかな口調で尋ねる。

レイン兄弟は同時に首を縦に振った。


焚き火の爆ぜる音が、再び一拍の沈黙を落とした。

そして、次に沈黙を破ったのはキリアンだった。

彼は焚き火の傍から一歩離れ、レイン兄弟に視線を向ける。

端正で柔らかい印象の顔立ちはいつもと変わらない。だが、その眼差しはハッキリとこの場を測っていた。


「なるほどね……いま分かるのは、そのアーリって男がエドワード・レイン個人に強い私怨を抱いている事、その延長線上に君たち兄弟がいるって事……」


ジェイドとジェフリーを交互に見遣って、淡々とした調子で続ける。


「どうやら彼の行動は衝動的、でも無差別ではない。少なくとも今回の襲撃は東域諸侯やアゼルニアの正式な動きとは切り離して考えるべきだろうね」


彼の言葉にローラとマリーは静かに頷く。

キリアンの視線は兄弟に向けられているが、言葉は部下達に向けられていた。


「それにしても、君たちも大変だね。実は、僕達も襲撃を受けたばっかりでさ。安全そうな場所を探してウロウロしていたんだけど、ちょうどこの辺りを通り掛かって、魔力の衝突を感知した訳なんだ……」


整った顔立ちに爽やかな笑みが浮かぶ。

その朗らかな口調に幾分か緊張が和らいだのか、ジェフリーの頬は自然と綻んでいた。


「そうだったんですね……ご無事で何よりです」


「まあ、お互いに様さ。君達も僕達も追い掛けられる身って訳だし……」


キリアンはそこで一拍置いた。

ジェイドとジェフリーの視線がキリアンに集まる。


「ここは一つ、協力し合おうよ」


ほんの少しだけ、キリアンの声が低くなった。

そして、キリアンは続ける。


「まずは状況の整理から。君達はなんで東域にいるのかな?僕の元にきた報告では、グラディウス崩壊後エルガイア王国に向かったって事だったけど」


キリアンが横目でローラを見遣る。

ローラにしても、レイン兄弟が東域にいるのが疑問であった。


キリアンの問いに、ジェイドはすぐに答えなかった。


焚き火を一度見つめ、その揺らめく炎に視線を落とす。

次いで、半歩後ろに立つジェフリーの方へと目を向けた。


ジェフリーは何も言わずに、静かに頷いた。


「簡単な話じゃない……あの日、グラディウスが滅茶苦茶になって、マテウス学長が生死の境を彷徨い、彼を助ける為にメリセントも一緒にエルガイアに向かった……」


ジェイドは、低くハッキリとした声でそう前置きした。


「でも……間違いだった。エルガイアでマテウス学長は殺されて、メリセントは……メリセントは奴に奪われた」


ジェイドは唇を噛み締め、握る拳は震えていた。


ローラとマリーは少し驚いた様子で顔を見合わせていた。


「マテウス・デュエルハルトが殺された……!?」


高名な魔術士の死。それが何故エルガイアで訪れたのか。


――誰が殺したのか。そして、その理由は。


わずかに怒りを含んだ声で、ジェイドは事のあらまし静かに語った。


エルガイア王国に蔓延る陰謀。それに利用されたマテウスとメリセント。

そしてレイン兄弟。

更に、エルガイアは()()()()()()として、エドワード・レインの抹殺を企てている事。

 

怪物、アレクサンダー・スレイドが東域に来ている事。


ジェイドが知り得る情報を語った後、この場には一層重い空気が流れ出した。


「俺達は、父上が憎い。でも……それでもあの人に会わなくちゃならない気がして、ここに来た」


ジェイドの目には強い決意が宿っていた。しかし、複雑な状況への動揺が消えている訳ではない。


キリアンはそれを見て取っていた。


「そうか……想像以上に状況は複雑で、深刻だ。まず、アゼルニアの東域侵攻については、前々から動きを読んでいた。でもまさか、王太子直々の出陣とはね……」


ジェイドの翡翠色の目を見据えたまま、キリアンは続ける。


「それに……エルガイア王国の動きも妙だ。確か、王太子バルカが権力基盤を固め出した所だったと思うけど、それに君達や、デュエルハルトの一族が利用されていたとはね」


「多分……俺達の事も後々アゼルニア関連で何かしら駒にするつもりだったんだと思う」


ジェイドがやや前のめりになって言葉を被せる。

キリアンはただ、微笑みを浮かべて彼に語り続ける。


「……とにかく、エルガイアから抜け出して来たのは正解だったと思うよ。あの国は、君達がいるべき場所じゃない」


「やっぱり、そうだよね……」


ジェイドは、キリアンが言うような台詞を待っていたのかもしれない。僅かだが、心に立っていた波が穏やかになっているように感じた。


「そしてアレクサンダー・スレイド、か。思いもしない男が表舞台に出て来たもんだ」


はっきり言って、現段階の懸念点としてはこの男の存在が一番大きい。


何故なら――


(アレクサンダーを呼び水にして、()が東域に来ている可能性が出てきた)


