第七十九話 現在修行中
ジェイド・レインとジェフリー・レインがエルガイア王国にやって来て、既に2ヶ月が過ぎていた。
二人は恩師マテウスの護衛の名目で、共にグラディウスを離れたが、マテウス亡き今、彼らの心にはポッカリと大きな穴が開いていた。
しかし、悲嘆に暮れる彼らがエルガイアにて新たな目標を見つけたのもまた事実であった。
――エルガイア王国 バレーベルク――
ジェフリー・レインは真冬だというのに額に大粒の汗を浮かべていた。
バレーベルクが温暖な地方だというのもあるが、双子の兄と師匠との戦闘訓練が厳しいからというのが大きな理由だった。
「ねぇ……少し休憩しません?」
ジェフリーは息を切らしながら、目の前に立つ女に許しをこうような視線を向ける。
「駄目だ」
そう言って冷たく厳しい視線を返す女。
少年と言えども男であるジェフリーの体格を一回りも二回りも上回り、赤い髪を短く切り整え、エルガイア軍の軍服を着用している。
彼女の厳しい表情を目にして、ジェフリーは完全に怖気付いていた。
そんな弟の背中に、ジェイド・レインは喝を入れるように言葉を投げ掛ける。
「おいジェフ!師匠が休ませてくれる訳ないだろ!」
その強気な視線は師匠と呼んだ女に向けられ、手には魔力を込めた火球が生じていた。
「そのまま頭下げとけジェフ!」
ジェフリーは兄の言葉が聞こえた瞬間に頭を抱えてその場にうずくまった。
直後、轟々と音を立てながら、燃え盛る火球がジェフリーの頭上を通過する。
ジェイドの炎の魔術は、師匠の女へと撃ち放たれていた。
「ふんっ、笑止!」
しかし、女はこの攻撃を鼻で笑うと、息を大きく吸い込み、火球目掛けて吹きかけた。
突風となった吐息は、一瞬で炎を掻き消してしまった。
更にそれだけではなく、突風は勢いそのままジェイドとジェフリーに襲い掛かり、2人ををも吹き飛ばす。
「ぐわっ!」
「うぐっ!」
ジェフリーがジェイドに激突し、手足を絡めながら二人は地面に倒れた。
「ふはははははっ!!情けないねぇ!」
その様子を見た女は、大口を開けて快活な笑い声を発した。
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マテウスの死によって魔術の師を失ったジェイドとジェフリー。
マテウスの治療を行ったメリオルド公爵夫人、マルチダ・ヴィンケルは、自分達が弱いせいでマテウスが死ぬ事になったと責任を感じる双子の少年達に対して、こんな言葉を掛けた。
「その悲しみや悔しさを自分の成長に繋げなさい。強い者だけが大切なものを守れるということをグラディウスで痛感したはずでしょ?」
悲しみに暮れる彼らを哀れに思ったのだろうか。
そして、二人を奮い立たせる為に、自分の弟子の中でも異質な存在である、一人の女魔術士を送り込んだ。
その名もアルダ・ヴィントハルト。
5系統の魔術とは異なる"風の魔術"を操り、その力は魔術の真髄たる領域に達していた。
彼女は元々は癒し手として医術や薬学をマルチダから学んでいたが、その素質をマルチダが見抜き、魔術士としての訓練を施した。
その結果、エルガイア王国でも指折りの実力者としてその名を轟かせる事となった。
バレーベルクに滞在するレイン兄弟の前に現れたアルダは、二人にこう言った。
「そのひ弱な根性を叩き直してやるよ」
マルチダの激励を受け、更にアルダの圧倒的な魔力を目にした兄弟は、自分達が何を成すべきかに気づく事になる。
「この手で大切な物を守れるように、強くならなきゃ駄目なんだ……!」
そして、二人の修行の日々が始まった。
アルダの訓練の具体的な内容は至ってシンプル。
ジェイドとジェフリー二人の魔術を、もう一段階上の領域に引き上げる為の訓練だ。
神話の創造神達の血を引かない魔術士だとしても、訓練によって魔術の格を大幅に向上させる方法がある。
とは言え普通の魔術士ならば、クレス・レイオスやジャック・レインのように、神そのものの魔術とは違い、使えるのはあくまでも人間の魔術である。
アルダとて例外では無い。彼女は一線を画した出力の魔術を扱うが、それは神の魔術ではない。
