第八十二話 確執②
アルベルクの大通り沿いにある、とある酒場。
神崎三郎とジャック・レインは金貨10枚で買った案内人と共に、同じテーブルを囲んでいた。
そこには肉料理やパンといった食べ物が並んでおり、三郎が手を止める事なく、それらを口に運んでいた。
「どうした?食わぬのか?」
三郎は口に詰め込んだ料理を飲み込んだ後、気まずそうに俯く案内人エリカにそう尋ねた。
エリカは何と答えたらいいのか分からない様子で、目を伏せたまま首を傾げた。
「空気読めよな三郎。こんな状況じゃ飯も喉を通らないだろうよ」
呆れ顔でエリカの代わりに答えたのはジャックだった。
「されど、さっき腹を鳴らしたのはこの娘ぞ」
三郎がきょとんとした顔で言う。
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それはつい先程の事である。
東域への旅の為、奴隷市場にて案内人エリカを買った後、三人は言い表し難い雰囲気の中、逗留するオスカーの館に向かっていた。
そして道中の短い会話の中で、エリカの口から溢れた「東域の国なんて、滅んでしまえばいい」という驚きの一言。
そして、ほぼ同時に鳴ったエリカの腹の音。
一層の気まずさが漂う中、彼女の話を聞くのと腹拵えをかねて、三人は近場にあった酒場へ入ったのだった。
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「あの牢獄じゃあ、ろくな飯を食えなかったであろう?ジャックの奢りなんだから、たらふく食っておけ」
さっきの事を思い出してか、気恥ずかしそうな様子のエリカにそう言って、三郎は尚も料理を慌ただしく口に運ぶ。
「そう言ってお前ばっか食ってんじゃねーか……」
こいつエリカに食わす気ないだろと、思いつつジャックはため息混じりに言った。
そしてテーブルに頬杖をつくと、さっきの衝撃の一言を漏らしてから黙ったままのエリカに目を向ける。
「東域は故郷だろ?なんで滅んで欲しいんだ?」
気になった事を単刀直入に尋ねた。
「それは……その」
エリカはジャックと一瞬目を合わせたが、すぐに逸らした。
何か深い理由があるに違いなかった。
エリカに無理に話をさせる必要もない。しかし、ジャック達は東域に怪物狩りをしに行くのだ。それも地上最強と謳われた怪物である。
重要な仕事を成すにあたって、違和感は集中力を削いでしまう。
「これから君には俺達が行く先々で助けて貰わなくちゃならない、俺たちの関係性が変にぎこちなく見えると、仕事に支障が出ちまうんだ。だからさ、お互いに知っておくべき事は今知っておきたいんだ」
ジャックが、落ち着いた口調でエリカに言った。
伏せていた視線上げて、ジャックを見たエリカの目には怯えや不信といった感情が見え隠れしていたが、彼女はポツリポツリと、先程の言葉の真意を語り始めた。
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エリカは東域の北部にあるチュルニア公国なる小国の出身である。物心つく前に両親によって湖畔に捨てられていた所をある人物に拾われる。
チュルニアの公である男だった。
エリカはチュルニア公の元で、彼や彼の家族から愛されて育っていった。
自分が捨て子である事は聞かされていたが、それでも実子のように自分を育ててくれたチュルニア公にエリカは深く感謝していた。
そんな彼の恩に報いるべく、エリカは闘いの腕を磨き、公の親衛隊に所属した。
騎士の称号も下賜され、湖畔のエリカと名乗った。
順風満帆の人生だった。
しかし、ある日悲劇は起こった。
チュルニア公の死である。彼は自身の国や民を守る為にアポロヌスと盟約を結ぼうとした結果、他の諸侯の怒りを買い、暗殺された。
そして空位となったチュルニア公の座には、公の暗殺を画策した国からやって来た男が座った。
男はチュルニア公の娘と強引に結婚し、婿としてこの座を乗っ取ったのだ。元々跡を継ぐはずだったチュルニア公の息子は、その男によって誅殺された。
東域の諸侯によって、エリカの家族は奪われた。