他でもない、()にアレクサンダーの存在を教えたのはキリアンなのである。


(どうせならエルガイアの中でドンパチして欲しい所だったけど……本当に制御しきれない人だよ)


そんな胸中をおくびにも出さず、キリアンは柔らかい表情のまま、ジェイドとジェフリーの側に近寄った。

その柔らかい笑みは崩さないまま、声の調子のみが僅かに変わる。


「正直に言うよ。君達を放っておく訳には行かなくなった」


ローラとマリーが少しだけ身を強張らせる。

その視線は兄弟へと集中していた。


それを察知して、レイン兄弟も僅かに身構えていた。


しかし、キリアンはただ淡々と言葉の意味を語りだす。


「理由は二つ。一つは君達は今、明確に狙われる側って事。アーリだけじゃない。エルガイア、アゼルニア、東域……どこから刃が飛んでくるか分からない状況だ」


その言葉に、レイン兄弟は横目で視線を合わせた。

そんな彼らを見据えたまま、キリアンは続ける。


「もう一つは、君達はアポロヌスの情勢を左右しかねない存在であるという事。なりたいなりたくないの問題じゃなくてね。もう、そうなってしまっている」


アゼルニアの王子にして、エルガイアの内情を知る存在。

充分な程に、その条件を満たしていた。


「ジェイド、僕達って……どうすれば」


不安そうな表情を浮かべるジェフリー、身構えるのをやめて、ジェイドに向き直る。


「……俺達にどうしろと?」


尚もキリアン達を見据えたまま、ジェイドが尋ねた。


「安心して、君達は()じゃない。ただし、守る以上は任務の一部になってもらう」


キリアンが淡々とした口調で答えた。

ジェイドが複雑な感情の籠る視線を向ける。


焚き火が静かに爆ぜた。


「トルミア騎士団として、君達に同行を要請する。もちろん拒否権はある。でも……」


キリアンはほんの一瞬、目を伏せた。


「その場合、君達を助けられる保証はない。そして、君達が生き延びる保証もない」


脅しではない、事実だ。


キリアン・ユローは、最後にこう締め括った。


「どうする?レイン兄弟」


いつしか、陽が高くなっていた。

朝の冷え込みが和らぎ、光が影を消す。


レイン兄弟はまだ言葉を選んでいる。

彼らはあまりにも若い。

だが、もう子供でいられる立場ではない。


(巻き込まれた、という顔をしているけど、実際は違う)


彼らは既に渦の中心に立っていた。

エルガイア、アゼルニア、東域。

どれもが偶然ではない、歯車は静かに噛み合い始めていた。


(少々厄介だな)


現状、トルミア騎士団の任務はあくまで東域の調査。

情勢の把握、軍備の裏取り、脅威の兆候を持ち帰る事。

誰かを救う為に剣を抜く――それは結果であって目的ではない。


だが彼ら兄弟を見捨てれば、確実に利用され、消される。

その先で起きる事態はもっと大きな混乱を招くだろう。


(なら、選択肢は一つ)


守る。

単なる情ではない。管理し、導き、動かす。

国に仕える騎士として、最も現実的な判断だ。


それでも、焚き火の揺らめきの中で、兄が弟を庇うように

立つ姿を見て、胸の奥がほんの少し疼いた。


(君達が生き残れるかどうかは、僕の采配次第ってことか)


責任は重い。


キリアンはトルミア騎士団団長として、選択を下すためにここにいる。


そして、レイン兄弟がどんな答えを出すにせよ、もう後戻りはできない。


火はまだ小さい。

だがいずれ、国境すら超えて燃え広がるのは目に見えていた。


 焚き火の音だけが、しばらくの間この場を支配していた。


ジェイドは俯いたまま、何も言わなかった。

だが、この沈黙こそが、彼の迷いを物語っていた。


やがて、ジェイドはゆっくりと顔を上げる。


その視線は真っ直ぐキリアンへと向けられていた。


「守ってもらうつもりはない」


静かな声だった。しかし、この一言にはハッキリとした意思が宿っている。


「俺達は逃げて来た。エルガイアから、父上から……全部から」


声が僅かに震える。

それでもジェイドは言葉を止めなかった。


「もう逃げ場なんてない――逃げたくない」


半歩後ろに立つジェフリーが兄の背中を見つめる。

不安というより、信頼に近い眼差しを向けていた。


「だから……トルミア騎士団に同行する」


ジェイドはそう言って、息を短く吸い込む。


「利用されるなら、俺達も利用する。駒になんてならない」


少年らしい無謀さと、背伸びした覚悟が混ざっていた。

だがこれは確かに、自分で選んだ言葉だった。


ジェイドは視線を逸らさずに続ける。


「父に会う。その時が来たら逃げない」


その背後で、ジェフリーが小さく頷いた。


風が吹き、焚き火の炎が揺れる。

薄暗かった森にもほの暖かい日差しが差し込んできた。


歪な巡り合わせは確かな選択となって、静かに動き出していた。


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