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雷鳴の武神  作者: ジュリ
第一部 巡り帰りしもの
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第八十一話 確執

 商業都市アルベルクを牛耳る大商人オスカーは書斎の窓辺から、賑やかなれどどこか荒涼とした鍛治屋街の風景を眺めていた。

生憎の曇り空と冬の寒さのせいであろうか、感傷的な面持ちで窓辺に佇むオスカーは、ふと故郷の姿を思い浮かべた。


(コルヴィリアにも冬が訪れているだろうな)


故郷コルヴィリア。この都市国家でオスカーは生まれ、青年期まで過ごした。

商いを一から学び、必死に働いた日々。結婚して家族も持った。

今程の権勢や財力は持ち合わせていなかったが、あの頃が一番幸せだったのかもしれない。

 しかしオスカーはそれに満足できず、飽くなき野望を抱えて、家族を置いて故郷を離れた。


大切な物を失った代償に、今の地位を得た。

あの時の選択が正しかったのか、時折疑問に思う事がある。


「ふっ……迷いは捨てて来たはずなのにな」


自嘲的に笑い、独りごちた。

そんな時、書斎の扉をノックする音が聞こえた。

感傷的な気持ちを霧消させるかのように咳払いしたオスカーは「入れ」と入室を許可する。


「失礼します」


書斎にやって来たのはメイドのレイラだった。

伏せがちな目と暗い表情。そんな彼女を見て、オスカーはぎこちない笑顔で明るく出迎える。


「お、おお!レイラ!どうした?何か用があるのか?」


緊張と喜び。そんな感情が入り混じった表情で、レイラに問うオスカー。

レイラは目を合わせずに淡々と答える。


「私の部屋にドレスが置いてありました。旦那様からの贈り物だと他の使用人から聞きました」


彼女の手には淡い色のドレスがあった。

間違いなく、オスカーがレイラに贈った物だった。


「ああそうだ!今日はお前の誕生日だろう?もう23になるのか?いや、時の流れは早いってもんだ……あんなに小さかった娘がもう23とは……」


緊張のせいか口数が多くなるオスカーに対して、レイラは強い口調で言い返す。


「今更……父親面しないで……」


「なっ……!」


言葉を詰まらせるオスカー。尚も目を合わせずレイラは続ける。


「プレゼントは要りません。失礼します」


ドレスを床に放るレイラ。冷たく言葉を吐くと、書斎を出て行こうとする。


「待ってくれ、少し話をしないか」


オスカーが引き止める。レイラは振り向かずに立ち止まった。


「何ですか?」


「20年前のあの日、お前とお前の母さんを置いて家を出た……俺は今でも思い出して胸を痛めている。本当に申し訳ない事をした」


声を震わせるオスカー。

背を向けたままのレイラが口を開く。


「あなたが私達の前から消えた日から、私達がどれだけ苦労したか分からないでしょう?母さんが病気になって死んだのも、全部あなたのせいよ!」


悲しみの漂う、激しい怒りだった。レイラの声もオスカーように震えていた。


気付けばオスカーは目に涙を浮かべていた。


「分かっている……俺が悪かった……だから5年前、母さんとお前がここへ訪ねて来た時、今までの償いをしようと心に決めた。もう母さんはいないが、その分お前を幸せにしてみせる」


―――――――――――

 

 オスカーの妻と娘がアルベルクの館に姿を見せたのは今から5年前の事だった。

オスカーが消えた日から、彼の妻は必死で働きレイラを育てつつ、夫の行方を探し続けていた。

そして15年の歳月を経て、彼に会いに来た。


彼女はまだ、オスカーを愛していたのだ。


しかし、これまでの苦労が祟り、アルベルクに来た翌年に病でこの世を去った。

彼女は最期にこう言い遺した。


『レイラの事を守って』


オスカーは三日三晩泣き続けた。

だが彼より辛いのはレイラであるに違いないはずだった。

そして、父へと憎しみが向くのは当然と言えた。

故に父への反抗の意味を込めて、あえて館のメイドとして働く事にした。

自分の存在が、父親の過ちの証明となるのだと考えたのだ。


―――――――――――


「もう話すことは無いから」


父の言葉は娘に響く事は無かった。レイラは涙声でそう言い残すと、足早に書斎から去って行った。


「……本当にすまない」


強面の商人の頬に、涙が一筋流れた。


オスカーはゴツゴツとした手で涙を拭うと、窓を開けて冬の空を仰いだ。

刺すように鋭い風が特段と冷たく、どんよりとした鉛色の空に押し潰されるような感覚を覚えた。





―― アルベルク 郊外――


 鉛色の雲と都市を囲う石の城壁は、どこか憂鬱な雰囲気を醸し出す。

冷たい風が吹き顔を顰めたのは、ジェフリー・レインであった。


「寒いなぁ」


ジェフリーが何気なしに呟くと、彼の隣を歩く黒髪の少年が、クスクスと笑い声を漏らす。


「氷の魔術を使う癖に、そんな寒そうにするなよ」


黒髪の少年ジェイド・レインは、そう言って弟のジェフリーを肘で小突いた。


「仕方ないじゃないか……」


少しよろめきながら、ジェフリーが言う。


そんな二人の様子を背中で感じながら、先を歩く高貴な身なりの女が語り掛けて来る。


「今年の冬はいつもより寒いからねぇ……ジェフリーが寒がるのも無理がないわ」


着込んだ外套の襟を直しながら、そう言ったのは、メリオルド公爵夫人マルチダ・ヴィンケルである。

そのマルチダに追従して言葉を発したのは彼女の腹心である女魔術士アルダ・ヴァントハルトであった。


「もっとシャキッと歩けジェフリー!公爵夫人の従者としてアルベルクに訪問するんだぞ!」


アルダとレイン兄弟は師弟関係にある。アルダの太く芯のある声に、ジェフリーの背筋は否応なく伸びる。


「し、失礼しました!」


大仰に声を張ってジェフリーが姿勢を正す。

ジェイドはその様子が可笑しくて、ケタケタと笑い声を漏らした。

しかし、それもまた厳格な師匠の琴線に触れる。


「ジェイド、お前もはしゃぎ過ぎだ!久々にバレーベルクを出られたからと言って、浮かれているんじゃないのか!?」


「す、すいません!!」


即座に謝罪し、姿勢を正して歩くジェイド。

隣のジェフリーが横目でジェイドを見遣る。その視線は冷たかった。


「まあまあ、アルダ。多少リラックスさせてあげなさい」


萎縮する兄弟の様子をみたマルチダがクスクスと笑いながら、アルダに言った。


「……奥様がそういうのなら」


マルチダの助け舟のお陰で二人はこれ以上アルダから叱られる事はなかった。


「それにしても公爵夫人、なぜ俺たちを従者にしたんですか?」


ジェイドが尋ねた。

マルチダは微笑みながら答える。


「たまには賑やかな道中も悪くないから。それに私はあなた達の保護者でもあるの、少しでもエルガイアの事を知って、早くこの国に慣れてもらえるようにする義務があるわ」


ジェイドが見たその微笑みはどこか意味ありげであったが、この時は深い意味を捉える事はなかった。

そんな兄に続いて、ジェフリーがマルチダに問い掛ける。


「それじゃあ、あなたがわざわざアルベルクに足を運ぶ理由は?」


王国でも指折りの力をもつ貴族の妻が、自ら地方都市に足を運ぶのには、何か重大な理由があるに違いなかった。

マルチダは表情を変えず、口端を上げたままジェフリーに答えた。


「贔屓にしている商人がいてね、()()()をしに行くだけよ」



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