公の親衛隊であったエリカは、悲しみに暮れ茫然自失のまま何も行動を起こせずに親衛隊の役目を続けていたが、先の戦争の際に捕虜となってしまったのだ。
他の奴隷と共にアポロヌスへと向かう馬車の檻の中で揺られながら、茫然としていた心に後悔の火が灯った。
「悲しみ暮れてばかりではなく、家族を奪った奴らへ復讐をしておくべきだった」
そう気付いた時には、既に故郷から遠く離れた場所にいた。
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「私は、私の家族を奪った東域の諸侯達が憎い。だからあなた達アポロヌス人に協力するのは苦じゃないんです」
エリカが膝の上で握り締めた拳は微かに震えていた。
「別にその者らを殺しに行く訳じゃないんだけどな」
重苦しい空気の中、能天気な口調でそう言ったのは三郎だった。
エリカは勿論の事、ジャックも驚きの表情を浮かべていた。
「お前それ今言う事じゃないだろ……!」
隣に座る三郎の肩を小突くジャック。エリカが協力的な態度を取らなくなったらどうするのだと、苛立ちを覚えていた。
当然、エリカは三郎に言葉の意味を聞き返す。
「それはどういう意味ですか?なぜあなた達は東域に向かうのです?」
エリカとしては、破壊工作をする為に二人は東域へ潜入をしようとしているものと思っていた。
それならば協力を惜しむつもりは無かった。
「うーむ、なんと言うか……怪物狩りじゃな」
アレクサンダー暗殺については流石に口を滑らす訳にはいかないと、三郎がそう誤魔化したが、エリカにとって重要なのは、彼らの行動が東域にとって不利益になるのか否か。ただそれだけである。
そんなエリカの内心を読み取ってか、ジャックが慌ててフォローを入れる。
「まあなんと言うか、あまり詳細まで語れないんだけど、こいつが暴れれば間違いなく東域の連中は不利益を被るだろうよ」
ジャックが三郎を指差す。
料理を口に詰め込む三郎へ目を向けたエリカは、その後再び、視線を下に落とした。
「どうにせよ、私に選択権はありません。奴隷ですから。それに、アポロヌスの人間の手助けをするというだけでも、東域への反抗に繋がります」
暗い表情と低い声だった。エリカの持つ負の感情がひしひしと伝わってくるようだ。
「とにかく、俺達を助けてくれるなら嬉しいよ」
ジャックはぎこちなく笑みを浮かべて、エリカに言った。
それにつられて自嘲的に微笑んだエリカは、静かにテーブルの料理に手をつけ始めた。
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その後、食事を終えて酒場を出た三人。再びオスカーの館を目指して歩き始める。
「オスカー・アルベルクって、どんな人なんですか?」
食事をとって人心地ついたのか、緊張がほぐれた様子のエリカがそう尋ねた。
「まあ、有能な商人さ。計算高くて……やり手の男さ」
昨日今日の短期間で、オスカーの手腕を見てとったジャックが口端を上げて言った。
「怖がる必要はないさ。なんだかんだで気前がいい明るいおっさんだ」
そう言って笑い声を上げたのは三郎だった。
「ふふっ。全く……能天気なもんだぜ」
三郎の言葉に、ジャックは呆れ笑いを漏らす。
そんな二人の様子を見て、エリカは幾分か安心した様だった。
そんなこんなで三人はオスカーの館の門前近くまで歩いて来ていた。
木枯らしが吹く中、その門前にて佇む男女の姿を三郎は目にする。
どこか知った雰囲気の人物がその中にはいた。
それはジャックも同じだった。
「おやおや……思わぬご対面だぜ」
ジャックがニヒルな笑みを浮かべて呟いた。
三郎がよくよく目を凝らすと、顔立ちが瓜二つの銀髪の少年と黒髪の少年が立っており、彼らの事は三郎も覚えていた。
そして、門前の男女4人三郎達の存在に気づいた。
翡翠色の目を大きくして、黒髪の少年が真っ先に口を開く。
「神崎三郎……!」
驚いたのも束の間、拳を握り締めた少年は三郎を睨みながらジリジリと近づいてきた。
驚愕の表情を浮かべつつも、銀髪の少年が後を追う。
緊迫した空気がこの場に走ったが、尚も能天気な三郎は、明るい笑顔で少年に語り掛ける。
「よう!また会ったな!ジャックの甥っ子よ」