しかし、ジェイドとジェフリーは違った。
彼らは神代より続く、創造神の血脈を持つ王家の出身であり、神の力を覚醒させる素質を持っていた。
アルダが狙うのは二人の覚醒であった。
その一環として、まずは二人に普通の魔術士が魔術の格を向上させる方法を伝授しようとしていた。
「まずお前らに覚えてもらうのは、上級魔術の一つである、"詠唱魔術"。そして魔術士の最終奥義とも言える術、"魔装解放"だ」
殻を破るのにまず必要なのは、基本的な魔術の高等技術を身に付ける事だとアルダは考えていた。
"詠唱魔術"――そして、"魔装解放"――
この二つをものにする為、ジェイドとジェフリーは血と汗の滲む厳しい修行に必死で耐えていた。
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日が暮れる頃、ようやくアルダによる特訓は終了した。
「今日はここまでだ。明日は奥様の使いでアルベルクに向かう。お前達もついて来い」
疲労困憊で地べたに寝転ぶジェイドとジェフリーに、アルダは端的に明日の予定を述べた。
「アルベルク?どこだよそこ」
ジェイドが上体を起こして、アルダへと訝しげな目を向ける。
「詳しい事は道中で話す。ではまた明日」
弟子の問い掛けを冷たくあしらうと、アルダは踵を返して去って行った。
「気難しい人だなー」
師匠の大きな背中にジト目を向けて、ジェイドが呟いた。
そんな兄に同調する形で、ジェフリーも言葉を吐く。
「確かに……何故アルダさんが僕らに魔術を教えてくれてるのかよく分からないよ。あんな気難しい人がただの親切でここまでしてくれるかなぁ?」
グラディウスの崩壊から始まり、激流のような情勢の変化にただ流されていたジェフリー。
最近になってようやく様々な事柄に疑問を抱ける余裕が出てきた。
「さあね、細かい所で気になる事は沢山あるけど……今俺たちに出来るのは力をつける事だけだ」
繊細で他方に目が移るジェフリーに対して、ジェイドはある意味割り切っていた。
ジェイドとてエルガイアに来てから解せぬ事は多くある。
しかし、それをどうこう出来るような力は、今の自分達には無い。
「さ、城に戻ろうぜ。汗流して、飯食って、明日に備えよう」
ジェイドは疲れを感じさせない軽い身のこなしで立ち上がると、バレーベルクの城へ向かって歩き出した。
「ジェイド!待ってよー!」
ジェフリーはよろめきながら立ち上がると、疲れた体に鞭打って、兄の後を追った。
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――バレーベルク城――
バレーベルク城は、バレーベルク公爵家の本拠地である。
そして――この城の現在の主人は、齢16歳の若き乙女である。
名をメリセント・プロウス。
メリセントは今、城の塔の上から城下町へと憂いを含んだ目を向けていた。
エルガイア王国に来てから自分の周りでは目まぐるしい変化があった。
祖父の死と王太子から与えられた公爵家当主の座。
メリセントは心が休まる暇が無い。
何を喜び何を悲しめば良いのか。この地の情勢の激流は、メリセントに過分な心労を掛けていた。
様々な雑事に追われながらグラディウスでの平穏な日々を懐かしむ毎日。
そんな彼女にも、唯一故郷を感じられる瞬間は存在した。
「ジェイドとジェフリーだ……」
塔にいるメリセントは、城の正門をくぐる双子の姿が目に入った。
魔術学校で出会ったメリセント達は互いに信頼できる学友である。
祖父のマテウス亡き後も、ジェイド達はメリセントの心配をしてバレーベルクに滞在を続けている。
二人はアゼルニアの王子だ。メリセントと違って帰る故郷は存在する。
しかしそれでも、レイン兄弟はメリセントとの友情を取ってくれた。
唯一の肉親を亡くし、見知らぬ土地に残されたメリセントにとって、これ以上救いになる事は無かった。
城門をくぐった二人の友の姿を見つめながら、メリセントは目を潤ませて呟く。
「お帰りなさい……ジェイド、ジェフリー……」




